41 ジャムパンちょうだい
ガランサスは、自分は寒さを感じないし皮膚を自然環境から守る必要もないからと服を着ることを渋っていたが、恐れを知らないダチュラに「この城のルールですので」と言われると素直に納得して用意された服に袖を通してくれた。
ダチュラがあまりにも歯に衣着せぬ言い方をするものだから最初はハラハラしながら見守っていたが、どうやらガランサスは敵意のない者には害は与えないらしい。というより、私たちは矮小な存在として認識されていて興味すら湧いていないのかもしれない。道端の蟻をわざわざ殺さないようなものだろう。
私やクレマチスの服ではサイズが合わないので、自然と身長の近いピオニーの服を着せることになった。ダチュラがピオニー用に作ってみたが赤い鬣と色合いが合わないからと、ドレスルームの奥に眠らせていた白が基調の銀糸で刺繍された礼服を引っ張り出してきて、ガランサスの気が変わらないうちにと細かい部分を急いで詰めた。
ガランサスは滅多に着ない服に窮屈そうな表情を浮かべていたが、ダチュラの用意した服はロイヤルブルーのクラバットが差し色になっていて、まるで最初から彼のために作られたのかと見紛うような魔王らしい高貴で素敵な装いだ。
突然竜の魔王の召し物を用意しなければならなくなったダチュラの疲労とストレスを心配したものの、「着飾りがいのある素材ですわ……!」と達成感で悦楽に酔いしれていたので後で存分に労ってやるとする。
「略式ですがよろしいですか?」
「構わない。急に訪問したのはこちらだからな」
ガランサスがダチュラに着替えさせられている間に、厨房は大変がんばってくれたらしい。一人分の量が増えるだけなら造作もないが、相手は魔王の賓客である。もてなし用の料理に差し替えられるものは差し替えて、節約していた肉類もある程度足してくれたようだ。
昼食なので晩餐よりは簡素とはいえ前菜、スープ、主菜、デザートの略式コースの構成になっていたが、人払いをするためにテーブルにデザート以外の全ての料理を配膳してもらった。
「ほう、これはうまい」
コリウスの胃袋も限界だったので、テーブルに料理が並ぶや否やそれぞれ食事を始めた。本来なら配下である四天王は賓客とは別の部屋で食事をとらせるべきだが、ガランサスに普段通りで構わないと言われたので共に食卓を囲むことになった。
竜の魔王は前菜やスープに目もくれず真っ先に主菜のビーフシチューに手を伸ばしたが、どうやらお気に召したらしいのでホッと胸を撫で下ろす。
実はこのシチュー、本来は肉を節約したメニューだったものから急遽変更したものだ。竜人の姿になったガランサスはドラゴンの時よりも冷気の漏れが減ったものの、相変わらず彼の周囲の空気は冷たい。皆の身体が温まり、かつ魔王が口に入れるに相応しいものをと熟成肉を引っ張り出して急いで作らせた。
本来大きな肉がごろごろと入ったシチューは数十分程度で作れるものではないが、料理長に頼み込んで時短鍋の魔道具を使用した。時短鍋というのは鍋の中の時間をある程度進めたり遅らせたりできる魔道具なので、数十分煮込んだだけでも大きな肉が口に入れただけでほろりと崩れる完璧な仕上がりになっている。
初めて大きな肉の塊を食べることができたコリウスは頬が落ちないように両手で押さえながらキラキラと瞳を輝かせているが、明日以降今まで以上に肉をねだられないかが心配だ。
「お口に合って何よりです。他の魔王国ではどのような料理を召し上がられるのでしょうか」
「我が国はあまり凝った料理は作らない。水木の国の料理は凝っていてうまいが、あちらは野菜や魚が多い。俺は肉の方が好みだな」
ミズキノクニ。何気なく相手国の文化について探りを入れてみると、思いがけず聞き覚えのない国の名が出てきた。音の響き的に東方の国のような気がするが、ガランサスは目撃情報がほとんどないので人里に魔王が降りたとは思えない、ということは。
「水木の国、というのは東方の魔王国ですか?」
「そうだ。あそこの魔王は――」
私の問いにガランサスが答えようとすると、窓の外のカラスがけたたましく鳴いたので私は驚いた。どうやらあのカラスは、ガランサスが来てからも変わらずこちらを観察していたようだ。普通のカラスであればガランサスが来た時に冷気で絶命しているはずなので、やはり魔物の類なのだろうか。それに先ほどの鳴き声は、まるでガランサスに抗議するかのようなタイミングだった。
「あちらのカラスはお知り合いですか?」
「知り合いではないが、あれは東の魔王の眷属だ」
ガランサスが鬱陶しそうにカラスを一瞥したので思い切って聞いてみると、どうやらあのカラスはヒトの魔王の手先だったらしい。私の後をついてまわっていたのは、情報収集のためだろうか。
ずっと気になっていた謎が解決したのですっきりしていると、ダチュラが徐に立ち上がって窓を開け、カラスの首根っこを掴む。
「くたばれストーカー野郎ですわ……!」
今まではただの小動物かもしれないからと我慢していたのだろう。魔王の手先とわかれば話が別なので、私を監視していたことに対して制裁を与えようとしているらしい。慌ててダチュラを止めると、彼女の手から解放されたカラスは、咳き込みながら遠くの空へと退散して行く。
ずっと監視されていたことに私も気分を悪くしていないかと聞かれれば微妙だが、余計な争いの種を生むわけにもいかない。ダチュラが代わりに怒ってくれてスッとした気持ちと、今後ヒトの魔王との接触が絶望的になったかもしれないことが残念な気持ちが複雑に入り混じる。
毟り取ったカラスの羽根を握りしめながら憤慨するダチュラを宥める私を横目に、ガランサスはジャムをたっぷり塗ったパンを満足気に頬張っていた。
タイトルの元ネタを知っている人がいたら僕と握手!




