34 閑話 四天王の休日【ハム食べたい】
コリウスの話です。
ダチュラはお休みなのに忙しそうだし、クレマチスは自分の部屋に帰って寝ちゃったから僕はとても暇になった。暇になると、いつも行くあの場所へと僕は向かう。
「こんにちは、つまみ食いしに来ました!」
さっきダチュラの部屋でたくさんお菓子をもらったけど、お菓子はおいしくてもお腹がふくらまない。だから何かもらおうと思って厨房に来てみたけど、お昼ご飯の前なせいかお城の厨房はとっても忙しそうだった。
「コリウス様、昼食はサンドイッチをお作りしておりますので今暫くお待ちいただければ……」
「サンドイッチ?僕ミートパイがよかったなぁ」
文句を言いながら卵サンドの重しを外してぱくりと口に入れると、あっとオークから声が漏れた。
厨房には色々な種族の魔物がいて皆働き者だけど、お話ができない魔物もいる。だから遊びに来ると、豚さんみたいな魔物のオークか家事が得意な妖精のブラウニーがいつも僕の相手をしてくれる。
僕は妖精と魔物は違うと思ってたんだけど、魔力が高い生き物のことを魔物って呼ぶから妖精も魔物って呼んでもいいらしい。ちなみにオークは料理長でブラウニーは副料理長なんだって。
「ミートパイは無理です、熟成肉が残り少なくて貴重なので魔王様にお出しする分しか確保できません」
「あはは、言ってみただけだよ。サンドイッチもおいしいね」
話しながらぱくりぱくりとサンドイッチを次々に口に放りこむと、だんだんオークの顔が引きつってくる。だってお腹すいたんだもん、お皿にきれいに盛り付けられるまで待てないよ。
ママが言ってたけど、僕は昔あまり食べられなかったから今せいちょーき?なんだって。しょうがないよね。
「オークはさぁ……お名前、ほしいと思ったことある?」
ふと浮かんだ疑問をオークにぶつけると、彼はきょとんとした。そりゃそうだ、話が全然繋がってないもん。
この国には料理長オーク以外にもたくさんオークがいる、でも皆名前がない。名前があるのは僕たち四天王だけ。
ママが皆に名前をつけるのは大変だっていうのもあるけど、皆に名前をつけられない理由はそれだけじゃない。名前をつけると、皆が記憶を取り戻しちゃうかもしれないから、ピオニーたちが止めてるんだ。
ママには、僕たちはちょっとしか記憶がなくて死ぬ前の自分とは別人だって話してるけど本当は違う。死ぬ前の僕と今の僕は一緒だし、たぶん全部覚えてる。それと違って名前のない魔物たちは、言葉とか文字とか生活に必要なことしか覚えていない。
僕たちは死ぬ前からママのことが好きだったからよかったけど、ママが処刑される時ママに石や卵をぶつけていたような人たちが記憶を全部取り戻したら大変なことになっちゃうのは、頭がよくない僕にもわかった。
だから、オークたちにも名前がない。昔はいい人だったのか悪い人だったのかはわからないけど、僕たちのわがままで名前をつけてもらってない。
ママを守るためだとわかっているけど、そのことを考えるといつも胸がもやもやする。
「そうですねぇ。名付けをしていただくと種族として進化できるというお話ですが……料理をするのに進化は必要ありませんから」
そんな僕の気持ちを知らないオークは、あっけらかんと否定した。生前の記憶が戻るかもしれなくてもいらないのと聞くと、料理に役立つ記憶だけ抜き出せるなら欲しいですねぇと笑った。
そっか、別にいらないんだ。そう思うと、もやもやがすうっと晴れてゆく。そうすると、安心したからかお腹ぐうと鳴った。
「あれだけお召し上がりになったのに、まだお腹がすかれているのですか?」
僕の腹の虫の音を聞いて、オークが目を丸くして驚く。このままだと卵サンドを全部僕が食べちゃうかもしれないと思ったみたいで、冷蔵庫を覗き込んでうんうん唸りだした。
「食べても食べてもお腹いっぱいにならないんだよね。お肉食べたいなぁ」
今のこの国でお肉は貴重だってわかってるから、最後の言葉はオークには聞こえないように小さな声で呟いた。
昔の僕はカチカチの固いパンや野菜くずのスープくらいしか食べられなかったので、今食べているふわふわの白いパンでも僕にとってはとても贅沢だ。それでも、慣れって怖いものでどんどん食べたいものが増えてくる。
ピオニーに聞いた東の国のご飯も気になるし、ダチュラがたまに話してくれる夢の国のご飯も食べてみたい。クレマチスがママに食べさせたいと計画している豪華なきゅーてー料理も食べたいし、何よりママと出会った日に食べたミートパイの味が忘れられない。
ミートパイであれだけおいしいなら、他のお肉料理はどれだけおいしいんだろう。ステーキなんて食べた日には、おいしすぎて天国に行ってしまうかもしれない。
「オーク、その木は何?」
僕が食べたことのない料理を思い浮かべて幸せな気持ちになっていると、いつの間にかどこかへ行っていたオークが変な形の原木を持って戻ってきた。
料理に使う火は魔道具で起こしているから木は必要ないはずなのになと不思議がっていると、オークは何がおかしいのかケラケラと笑う。
「これは原木ではありませんよ。ハムです」
食べたことのない食材を見て驚いていると、オークがハムの原木を薄く削いで卵サンドの中に挟んだ。差し出されたそれを受け取った僕は、こんな薄っぺらいもので何が変わるんだろうとよくわからないままぱくりと口に入れた。
すると、ぶわっとお肉の香りが鼻を通った。ハムの塩味が卵サンドの味を、まるで別の料理みたいに、こう、なんていうか、味がすごい!
「何これ!おいしい!」
「ご満足していただけましたか。魔王様が、コリウス様はタンパク質を積極的に摂取した方がいいだろうとおっしゃっていましたので」
薄いぺらぺらなのに、あれが入るだけで満足感が違う。お肉をどうやったらあんな風になるのか全然わからないけどすごい。
もうちょっとだけもらいたくてオークをチラチラ見ると、そんな僕を見てオークがにっこりと笑う。
「まだまだたくさんありますよ。このハムは一本全てコリウス様のものですから」
話を聞くと、どうやらママがお肉をあまり食べたことのない僕のためにとっておいてくれたらしい。つまり、ママから僕へのプレゼントだ。
あのハムが一本丸々全部僕の物だということに感動して、泣いてしまいそうになる。あの薄い一枚のハムを、この原木でいったい何枚生み出せるんだろう。
「じ、じゃああと一枚だけ……!」
本当はもっとたくさん食べたいけれど、たくさん食べればその分原木が減ってしまう。だから毎日、ちょっとずつ食べよう。なるべく長く食べられるように。
そう決意したけれど、結局この日僕は五枚もハムを食べてしまった。だって、ハムがおいしすぎるから。
動物も植物も皆死んでしまったこの国で、どうやって新しく動物や植物を育てていくか。そういう難しいことはクレマチスたちが考えればいいやと思っていたんだけど、僕も色々がんばることにしたのだった。
そう、すべてはお肉の、ハムのために!




