24 ママのうた
※虐待のシーンがあります。
きらきら。じゃらじゃら。いっぱいもらった!眼鏡からお仕事をまかされたからがんばらなくちゃ。僕一人でがんばりたかったけど、シオンを一人にすると何するかわからないから見張っていてほしいんだって。責任重大ってやつだ!
ママからコリウスって新しい名前をもらった時、とっても嬉しかった。あの時の優しくてきれいなお兄さんが僕のママになるなんて!胸の奥がぎゅっとなってあたたかくなった。
死ぬ前の僕と今の僕が別人だって、ママは思ってるみたいだった。後ろにいたライオンのおじさんがしょんぼりした顔をしてたから、たぶんママに嘘をついたんだと思う。
嘘をつくのはいけないことだって誰かが言っていた。でも、僕も同じ噓をママについてしまった。だって、僕が前の僕と同じだって知ったら、ママは僕のママになってくれないかもしれないと思ったから。
あの日、広場に人がたくさん集まっていたから僕は急いで花を摘んでいった。きっとたくさん売れるって思ったから。だけどそこにはなぜかきれいなお兄さんがいて、皆がひどい言葉や石や腐った卵をぶつけてた。
あのお兄さんは優しい人だよ、やめてよってどんなに大きな声で叫んでも皆全然聞いてくれなかった。大人たちの声が大きくて、小さな僕の声はかき消されてしまった。そして、きれいなお兄さんは殺されてしまった。それを見て、僕の目の前は真っ暗になった。それが最後の記憶だった。
前の僕にパパはいなくて、ママは僕に広場で男の人に花を売ってきなさいって言った。
その言葉通りに花を摘んで広場へ行ったら、怖いおじさんに身体を触られてびっくりして逃げ出した。帰って泣きながらママにそのことを話したら、そのまま触らせてお金をもらってこなきゃいけなかったんだって怒られた。
花を売るっていうのは、そういうことをしてお金を稼ぐことだったんだって。ママは何も教えてくれなかったから、僕は何も知らなかった。
次の日に僕は、もう一度お花を摘んでいった。本当にそんなことしなくちゃいけないのかなと思うと、どんよりした気持ちになった。でも、僕は大きくなったからお金を稼がないともうご飯がもらえないんだってママが言ってた。
朝ご飯を食べられなかった僕は、広場に着くと屋台の匂いでお腹が鳴った。ご飯が食べたい。ご飯を食べるためには、お金を稼がなくちゃいけない。
どうせなら優しい人に触ってもらう方がいいなと思って、広場で一番優しそうなお兄さんに声をかけた。
「きれいに摘まれた勿忘草ね。一束ちょうだいな」
きれいなお兄さんは私の身体を触るんじゃなくて、本当に花を買ってくれた。お兄さんは僕と一緒で言葉の意味を知らなかったのかな。それとも、知っていてわざと花を買ってくれたのかな。
お兄さんともっとお話がしたくて、売ってた花について聞いてみたら名前の元になるお話を聞かせてくれた。しかも、多めにお金をくれたのでそのお金で僕は屋台で売っていた食べ物を買うことができた。
声をかける前にお兄さんがおいしそうに食べてた温かいミートパイを口に頬張ると、今まで食べたどんなものよりおいしかった。死ぬ時は最後に食べたいなと思うくらいだった。
それからは、お兄さんに教えてもらった話をしながら勿忘草を売った。別の意味と勘違いされないように、僕は本当にお花が売りたいんだと伝わるように、なるべく優しくて頭が良さそうなお客さんを選んで一生懸命話すと皆笑顔で買ってくれた。
僕が家にお金を持って帰ると、ママはにこにこになった。たぶん本当に花を売って稼いだとは思ってなかっただろうけど、わざわざ教えることもないし黙ってた。それからは毎日、勿忘草を売って自分のご飯代くらいは稼げるようになった。
勿忘草が咲いてた場所には他にもきれいな花が咲いていて、なんて名前だろうと気になるようになった。今まで生きるので精いっぱいだった僕の中に、もっと知りたいという気持ちが初めて生まれた。
今度お兄さんに会ったら聞いてみようと、広場へ行く度にお兄さんの姿を探したけれど全然会えなかった。そして次に会えた時、お兄さんと僕は、この国の人は皆死んでしまった。もちろん、僕の前のママも。
「みいつけた!」
街の端っこにある、僕が前に住んでいたすきま風の吹く家に入ると前のママが知らない男の人と一緒に裸で死んでいた。恋人だったのかな、それともお客さんだったのかな。今となってはどうでもいいけれど。
「ママ。僕ね、新しいママができたんだよ。新しい名前ももらったの。だからね」
前のママはもう、いらないんだ。
死んだ人の身体が残っていると、魔物になっちゃうんだって今のママが言ってた。きれいな石と名前をもらった僕たちに比べたら、たくさん時間がかかってしまうけれど。だから魔物にしたくない人たちの身体は、ちゃんとお片付けしないといけないんだって。
台所から火打石を持ってきた僕は、ママだったものに火を点ける。僕に大事なことは何も教えてくれなかったママだけど、自分でご飯が作れるように火の点け方だけは教えてくれてありがとう。おかげでママを片付けることができるよ。
前のママが魔物になったら困るから。だってもう僕のママはミオママなんだから、前のママが生き返ってもいらないから。
眼鏡に前のママを消してもいいか聞いた時、火の後始末だけはちゃんとするように言われたので僕はママだった物が焦げていく横で本を広げる。ママから貰った図鑑に載っている、僕と同じ名前の植物のページを見た僕は思わず顔がにこにこになった。
コリウスっていうのは、葉っぱがきれいな植物の名前なんだって。色とりどりの葉っぱは花屋さんで見た立派なお花に負けないくらいとてもきれいで、植物はお花しか売れないと思っていた僕が最初に本で見た時はびっくりした。
花言葉は健康って書いてあるから、ママはきっと僕に健康になってほしくてこの名前を付けてくれたんだと思う。毎日ご飯がたくさん食べられるわけじゃなくて痩せていた前の僕は、少し走ると息が苦しくなったりドキドキしたりすぐに風邪をひいたりしていたから。
新しい僕には優しいママがいて、楽しい兄姉もいて、何考えてるのかよくわからないペットのスライムもいる。きっとこれからはご飯だってお腹いっぱい食べられるし、誰かにいじめられることもない。
だからもう、前のママも、前の僕もいらない。ここに、全部置いていこう。
ママだった物が灰になったのを確認した僕は、火を消すために魔法で風を起こす。
そしてそのまま、街でほったらかしにしてきてしまったシオンを迎えに行くため真っ暗な空へと羽ばたいたのだった。




