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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
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37 閑話 魔王の休日【恋するフレミング】

ミオソティスの休日です。いつもより長めです。

 早朝、烏の鳴き声で目を覚ました私はあまりに未練がましい夢の内容に自嘲した。

 シオンが死んでその身体もスライムとなったことで彼に対する恋心は完全に封印されたと思っていたのだが、心の中の恨み節はまだ残っていたらしい。


「ミオ、君を裏切る形になってしまってすまなかった」


 夢の中のシオンは、私にそう言って頭を下げた。言い訳にしかならないが独房へ入れた後私を救おうと奔走したこと、それが結局叶わなかったこと。

 せめてもの償いに私の家族に汚名が残らぬよう、父と秘密裏に連絡をとり処刑前に私を除籍して家名を守ったこと。

 そして、一番嬉しかったのは私の作る魔道具が大好きだったと言ってくれたことだった。


「あらシオン、おはよう」


 未練が見せた夢にしては内容がやけに生々しかったなと思っていると、張本人であるシオンが扉の隙間から部屋の中へ身体を滑り込ませて入ってきた。一日私の傍を離れたのが寂しかったのか、膝に乗ってきて身体をぷるぷると震わせている。

 

「あなたもお話しできたらいいのにね」


 何気なくシオンにそう声をかけると、シオンが興奮したように私の膝の上で飛び跳ねる。

あまりの勢いに膝から落ちそうになったところを両手で受け止めると、何かを訴えるようにぷるぷると小刻みに震えた。


「あなたもお話がしたいのね?」


 シオンに確認してみると、前後に大きく揺れ始める。これは首を縦に振っているつもりなのだろうか。

 シオンが話せるようになれば新しくわかる事実もあるかもしれない。以前も彼が話せるようにするべきか悩んだが、その時はクレマチスたちに止められてしまっていた。しかし、本人が強く望んでいるのなら話は別だろう。

 幸い今日は私の休息日の予定なので、魔王の仕事に関係ない研究をしたところで文句は言われまい。そう判断した私は、善は急げとダチュラを呼ぶためにベルを鳴らした。



「それで、どうしてお休みのはずのピオニーまで研究室にいるのかしら」


 研究のため、化粧も香水も一切しないでほしいと頼んだ私を、ダチュラは念入りにスキンケアをした後寂しそうに見送ってくれた。

 そうして久しぶりに白衣に袖を通し研究室へとやってきたのだが、一日ずれで今日が休息日のはずのピオニーがついてきたのだ。

 

「私に休みを与えると延々と鍛錬をするせいで休みにならないから、研究中の母上の護衛につけと皆に言われた」


「あぁ……」


 ピオニーの返事を聞いて、私は頭を抱えながらも納得した。確かに、厳しい鍛錬をするよりは今日は研究室に引きこもるつもりの私の護衛をしていた方が休息になるような気がする。

 それならばと、シオンを抱いてソファに座るように命令した。せっかくの休日なのだから、せめて立ちっぱなしではなく柔らかいソファで待機していてほしい。生前のシオンから贈られたソファなので座り心地は抜群のはずだ。

 ピオニーは私が作業をしているのに自分だけ座るわけにはいかないとでも言いたそうな顔をしていたが、命令と言われると渋々腰を下ろしていた。


「せっかくだから、ピオニーも練丹術の観点で何か気付いたことがあれば教えてね」


「私が学んだのは内丹術なので、お役に立てるかはわからないが了承した」

 

 シオンが喋れるようになるためには、いくつかの候補がある。シオンに声帯を付与するような物。シオンがテレパシーを使えるようになる物。シオンが意思表示の可能な種族に進化できる物。そしてそれぞれ、魔道具か薬品などの体内に摂取する物どちらが最適かを考えなければならない。


 まずシオンに声帯を付与するような物だが、既に似たような魔道具がある。病気や怪我などで声を失った人の補助をするものだ。補声器と呼ばれる魔道具で、声帯の代わりに喉を振動させることで口から声が出るようになる仕組みなので残念ながら口のないシオンには使えない。

 口や顎を怪我して発声ができない人向けの補声器もあるが、そちらは逆に声帯の振動を声に変えるタイプなので声帯のないシオンには使えない。

 補声器は口か声帯のどちらかの役割を補う物なので、口も声帯もないシオンでは根本的に使えなさそうだ。

 ピオニー曰く東方に応声虫という魔物がいて、その虫が体内に入り込むと何も喋らずとも問いかけに応じた返事がかえってくるらしい。

 その魔物の素材を使えば口も声帯もないシオンでも喋れるかもしれないが、東方の魔物素材は滅多に出回らないので生憎手持ちにはなく、城の研究室の倉庫を探しても見つからなかったので今回は諦めるしかない。


 次に考えたのは、テレパシーを使えるようになる物。テレパシーを使える魔物というとクトーニアンが有名だが、クトーニアンの脳髄を乾燥させた素材が幸運にも倉庫にあったので持ってきた。

 ただ、これを魔道具にしようと思うと壁が立ちふさがる。シオンはスライムなので、魔道具を身につけようとしても自分の酸で溶かしてしまうのだ。

 以前魔王のお披露目時にはシオンもおめかしとして王冠を頭に乗せていたのだが、その時は王冠に絶魔銀をメッキとして塗装していた。

 絶魔銀は魔封箱の内側にも使われている素材で、魔力をほとんど通さない。だから絶魔銀を付与した王冠をシオンの頭に乗せても、シオンの体内の魔力と反発して溶けることがなかった。

 ただ、絶縁銀は魔物素材の効果も打ち消してしまうので魔道具には使えない。なので、そもそも魔道具を作る選択肢を消した方がいいかもしれない。


「母上、丸薬や水薬はどうだろうか?」


 魔道具が使えないとなると、自ずと選択肢はピオニーが言うように薬品での経口摂取になる。ただ、シオンは口がない上に消化器官も存在しないので、人間用の薬品で同じように効果が出るのかわからない。シオンは普段から食事をしているようだし、貴重な素材を無闇に試すより、どのように消化されているのかを明らかにしてから取り組んだ方がいいだろう。

 シオンを意思表示が可能な種族に進化させる案に関しては、そもそもどのような素材を使えばいいのかわからないのでお手上げだ。


「結局、どうすればいいのかわからないことが分かっただけだったわね……」


 久しぶりにあれこれと考察ができたことで私は楽しかったけれど、シオンにとっては何の収穫もない時間になってしまった。さぞかし意気消沈しているだろうとピオニーに抱えられているシオンを覗き込むと、彼もダメで元々だったようでさほど気にしていないようだ。

 ただ、せっかくだから彼に何かプレゼントをあげられないだろうかと、ふと目に入った作業台の上の絶魔銀と魔導書から着想を得た私は製作を始める。要は、シオンの身体に直接作用する魔道具でなければいいのだ。そう思った私は、作り出した一枚の銀色の板とペンをシオンに渡す。


「母上、それは?」


「筆談板よ」


 元々一般向けに作られている魔道具を、絶魔銀を使ってシオン用にアレンジした物だ。板の表面の黒い画面をペンでなぞると、ペン先の素材に反応して板の中に入っている虹蛍の粉を使った塗料が浮き出る仕組みになっている。上部につけられた魔石に魔力をかざせば、書いた文字はきれいに消すことができる。

 ペンは板の溝に収納することができ、絶魔銀で作ったチェーンでシオンの首?にかけられる。絶魔銀を使用していない画面部分と魔石は、シオンに長く触れると溶けてしまうので注意が必要だが、これを持ち歩けば簡単な筆談が可能なはずだ。

 

「シオン、今回はこれくらいしか作れなかったけどどうかしら」


 シオンの様子を伺うと、身体の一部を枝のように伸ばして器用にペンを持って一心不乱に何かを書いている。

 今のシオンに文字を書けるかどうかは定かではないが、意思表示の選択肢が揺れる跳ねる以外に増えるのはきっといいことだろう。そう思いながら見守っていた私に、シオンがおもむろに板を向けた。


【ありがとう】


 黒い画面に書かれた虹色の文字は、歪ではあるものの確かにそう書かれていた。どうやらお気に召したらしい。

 喜びを抑えきれない様子のシオンが、ピオニーの膝からジャンプしてきたので両手で受け止める。シオンは一際大きく震えてから、私の腕の中で眠ってしまった。


「筆談できるようになっても、震えて感情を表現するのは変わらないのね」


 おそらく、癖のようなものなのだろう。簡易的な措置ではあったが、何はともあれ喜んでもらえて何よりだ。

 外で鳴いた烏の声につられて窓を見ると、すっかり日が暮れていた。思ったより集中してしまっていたらしい。

 昼食を抜いてしまったのでおそらく皆が心配しているだろうと、シオンを抱いたままピオニーと共に研究室を後にする。


「……そういえば」


 この国の動植物は、私が魔王になったあの日に全部死滅したはずだ。

 それなのに朝も今も烏の鳴き声が聞こえたということは、もう小動物が暮らせる程度には魔素が薄まったのだろうか。

 

 喜ばしいことのはずなのに、私は。一羽の烏の鳴き声がいつまでも気になって、なぜだか無性にざわざわと胸が騒ぐのだった。

 

 

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