25 発展家
私以外の家族はどうやら寄り道が多いようだけど、私はお母様のお役に立ちたい一心で自分の分の仕事を淡々とこなしていった。おかげで商店街にある遺体は先ほど全て処理が終わった。夜明けまでにはかなり余裕ができたので、人手が足りていない貴族街の地区へと向かう。
久しぶりにそこへ足を踏み入れ――ラミアとなった今は下半身が蛇なので尾を伸ばしたが正しいだろうか、私は見慣れた邸へと歩みを進めた。
数年ぶりに訪れたその邸は、私の実家だ。幼い頃、私はここで貴族の令嬢として生きていた。使用人の男と駆け落ちをして除籍されるまでは。
「ただいま戻りましたわ」
懐かしい邸宅は私が出て行ってから随分と様変わりしたらしい。邸の内装は全て継母とその連れ子である義妹の趣味のものに取り替えられていた。
父が再婚してから、継母と義妹に随分と嫌がらせを受けていた私は家の中で居心地が非常に悪かった。夜会へ着ていくドレスも化粧品も、義妹とは違い新しい物を買うことができないせいで流行を追えず、いつも壁の花となっていた。
だから家の中で唯一味方をしてくれた優しい使用人の男に、いとも簡単に恋をした。この人さえいればお金も家督もいらないと思ってしまった。彼が義妹に雇われていた詐欺師だということも知らずに。
駆け落ちして店を購入した後にすぐ、彼は金庫の中の僅かなお金と共に忽然と姿を消してしまった。騙されたのだとわかった時には全てが遅く、私に残されたのは小さな店と多額の借金だった。
店の経営の知識などない爵位を失った元貴族令嬢が一人で生き残れるはずなどない。だから継母と義妹は私が出て行っただけで安心していたのだろう。ただしそれは、私が普通の貴族令嬢だった場合の話だ。
「ざまぁないですわ。生憎私は、転生者なんですの!」
邸宅内で無様に倒れていた継母と義妹の遺体を長い下半身で踏みつけながら、私は悪役令嬢よろしく高笑いをする。前世では日本で美容部員として生きていた私は、悪役令嬢転生物を好んでいたせいか異世界での恋愛に憧れてコロッと男に騙されてしまった。
しかし前世で庶民だった私は貴族としての生活に嫌気がさしていたので、これ幸いと気持ちを切り替えた。せっかく平民になれたのだから、前世で学んだ経営学の知識を生かして商会を立てた。
そしてかねてより商業ギルドと結託して秘密裏に開発していた基礎化粧品の新作を満を持して販路に乗せ、あっという間に借金を返したのだ。
もちろん化粧品類だけではなく、ドレスのデザインや雑貨など前世の知識から着想を得たアイデアをどんどん商品化して系列店を増やしていった。
目立つといけないので表向きは私の店は小さな雑貨店一つだけだが、商店街の半分以上は私の商品を取り扱っており実質商店街は私が牛耳っているような物だった。
国が滅んだ今は平民になってから築き上げた財産も商会もなくなってしまったが、お母様の目に留まったおかげでこうして再び蘇ることができた。目の前で転がっている愚かな継母や義妹と違って私は恵まれている。
初めてお母様を店先で見た時は、正直いいカモが来たと思った。わざわざ商店街に足を運んでいるのを見る限りおそらく爵位の低い貴族だろうが、着ている服の生地の質を見る限り没落した貧乏貴族ではなさそうだ。
ネイルポリッシュを想い人に贈る想像をしているのだろうか、まるで恋する乙女のような表情を浮かべるお母様を見て私は店へと引き入れた。
あの手この手で言いくるめて贈り物を選ばせてやろう。別に騙して売るわけではない。商品の質はいいので、満足してもらえるはずだ。そうすれば常連になってもらえるに違いない。
そんな浅はかな考えで接客をはじめた私は、お母様が自分用に商品を見ていたのだと知って頭を殴られたような衝撃を受けた。
ユッカ王国は同性愛者やトランスジェンダー等に対する風当たりが強い。私には前世の知識があるので抵抗はないつもりだったのだが、それでも無意識に目の前の人間がそうであるかもしれないという可能性を排除してしまっていた。それがとても恥ずかしくて情けなくて、申し訳なく思った。
だから私は、打算を捨ててお母様に接客をした。本当は化粧もしてほしかったのだが、お母様の意思を尊重して急ぐべきではないと判断したので試供品を勧めるに留めた。
お母様が帰った後も、次に来店したら何を勧めようか、化粧をするなら何色のシャドウやチークが合うだろうか、眉の形はどうカットすべきか、まずは肌を整えるために食生活をどう変えるべきか暇さえあれば考えていた。
結果として再び来店する前にお母様も私も死んでしまったのだが、幸いお母様はほとんど見た目が変わらないまま魔物になったので生前の私の想像通りに化粧を施すことができる。そしてふと、お母様が魔物になった後も普段着をお召しになっていたことを思い出した。
「まずはドレスを拵えなければいけませんわね」
今から縫うのは無理なので、一先ず既存のドレスを調整することになる。着せたいドレスのデザインはたくさんあるが、明日は特別な日になるのでラグジュアリーなデザインにしなくては。
貴族街の遺体の処理は他の家族に任せてさっそく取り掛かろう。お母様が美しくなるためなら、皆喜んで協力してくれるはずだ。
たった一晩でやることが多すぎて目が回りそうだが、その全てがお母様のためになるなら苦ではない。
「忙しくなりますわ」
踏んでいた二人の遺体を土魔法で砂へと変えると、私はドレスを調達するために鼻歌をうたいながら商店街へと舞い戻る。
扉を開けると、夜風に吹かれて砂の山がさらさらと崩れていった。




