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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
3/110

03 Strawberry Shortcakes

3話のサブタイトルを変更しました。

 殿下が普段使っている豪奢な執務室に呼ばれた私は、震えながらぐるぐるとその理由を考えていた。

 納品物に何か重大な問題が起きたのだろうか?それとも同僚から私の勤務態度についてのクレーム?

 至って真面目に勤務しているつもりだが、学生の頃から思い返せば私が普通でないことを理由に嫌がらせをされることは少なくなかった。

 頭を悩ませていると、殿下の使用人が紅茶と茶菓子が乗せられたスタンドをテーブルに置く。飲まずとも香りだけでも楽しめそうな華やかな紅茶の香りが、部屋にふわりと漂った。


「王室御用達の茶葉だ、味は保証する。まずは飲んでリラックスしてくれ」


 とてもリラックスなどできるはずもないが、少しでも落ち着くためにかけていた眼鏡を外してたたむ。

 研究に没頭するようになってからは視力が落ちていたので、勤務中はかけていたことを動転してすっかり忘れていた。

 出された紅茶を飲まないのも失礼にあたるので、手の震えと顔色を隠しながらなるべく優雅に見えるようにカップに口をつけた。

 もちろん、せっかくの高級茶葉も緊張で味は全くわからないのだが。


「君の所作は貴族令嬢に劣らないほど優雅だね」


 殿下の言葉に、ざわりと心が騒ぐ。やはりそのことに対して気持ち悪い等のクレームでも受けたのだろうか。

 なるべく微笑みを崩さないように顔色を窺うと、彫刻のように整った顔を無邪気に綻ばせる彼は純粋に感心しているようだった。それが演技でなければの話だが。


「君の論文を読ませてもらったよ。あれは実に画期的な発見で素晴らしいね」


「恐縮でございます」


 新しいおもちゃを見つけた子供のようにはしゃぐ殿下を見る限り、とても演技とは思えない。

 王族たるもの感情を顔に出さない訓練は受けているはずなので、騙されている可能性ももちろんあるのだが。

 私の論文についてしばらく雑談を重ねてみても、いつまで経っても本題が切り出されないのでじわじわと不安と警戒心が募ってゆく。

 貴族同士の会話で前置きが長くなるのはよくあることだがこのままでは胃痛がどんどん悪化してしまうので、痺れを切らした私は勇気を出して自ら踏み出すことにした。


「それで──大変失礼だとは存じますが、本日はどういった御用件かお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 私の言葉を聞いた殿下の笑顔が、ぎこちないものへと変わる。

 すっかり冷めた紅茶に口をつけ、微かにため息を吐いて目を細めた。


「すまない、俺としたことが少し緊張してしまったようだ」


「いえ、謝られるようなことでは──緊張、ですか?」


 頭こそ下げていないものの殿下に謝られる謂れがないので慌てていると、常に堂々としている彼とは到底結びつかない単語が飛び出してきた。

 私はともかく、殿下が緊張する理由がわからない。本題というのがよっぽど言いにくいことなのだろうか。

 心当たりが考えつかず困惑していると、居住まいを正した殿下が改めて私に向き直る。


「君に個人的に依頼したい仕事があるんだ。モンステラ王国との友好関係については知っているか?」


「えぇ。以前は芳しくなかったそうですが、殿下の姉君であるアスタ様が嫁がれてからは同盟までとはいかずともある程度の友好関係が保たれているとか……」


 昔はお互い侵略を狙っていた両国の関係はいつ戦争になってもおかしくないほど張り詰めていたようだが、モンステラの王太子がアスタ様を見初めて求婚し、彼女が嫁いでからは改善されたらしい。

 関係の修復のきっかけとなったアスタ様は、我が国では救世主か聖女のように崇拝されている。貴族ならば誰でも知っていることだが、それと私への依頼がどう関係するのだろう。

 錬金術師である自分の業務に一切関わりがなさそうな話題を切り出されて考えあぐねていると、殿下の端正な顔に僅かに皺が寄った。


「そのはずだったのだが……諜報の話によると、モンステラは秘密裏に我が国へ戦を仕掛けようとしているらしい」


 思わず上げそうになった声をぐっと呑み込む。紅茶を口に含んでいなくて本当によかった。

 とんでもない機密情報を聞いて関わりたくない案件の予感がするも、殿下にしてやられたようだ。

 依頼の詳細は不明だが、機密を知ってしまったからにはもう断ることはできないだろう。

 できれば続きを聞きたくない、関わりたくないという私の願いはすぐに砕かれることになる。


「君には戦が始まった時に役に立つものを内々に作ってほしい」


 殿下の言葉を聞いて、冷や汗を流していた背筋が凍る。暗殺の薬か、はたまた兵器か爆薬か。

 誰かの役に立ちたいと願い錬金術師になったけれど、まさか戦争に役立てられることになるとは思わなかった。

 こんなことなら王室錬金術師の内定を蹴って小さくとも自分の工房を持てばよかったのだろうかと今さら意味のない後悔をしていると、絶望が顔に滲み出てしまったのか慌てた殿下が私の向かいから隣へと席を移してくる。


「どうやら勘違いさせてしまったようだね。君に作ってほしいのは、人を傷つけない魔道具なんだ」


「人を、傷つけない……?」


 戦争に役立つ魔道具で、人を傷つけないとはこれ如何に。

 言葉の真意を図りかねていると、殿下が悔しそうに唇を噛む。私の手に重ねられた殿下の手は、驚くほど冷たかった。


「戦が始まれば、我が国は勝利しなければいけない。しかしモンステラ国には……姉上がいる」


 シオン王子の母君は東方に位置する日輪の国出身の側室で、殿下の名前の由来は彼の瞳の色に似た花の名前らしいと聞いたことがある。つまり、正室の子であるアスタ様と殿下は腹違いの姉弟にあたる。

 王族の姉弟というと王位継承争いなどで命を狙いあったりする複雑な関係であることも多いが、殿下は幼い頃に姉君に良くしてもらったのだろうか。

 ふと、自分の幼い頃の姉との楽しい思い出が頭を過り胸が詰まった。


「甘いと思われるだろうが、俺はなるべく戦の被害を少なくしたい──我が国だけでなく、姉上のいるモンステラ国もだ」


 私の姉が嫁いだのも、モンステラとの国境である南方の領地だと聞いている。戦争が始まれば私の姉が巻き込まれる可能性もある。

 仲違いしたからといって私は姉のことを嫌っているわけではないので、できることなら姉のためにも被害を抑えたいという思いは私も殿下と同じだった。


「私の動かせる予算は兄上たちに比べれば多くはないが、できるだけ融通したい。

君に依頼したいのは戦が起きた時になるべく双方の被害を抑える魔道具の研究──具体性の欠ける依頼で申し訳ないが、頼めるだろうか?」


 本音を言うと、こんな物騒な話に関わりたくないし今すぐにでも逃げ出したい。

 しかしここまでの機密情報を聞いてしまったからには、知らなかったことにはできないだろう。断われば、最悪始末されてしまうかもしれない。

それに殿下のため、アスタ様のため、そして何より姉のために。

 私が渋々頷いたのを見て破顔させた殿下の顔が思ったよりも近くて、跳ねる心臓が少しうるさかった。

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