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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第二章 四国同盟編
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39 緊急事態

 昼食前のティーブレイクの時間、私は集まった四天王へと最近頭を悩ませている疑問を投げかけてみた。


「カラスの姿の魔物の種類、ですか?悪魔の中には動物の姿を模る者もいると聞きますが……」


「東方ならば烏天狗や八咫烏などが有名ではあるが、母上が聞きたいのはあのカラスのことだろうから違うだろうな」


 博識そうなクレマチスがいの一番に口を開いたが、あまり心当たりがないらしい。次いでピオニーが東方の知識を披露してくれたが、相変わらず窓の外からじっとこちらを観察しているカラスを一瞥して首を振った。

 そう。先日から見かけている一羽のカラスが、ずっと私のそばを窓の外からついて回っているのだ。ただこちらを見ているだけで害はないのだが、ただの小動物なのかはたまた魔物の一種なのか気になっている。


「レディの後をついて回るなんて、たとえ小動物でも許せませんわ!ロースト致します?」


「お肉!」

 

「うーん、焼いて食べるくらいなら解剖して生態を調べたいわね……」


 ダチュラの物騒な発言を聞いてコリウスが目を輝かせるが、私の台詞を聞いてシュンとしながら再びケーキスタンドに乗せられたスコーンに手を伸ばす。先ほどから私たちの分まで平らげているが、この後の昼食の余力もちゃんと残しているのだろうか。

 シオンはまだ午前中だというのに、私の膝の上ですやすやと眠っている。最近随分と寝る時間が増えたので、二人、いや二匹とも成長期なのかもしれない。


「空気中の魔素はかなり薄まってきたし、もしかしたら初めての小動物のお客様かもしれないから害がないうちは丁重にもてなしましょう」


 私の目が届かない間にコリウスに食べられたりクレマチスやダチュラに私刑にされては困るので、念の為釘を刺しておいた。それにしても、肉が食べられるかもしれないと思った瞬間のコリウスのキラキラとした瞳を思い出すと親心がちくりと痛む。成長期のコリウスのために貴重な生ハムを一本確保してプレゼントしたものの、食べ盛りには物足りないだろう。

 本当なら思う存分ジューシーなお肉を食べてほしいし、野菜があれば料理のバリュエーションも増える。どうにかして食料問題の早期解決を目指したいところだ。


「小動物がもっとたくさん来られるような環境にならないと、食料はどうしようもないわねぇ」


 土壌の過剰な魔素はトレントの苗木を植林したことで解決を図ってみたものの、植えた途端に地中の魔素を吸収しぐんぐん伸びてあっという間に成木になってしまった。仕方がないので、腕っぷしの強い林業部隊の魔物を結成して片っ端から伐採しては植林するのを繰り返している。

 おかげで丈夫な木材が大量に手に入り街の復興にかなり役立ったのだが、未だに薄まる気配がない。もしかすると、空気中の魔素が薄まったのは沈んで土壌に染み込んだだけで全体的な魔素の量は思ったよりも減っていないのかもしれない。


「他の魔王の方にアドバイスをいただくのが一番いい気がしますけれども、どんな方かわかりませんし危険ですわよね」


「東にいるヒトの魔王は魔王国から一歩も出たことがないという噂を聞いたことがある。接触を図るのがそもそも難しいかもしれない」


「西の悪魔の魔王は、極悪非道でその昔聖女の命を悪戯に奪ったらしいです。配下の悪魔たちも人里で暴れ放題と聞きますし、関わらない方がいいでしょう」


「じゃあ、竜の魔王は?」


 皆で魔王に対する知識を擦り合わせていると、何も知らないコリウスが純粋な疑問を口にする。竜の魔王という単語を聞いた私たちは、自然と顔を見合わせてしまった。


「コリウス。正確な情報ではないのだけれど、ヒトの魔王は約百年前、悪魔の魔王は約三百年前から存在していると言われているの」


「すごーい!長生きだねぇ」


「それに対して、竜の魔王は千年前から存在していると言われている」


 千年、という途方もない数字をピオニーから聞いたコリウスは、徐に自分の両手を見た。そして何度か指を曲げたり伸ばしたりした後に、理解が追いつかないのか口を半開きにしたまま宙を見つめる。


「えーと……たくさんいっぱいってこと?」


「そうね。それに竜は元々長生きな生き物だから、魔王になる前と合わせたらもっと長く生きていることになるわね」


「つまり、一番敵に回してはいけない相手ということだ、馬鹿者」


 のほほんとしているコリウスに、クレマチスが呆れながら釘を刺す。そう、竜族は他の生き物に比べて遥かに寿命が長い。それは身体が丈夫なせいもあるが、弱肉強食な世界で生き残れるのは力が強く天敵がいないことも意味する。竜族に逆らってはいけないのは、この世界に住む全ての生き物の常識だ。

 だから、他の魔王と接触を図ろうと思うなら、竜の魔王は真っ先にその選択肢から消さなければならない。できることなら関わらずに過ごすのが得策だと、コリウスに念を押そうとした瞬間だった。


「カァ!カァ!」


 それまでずっと、黙ってこちらを見守っていたカラスがけたたましい鳴き声を上げた。その声に釣られて外に注意を向けた途端に、背筋が凍りつくほどの寒気がぞくりと走る。


「皆伏せて!」


 叫ぶや否や、シオンを抱いたままコリウスの頭を掴んで床に額をつけさせる。ピオニーとクレマチスは自分で気配を察知したのか既に身体を伏せていて、ダチュラも混乱しながらも私の声に従って頭を手で抱えた。

 そして次の瞬間、割れんばかりの轟音と共に城が大きく縦に揺れた。かと思えば、凍えるほどの冷気に包まれて一瞬で城の外壁の一部が凍りついた。揺れが収まると、使用人に床に落ちてしまった茶器の片付けを命じながら状況確認のためにバルコニーへと急いで走る。


「嘘、でしょう」


 吐く息が白いのも気にならないほどに、心臓が熱く悲鳴を上げる。城の外、冷気の中心部にいたのは。今まさに関わってはいけないと話していたはずの、一頭の大きな白いドラゴンの姿だった。

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