44 キューティービューティーキューピー
しばらく魔物や魔王についての知識を教えてもらった後に昼食の時間となった。情報交換も兼ねて、昨日同様四天王たちも一緒に食事をとることになっている。本日の主菜は羊肉で作ったシェパーズパイだ。
「ママ、これミートパイに似てる味がする!」
料理長からコリウスがミートパイを食べたがっていたと聞いて、保存食のポテトフレークを使って作ってもらったのだが喜んでもらえたらしい。そういえば、あまり凝った料理は作らないと言っていたがスノードロップ魔王国の食糧事情はどうなっているのだろう。
「ガラン。私が魔王として覚醒した時に魔素中毒で家畜や野菜が全滅してしまったのですが、ガランが魔王になった時はどうでしたか?」
「俺が魔王になった時も同じだったな。それに俺の放つ冷気で山が丸ごと凍ってしまったから、今でも普通の動植物が生息できる環境ではない」
どうやら、北部の山の寒さが険しいのは元々の環境ではなくガランの体質によるものらしい。ということは、普段何を食べて生きているのか疑問に思ったので聞いてみたのだが。
「力比べをしようと歯向かってくる野生の魔物の肉を食っている。野菜などは別に食べずとも生きていけるだろう」
なるほど。どうやら千年も生きてきて、今まで娯楽としての食事を知らなかったらしい。道理でわが国の食事に夢中になるわけだ。毛皮にされたフェンリルの肉も食らったのかが気になったが、答えがどちらにせよ虚しくなりそうなのでやめておく。
「東の魔王国は野菜や魚を食べているのですよね?」
「あぁ。だがあそこは発酵させた調味料が多くて、俺は風味が苦手でな……」
以前食べた料理の味を思い出したのか、ガランが苦い顔をする。東方の発酵調味料のことはピオニーから聞いていたが、ピオニーは抵抗がないようだったので人を選ぶのだろう。
心なしかダチュラが目を輝かせているようなので、どうにか手に入れられないものだろうかと思索する。魚や野菜はどうやって調達しているのかも気になるので、やはり一度直接尋ねてみるのが一番かもしれない。
「水木の国へ行ってみたいのですが、彼の魔王は外界からの接触を拒んでいるのですよね。ガランはいつもどのように入国しているのですか?」
「簡単なことだ。飛んで行けばよい」
さも当たり前のようにそう言われ、私はがっくりと肩を落とす。海から入国しようとして船が沈められてしまうのならば、空から入ればよいというのは確かにその通りなのだろう。
だが、それは有翼の氷竜であるガランだから可能なことで、人の姿のまま魔王となった私には無理なことだ。翼の生えているコリウスであれば空から入れるだろうが、奔放なコリウスを一人で他国へおつかいに行かせることはとてもできない。
「飛行できる魔道具でも開発しようかしら……」
「なぜわざわざ魔道具とやらを作る?ミオが背中に羽を生やせばよいだろう」
理解に苦しむとでも言いたげな表情でこちらを訝しむガランに戸惑っていると、ガランがハッと気付いたように目を見張る。
「まさか、自分が変化できることに気付いていないのか?」
変化というのはどういうことだろう、と思考を巡らせてから、そういえば今のガランは竜人の姿に変化していることを思い出す。
「ひょっとして、魔王は自分の姿を変化させられるのですか?」
ガランに頷かれ、私は目から鱗がポロリと落ちる。てっきり姿を変えているのはドラゴンの能力なのだろうと思っていたが、他種族へ姿を変えるのは膨大な魔力を使うので普通のドラゴンには無理なのだそうだ。魔王から魔力を分け与えてもらえる眷属ならば別らしいのだが。
「好きな見た目に変えられるというわけではなく、俺が竜人の姿になろうとすれば必ずこの姿になる。ある程度の理に反しない変化ならば可能だということだろう。他種族の姿へ変化するのはコツがいるが、背中に羽を生やす程度ならば練習すればすぐにできるようになるはずだ」
なるほど、それなら明日の講義は変化について学ぼうか、そう考えていた時だった。ダチュラが鼻息を荒くさせながらガタリと音を立てて立ち上がり、わなわなと身体を震わせる。
「それって、お母様が女性に変化することも可能なんですの?」
思ってもみなかった発想に呆気に取られている横で、ガランがあっさり「できる」と肯定した。
性別を変えることはガランの言う理には反しないのか聞くと、魔族にとって性別は大した問題じゃないだろうと一蹴される。人と魔族の価値観の違いに拍子抜けしていると、ダチュラがはしゃぎながら私の手を握った。
「お母様、よかったですわね!」
成程、どうやらダチュラは私が男性でありながら女性らしい趣味を持っていたことで虐げられていたことを察しているらしい。ダチュラの気遣いを嬉しく思いつつ、私は彼女の手にそっと手を重ねる。
「ダチュラ、私は女性になりたいと思ったことはないのよ」
「え?」
淑女でありたいと願う私ならば、当然女性になりたいはずだと思っていたのだろう。
しかし私は、女性らしい趣味を馬鹿にされたくない、かわいらしいドレスを着てみたいと思ったことはあれど、女性になりたいと思ったことはない。それにフリルのついたドレスは、女性でも似合わない人もいるので性別を変えれば解決する問題でもない。
「私は、自分が虐げられないための手段として女性になる、ということはしたくないの。確かに楽になる部分もあるとは思うけれど、女性になれば今度は女性特有の悩みがあるだろうし」
「申し訳ないですわ、私、知ったような口をきいてしまって……」
先ほどまで色白の頬を上気させていたダチュラは、今は顔面蒼白になっている。彼女を責めているわけではないことをわかってもらいたくて、私は触れてもいいか許可を得てから、背は高くとも男性である私より小さなダチュラの肩を抱きしめる。
「私が願ったのは女性になることではなく、自分が自分らしく生きること。そしてその願いは、あなたたちのおかげで既にもう叶っているのよ」
抱きしめているため顔は見えないが、私の肩が濡れてゆくのを感じるのでダチュラは泣いているのだろう。その涙が悲しみではなく喜びであればいいなと思いながら、彼女の震えがおさまるのをじっと待つ。
そんな私たちを、ガランは食事の手を止めて興味深そうに眺めていた。




