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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
26/110

26 月の椀

 皆が励んでくれたおかげで、遺体と賢者の石の処理は順調に進んでいる。このペースでいけば無事に夜明けまでに全てが終わりそうだ。

 吸血鬼として目を覚ました時は、ミオソティス様に蘇らせていただいた喜びと私が末っ子だという事実に対する嫉妬が綯い交ぜになって混乱していた。私が最後に蘇ったということは、私以外の家族は私の知らないミオソティス様を知っているということだ。そんなことは断じてあってはならない。

 ミオソティス様が湯浴みのために退席した際奴らへ抗議をすると、呆れた様子のピオニーに後で血を分けてやるからそれを飲んで記憶を読めと言われた。確かにその方法ならば、彼らの知るミオソティス様を知ることができるので名案だと思った。もしかすると、ミオソティス様はそれを見越して俺を吸血鬼にしてくださったのかもしれない。

 ただし、スライムには血液がないのでシオンの記憶だけは共有することができない。そもそもシオンが長子だという事実にも納得できず、スライムのような矮小な存在に嫉妬心が疼くことも許せない。せめてピオニーならば心の折り合いがついたものを。

 

 生前のシオンに仕えていた頃から、俺は奴が気に食わなかった。王族の勅命を断れない錬金術師へ秘密裏に兵器を作らせるというだけでも腹黒いのに、平和のためだと嘯いて騙すなんて人のすることではない。それも、自分のことを慕っている相手に対してだ。

 進捗確認のためという名目で度々監視のためにミオソティス様の元へ会いに行っていたシオンに同行した際、傍で控えていた俺はやることもないので毎回可哀そうな錬金術師を観察していた。

 そうしていれば、誰だって気付いてしまう。本人がいくら隠そうとしていても、彼がシオンに対して純粋な恋心を抱いていることに。

 初めは愚かで憐れな男だと思った。同性愛だから、身分違いの恋だからではない。目の前の男がキラキラした瞳で見つめるような価値のあるきれいな人間ではないからだ。

 だから俺は純真無垢な彼を見る度にもやもやとした気持ちになるのだと、常々そう思っていた。


 ミオソティス様が完成させた賢者の石を披露した時は背筋が凍った。あれは完成させてはいけないものだった。

 ここ数日研究室に閉じこもっているという報告は届いていたが、まさか短期間でこんなにも素晴らしく恐ろしい物を完成させるとは思わず、俺もシオンも彼を侮っていたのだと実感した。

 気の毒だが、シオンは彼のような人材を手放さないだろう。機密情報を知ってしまったことももちろんだが、人の心に作用するような魔道具を生み出してしまうような錬金術師だ。敵に回すと大変なことになるので手元に置くか、それが叶わなければ消されてしまうに違いない。

 今後はシオンのいいように使われるだろうが彼も想い人の役に立てるならば本望だろうし、命を落とすよりはマシなはずだ。じくじくと痛む胸にそう言い聞かせていると、驚くことに彼は恋心より命より、錬金術師としての矜持を選んだ。

 

 焦りのあまり暴れだす鼓動を抑えながらシオンに命じられて独房へ向かうと、予想に反して清々しい表情の彼がそこにいた。牢に入って現実を直視し、自分の選択を後悔している頃合いだと思ったのに。そうすれば、俺が口を利いてどうにか処分を撤回してもらおうと考えていたのに。

 結局俺は、シオンに託されたといって賢者の石を渡すことしかできなかった。本当は、こちらの都合で振り回したのだからせめて処刑までは便宜を図るべきだと俺がシオンに嘆願したのだが、シオンからだと伝えた方が彼は素直に受け取ってくれるだろうと思って黙っていた。

 そして、薬指にはめた賢者の石を愛おしそうに撫でるミオソティス様の横顔を見て、まるで心臓を握り潰されたような痛みが走った。息の仕方も忘れてしまうほど苦しくて、それでもミオソティス様の前で取り乱すわけにもいかず、彼の頼みを聞いた後になるべく平静を装って退室した。

 ミオソティス様に頼まれた化粧品をすぐにでも独房へ持って行きたかったが、シオンに検閲をしてもらわなければ後から取り上げられてしまう可能性もある。はやる気持ちを抑えながらシオンへ見せに行くと、予想だにしていなかった命令を受けた。


「明朝、ミオソティスを処刑場まで連行するのはハレンへ頼むことにする。君は俺と共に向かうように」


 てっきり自分がミオソティス様に付き添うと思っていたので、俺は困惑した。騎士団長が護衛につくならば死罪人よりシオンの方が適しているのではないか。

 そんな俺の心を見透かすように、シオンは跪く俺を見下ろしながら吐き捨てる。


「誰かさんに任せると、そのまま駆け落ちでもやりかねないからな」


 羞恥心で、血が沸騰しそうになった。そして次に、駆け落ちという低俗な言葉で自分の気持ちを表現されたことに腸が煮えくり返った。

 どうやらこの男、俺のミオソティス様に対する気持ちを恋心か何かだと思っているらしいが、この想いはそんな生易しいものじゃあない。憧れと尊敬とが入り混じる、恋心なんかよりも崇高な想いだというのに。

 シオンのせいで思わずミオソティス様と駆け落ちをする自分の姿を夢想してしまい、気まずさから咳ばらいをする。無事に処刑場まで送り届けられる自信がないのは確かなので、あながち否定もできない。

 その場は大人しく従って、当日処刑場から彼を救い出す算段を立てればいい。そう自分に言い聞かせて、シオンの命令を受け入れた。それなのに。

 処刑当日の朝、シオンから命じられた時間に彼の部屋へ向かうと既にもぬけの殻だった。どうやらあの男、俺が諦めていないことも見抜いていたらしい。

 すぐに踵を返そうとした瞬間、爆発音が城外から聞こえたかと思えば地面が揺れ、大量の魔素が突風と共に城へ流れ込んできた。そして俺はその突風に煽られて扉へ頭を打ち付け、朦朧とした意識のまま命を落としたのだ。


 ユッカ国が滅んだのも、ミオソティス様が命を落としたのも、全てシオンのせいだ。だから俺は、あいつを許すことは絶対にできない。

 幸いにもあの男は見るも無残な肉塊になって死んだせいで、ミオソティス様に蘇らせてもらったとはいえ単細胞生物であるスライムへと生まれ変わった。自慢の美貌は見る影もない、因果応報という奴だろう。

 隙あらば始末してやりたいが、ミオソティス様の御心を煩わせるようなことがあってはならない。それに今優先すべきは奴の処遇ではない。ミオソティス様が最大限に輝ける環境を整えなければいけないのだから。

 

「必ず成し遂げてみせます、ミオソティス様」


 何もできなかったあの夜とは違う。今の俺にはそれだけの力と覚悟があるのだから。

 楽しみにしていてください。明日になれば忙しくなりますので、今は朝までごゆるりとお休みください。

 真っ暗な空に浮かぶ十六夜の月を見上げ、俺は宣誓をする。そして再び、闇の中へと姿を消したのだった。

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