04 パッション・フルーツ
次の日から私は王室錬金術師としての今までの業務から外れ、シオン王子に与えられた個人の研究室に篭ることになった。
同僚たちからは驚きと戸惑い、詮索をするような視線を投げかけられたが、素知らぬ顔をして自分の机を片付けた。
殿下からは本来の職務を奪うことになってしまったと謝られたが、元々私は指定された納品物を調合する作業よりも研究の方が性に合っているので構わなかった。
「さて、と」
自費で購入した道具や本などを研究室へ移動させ終わった私は、まずいつものように依頼内容を箇条書きで整理して草案を練る。
ちなみに今回の研究に関する項目は全て、些細なメモ書きでも魔法で鍵のかけられた魔導書に記述することにした。魔力を登録した私にしか開けられないので、簡単に情報が漏れる心配はない。
新品の家具特有の匂いがする作業台に向かい、今回の依頼の内容を改めて惟る。
戦争が起きてしまった時に、被害を少なくするにはどうすればいいか。
例えば、極端な話だが不老不死の薬ができれば自国であるユッカの被害はほとんどなくなるかもしれない。しかしそれではモンステラの被害は防げないし、アスタ様も無事でいられるかはわからない。
どうすれば相手国の被害を抑えられるか。相手の降伏が早ければ早いほど被害は少ないはずだ。
では相手を降伏させるにはどうすればいいか?真っ先に浮かんだ答えは“圧倒的な力の差を見せつける”だった。
身も蓋もない話だが、今までにない強力な破壊兵器を発明すれば最初に多少は犠牲が出るもののダラダラと戦争をするよりは遥かに被害が少なくなる。
自分がそんな兵器を作りたいか、作れるかは別として。
「そんなものが作れるなら他の国がとっくに作ってるわよね…………」
それならば、麻痺毒や催眠効果のあるガスや粉の散布はどうだろうか。
相手の兵士が動けなくなってしまえば捕縛ができるので被害は抑えられるかもしれないが、屋外では効果はそれほど期待できない。
敵を室内へ誘導するのは難しいので結界のようなものを生み出す魔道具を作って併用するか、もしくは魔法陣で敵の動きを封じるか。
不老不死の霊薬、兵器、麻痺ガス、設置型の魔法陣。魔導書に思いつく限りの構想を書き殴ってみるが、どれも決定打が足りない。
今まで興味が一切なかったせいで兵法書はアカデミーの参考書で読んだくらいなので、戦術に関しての知識が寡聞なのも足を引っ張っている。
殿下も軍事知識に長けた錬金術師に依頼をすればよかったものを、なぜ私を選んだのだろう。
そもそも被害を抑えると言っても、合格ラインはどの程度なのか。
もちろん被害をゼロにできれば満点なのだろうが戦争が起きる以上そんなことは不可能だ。
一息つくためにペンを置いた私は固まってしまった身体をほぐし、珈琲を淹れてソファに腰を下ろす。
自分では一生働いても買えない柔らかな高級ソファは、殿下からの激励の品である。
中には王族が飼育しているグリフォンの換羽が詰められていて、クッションひとつで私の年収を超えてしまう。
「はぁ……賢者の石を作るよりも難しい依頼かも」
錬金術師なら誰もが憧れ追い求める賢者の石。
卑金属を金に変える触媒になるとか、不老不死の霊薬そのものだとか様々な説はあるものの、未だかつて誰もたどり着けてはいない伝説。
そのような奇跡の石を作り出す実力があれば、この問題は解決できるのだろうか。
到底叶えられそうもない夢物語、しかし絶対に叶えたい希望。その二つの意味を込めて、私はこの計画を賢者の石作戦とこっそり呼ぶことにした。
「賢者の石?」
胸に畳んで心の中で呼ぼうと決心していたのに、ある日私は様子を見にきた殿下の前でうっかり口を滑らせてしまった。
勝手に命名してしまった上にあまりにも身の程知らずな作戦名である。
殿下の機嫌を損ねてしまったらどうしようかと戦々恐々していると、彼は突然大きな声で笑い飛ばした。
「あっはっは!それはいいな、俺もそう呼ぶことにしよう」
「殿下、王族ともあろうお方が人前で大口を開けて笑うのはどうかと……」
彼の側近が忠言すると、殿下はここでくらいなら構わないだろうと口を尖らせる。
最近殿下の雰囲気が柔らかくなった気がする、というよりもしかするとこちらの方が本性なのかもしれない。こんな私相手に少しでも心を開いてくれているのだろうか。
普段は泰然自若としているように見えるが意外と子供っぽい性格なのかもしれないなどと不敬なことを考えていると、殿下から笑みが消えて神妙な顔になった。
「実は、方々から君に何を研究させているのか探られていてね。どういう建前にしようか悩んでいたところだったんだ」
私は、職場を離れた時の同僚たちの探るような空気を思い出して得心がいった。今でも研究室から一歩でも外へ出ると、まとわりつくような視線が飛んでくる。
殿下はおそらく、研究室に篭っている私以上に様々な方向から探りを入れられているはずだ。
「そこで賢者の石!名案じゃないか」
どうやら、殿下が伝説の賢者の石を見てみたい好奇心で新人の錬金術師を捕まえ、私費を投じて研究をさせていることにしようという話らしい。
しかしそれでは彼がこの情勢下で何も考えていない無能のように映ってしまわないだろうか。
不安になった私の手を、いつの間にか隣へと移動してきた殿下が優しく握った。
「なに、友人を守るためなら少しくらいの悪評など気にしないさ」
吸い込まれるようなアメジスト色の瞳にじっと見つめられ、私は思わず顔が熱くなる。
眉目秀麗なシオン王子の美しさは蠱惑的で、至近距離では彼の瞳を直視することができない。視線を外すと、バニラ系の香水をつけているのか甘い香りが私の鼻腔をくすぐる。
友人扱いをされたことに思わず舞い上がりそうになるも、私はすぐに身の程を弁えて俯いた。
殿下の耳に私の噂が届いていないはずがない。常に周りから蔑まれていた私などが友人では、殿下の威信に関わるのではないだろうか。
しかし殿下は、そんな私の心を見透かしているのか手を握ったまま柔らかく微笑んだ。
「君は優秀で、優しくて、気品のある自慢の友人だよ──ミオソティス」
涙が視界にじわりと滲み、心臓が今にも破裂しそうなほどに暴れ回る。嬉しさと切なさが胸いっぱいに広がって、息の仕方を忘れてしまいそうだ。
どんなに他人に踏み躙られても、殿下のこの言葉さえあればいい。殿下のためならこの命を捧げてもいい。こんなに素敵な人を、好きにならない方が難しい。
例え叶わぬ恋でも、そもそも私にとっては叶う恋をする方が無理なのだから関係ない。
私は諦めて、人知れず身を焦がす恋にこの身を投じてしまおうと心に決めたのだった。