42 光について
一度使用人を呼び、食器を下げてデザートと紅茶を置いてもらい再び人払いをした。対等に情報交換をしたかったので、今度は四天王にも部屋を出てもらい私とガランサスの二人きりだ。
皆不安そうな顔をしていたが、どうせ竜の魔王が暴れれば四天王が揃っていても敵わないのだから話し合いに専心した方が良いだろう。
ガランサスが甘い物を好きかわからなかったのでミントのリキュールを使ったソルベにしてもらったのだが、舌鼓を打っているのを見て私は胸を撫で下ろす。
「ガランサス様は他の魔王と交流があるのでしょうか。私、他の魔王のことは全くわからないので……」
精一杯のもてなしでガランサスの機嫌が良くなったであろう頃合に、私は本題に入ることにした。これまでの彼の行動を見て、やや非常識ではあるものの話が通じそうだと判断したためである。
「この大陸に住まう魔王ならばたまに会う。東の魔王のカガチは、自国から一切出ずにスローライフ?とやらに勤しんでいる。西の魔王のアネモネは……俺に付き纏ったりエルフの国に喧嘩を売ったりと暇そうなやつだ」
どちらの魔王も基本的には事前に聞いていた話通りのようだが、ヒトの魔王はカガチ、悪魔の魔王はアネモネという名前らしいことが新たに判明した。
アネモネがガランサスに付き纏っているというのは、血の気が多いようだし戦いでも挑んでいるのだろうか。もしそうだとするならば、圧倒的な威圧感のあるガランサスと戦える実力者だということになる。性格にも難がありそうなので、やはり関わり合いにならない方が良さそうだ。
「次はこちらから質問しよう。お前はどうやってこの短期間で大量の臣下と国を手に入れた?」
ソルベを平らげ、食後の紅茶を飲みながら今度はガランサスが質問してきた。彼の疑問はもっともだ。他の魔王はどういう経緯で魔王へなったのかは知らないが、賢者の石のおかげで楽に力を手に入れた方だというのはわかる。
しかしどこまで話したものか。ガランサスに逆らわない方がいいことはわかるが、何も手の内を全て晒す必要はない。紅茶のフルーティーな香りを嗅ぎ、気分を落ち着けてからガランサスの蒼い瞳を見据えた。今日の茶葉はニルギリだ。
「私は魔王になる前は錬金術師だったのですが、その頃に作っていた魔道具を使って魔物を増やしました。国については、私が魔王へと変じた時の衝撃で国が滅んでしまったので自ずと手に入っただけです」
全てを話しているわけではないが、嘘もついていない。ただ、この説明だけで引き下がるはずはないだろうとは思っていたものの、ガランサスの反応は少し意外だった。訝しがったり疑ったりしてくると思っていたのだが、どうやら理解が追いついていないようで切長の目をしぱしぱと瞬かせている。
「待て。お前は自在に魔物を増やすことができるのか?」
しまった、と後悔したがもう遅い。どうやら、他の魔王は自分の意思で魔物を増やすことはできないようだ。数日で私が魔物をここまで増やしたことに驚いているのだから冷静に考えれば当たり前なのだが、文献などから得た魔王に対しての固定観念で、自分で魔物を増やして従えているのだと思い込んでいた。
「……はい。あの、他の魔王はどのようにして魔物を増やしているのでしょうか?」
「魔物が動植物の死骸から発生するのは知っているか?」
誤魔化しても無駄だと思った私は、素直に白状するついでに本来の魔物の増やし方について聞いてみる。私の論文の仮説は間違っていなかったようで、動植物の死骸が魔素を吸収すると魔物へと変化するらしい。
「通常、どんなに空気中の魔素が濃くとも死骸が自然と魔物へ変化するまでにひと月はかかる。死骸の中の魔石に直接魔力を流し込めば比較的早く魔物化できるから、まずは自分の体内の魔力で数体魔物化させ、魔物の数が揃うまでに国としての基盤を作る流れが普通だな」
つまり、ガランサスほどの膨大な魔力を持ってしても一度に魔物を増やすのは数体が限度らしい。一夜にして国一つ丸ごと魔物化させてしまった賢者の石がどれほど異常なのかがわかり、ただでさえ寒い部屋の中で背筋が凍る。
「まさか俺が知らないだけで、錬金術師とやらは皆容易に魔物を増やせるのか?」
「いえ、これは私が発明した魔道具だけの効果で他の錬金術師は知らないはずです」
ガランサスの蒼い目が氷の刃のように鋭く細められ、慌てた私は理由を丁寧に説明した。ここで彼に誤解されてしまうと大陸中の錬金術師が危険だと見なされて消されてしまう可能性もある。
私が賢者の石を作り出してから国が滅ぶまでに、魔導書の中身が流出した形跡はなかったので間違いないはずだと聞いてガランサスはひとまず安堵したようだ。
「なるほど、元は人間であるお前がどのようにして魔王になれたのか疑問だったのだが。魔道具とやらのおかげというわけか」
「人間が魔王になるのは、めずらしいのですか?」
ガランサスの口ぶりに、私は純粋な疑問をぶつける。今この大陸にいる魔王のうち元人間の魔王が二人もいるのだから、人間が魔王になるのはおかしなことではないと思っていたのだがどうやら違うらしい。
「あぁ、魔王になるには――というより、魔王の証である光る角を得るには体内に魔石を宿していなければならないからな」
「これが、魔王の証……」
ガランサスの説明を聞いた私は、自分の頭に生えている角にそっと触れる。言われてみれば、角が生えている魔物はたくさんいるが、私のように光る角が生えている魔物はガランサスに会うまでは一度も見たことがなかった。
ただ魔物の国を治める王になれば魔王と呼ばれるのだと思っていたが、どうやら違うようだ。
私は魔王のくせに、魔王について何も知らなさすぎる。意を決した私は、こちらをじっと見つめるガランサスの蒼い瞳に向き直る。
「ガランサス様、無知な私に魔王についてもっとご教授いただけないでしょうか」
「……いいだろう、ただし条件がある」
私の願いを聞いたガランサスの唇が、待ってましたと言わんばかりに弧を描く。
果たしてどんな無茶な条件を出されるのだろうか。私が我慢すればいいだけならば構わないが、家族のことは何が何でも守らなくては。
覚悟を決めた私の喉が、緊張のあまりごくりと鳴る。そんな私を、ガランサスは実に楽しげに眺めていた。




