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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第二章 四国同盟編
44/110

43 コーヒー付

 緊張感に包まれながら、私は落ち着かずに応接室内をウロウロと歩き回っていた。季節は春から夏に移ろいかけていて、日が登ると長袖ではじわりと汗をかく。それにも関わらず、私がかっちりとした宮廷服を着てマントまでつけているのには理由があった。


「ミオソティス様、ガランサス様がお越しになりました」


 クレマチスに呼ばれて扉を見ると、昨日ダチュラが渡した服とは違う物を着たガランサスが竜人姿で立っている。

 雪のようにキラキラとした光沢の生地は、見たことがない質感なので魔物素材なのかもしれない。ダチュラが着せた華やかな服に比べて、白を基調とした装飾の少ないシンプルな作りだが、彼の美しさを引き立てる素敵なデザインだ。

 

()()()、本日からよろしくお願い致します」


「こちらこそよろしく頼む、()()

 

 私がカーテシーで挨拶をすると、ガランも胸に手を当てて会釈をする。昨日から、私とガランは互いを愛称で呼び合うようになった。というのも、ガランの提示した条件のせいである。


 しばらくの間、ガランが私の魔王についての教師になってくれる代わりに、毎回昼食をご馳走すること。


 これがガランの出した条件だったので、私は聞いた瞬間に拍子抜けしてしまった。どんな無茶を言われるかと覚悟していたのに、彼が所望したのがまさか昼食だけだとは思わなかった。よっぽど彼の口に昨日の昼食が合ったらしい。

 熟成肉の在庫が少ないとはいえ、彼から必要なことを学ぶ間くらいは大丈夫だろう。しばらくは晩餐より午餐の方が豪華になりそうだ。

 そういうわけで、しばらくは毎日顔を合わせる上に話をする際に名前を呼ぶ頻度が高いことから、互いに愛称で呼んだ方が楽だろうという結論になった。


「これは土産だ。城門を壊してしまった詫びでもある」


 ガランから手渡されたのは、雲のように柔らかな手触りの白銀の毛皮だった。銀狐の毛皮だろうかと受け取った毛皮を広げてみて、その毛並みから銀狐ではないことを悟る。


「ガラン、この神々しさはその、まるでフェンリルの毛皮のように見えるのですが……」


「あぁ、以前俺に喧嘩を売ってきたやつだ。屠った後に捨ておこうとしていたものを臣下が鞣してくれていたのだが、こうして役に立った」


 フェンリルというと、北部にしか生息していない上に遭遇して生き残れる者が少ないことから、ほぼ伝説と化している魔物だ。魔王の手にかかれば伝説の魔物もいとも容易く毛皮にされてしまうのだと思うと、物悲しい気持ちになる。

 この毛皮は耐寒の効果が高いらしい。ガランといると防寒着の必要性が高いと感じていたので、ダチュラに頼んでコートかマントに仕立ててもらうことにした。


「早速本題に入ろうか。昨日は光る角が魔王の証だという話はしたな」


「はい」


 挨拶もそこそこに、応接室のソファに私たちは向かい合って腰を下ろす。

 魔王の講義中は、守秘義務もあるので私たち二人だけで過ごすことになっている。必要があればクレマチスが給仕に部屋へ入ることになっているので、好奇心旺盛なコリウスに邪魔をされることはないはずだ。

ちなみに、ガランは甘い紅茶が好きではないようなので彼の分の飲み物は今回からはコーヒーを用意した。


「魔物や動物に生える通常の角が骨と同じような作りであるのに対し、魔王の証の角は魔力の塊で魔石と同じような物質だ。どんなに高い魔力を持つ者でも、普通に過ごしていればまず生えることはない」

 

「光る角が生えるには――魔王になるには、条件が揃っていなければいけないということですね」


「あぁ。そもそも魔力を高めるにはどうすればいいかだが、感情が魔力の高さに作用することは知っているか?」


 さも当然のようにガランに聞かれたが、まったくの初耳だ。詳しく聞いてみると、人であろうと魔物であろうと、感情の振れ幅が大きければそのエネルギーが魔力へと変換されるものらしい。そのため、感情が豊かな者に魔力の高い者が多いようだ。

 考えてみれば、賢者の石が負の感情を魔素へと変換させる機能はその効力を上げる役目を担っていたようで、理に適っていたらしい。

 

「大きな感情に揺さぶられ魔力が極限まで高まった時に命を落とすと、魔石では蓄えきれぬ行き場を失った魔力が凝縮されて光る角になり、持ち主を魔王として蘇らせる。心当たりはあるか?」


 ガランに問われて自分の死に際を思い出してみるが、大きな感情には揺さぶられた覚えはないので首を傾げる。だが、すぐにそれは間違いだったことに気付いた。

 あの時私の心が穏やかだったのは、賢者の石を身につけていたからだ。そして、賢者の石の効果で私自体の感情は穏やかだったものの、処刑される際の広場にいた人たちの私に対する負の感情が全て魔素に変換されていた。

 そして、魔石を持つ者でないと感情の昂りにより生み出された魔力を大量に蓄えられる器官がないので、魔力が極限まで高まる前に命を落としてしまう。だから人間の魔王は珍しいとのことだが、賢者の石の触媒であるドラゴンの魔石のおかげでこちらの条件も私は満たしてしまっていたようだ。ドラゴンの魔石など普通は手に入らないため、シオンに希少な素材を融通してもらったおかげで私は魔王になれたということらしい。

 

 賢者の石のおかげで、私は心穏やかなまま魔王となった。しかし、話を聞くと普通の魔王は死ぬ前に大きな感情に揺さぶられているらしい。私が魔王になった際のことを考えると、あの広場にいた全員分の怒りと釣り合うほどの大きな感情ということになる。

 その感情が怒りにしろ悲しみにしろ、並大抵のことが起きなければそこまでの境地には至らないだろう。下手をすれば気が狂うかもしれない。だからこそ、東のヒトの魔王は外との接触を拒み、西の魔王は残虐な振る舞いをしているのかもしれない。


 本日の茶葉であるファーストフラッシュのダージリンに口をつけながら、彫刻のように整ったガランの顔を盗み見る。いつも飄々としているガランだが、彼が魔王になった原因は何だったのだろう。

 茶菓子のナッツのキャラメリゼを遠慮なく頬張っている目の前の彼がなぜ魔王になってしまったのか、私はどうしても気になって仕方がなかった。

  

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