表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
23/110

23 yoake

 クレマチスに渡された自分の分の賢者の石が、じゃらじゃらと音を立てる。ただの宝石のついた指輪にしか見えないが、これが一度死んだ自分を蘇らせたのだと思うと不思議な気持ちだ。


「それでは、それぞれの持ち場へ行って自分の仕事を果たすように」


 クレマチスの采配により彼は城内、自分は広場でダチュラは商店街、コリウスとシオンはその他の平民の遺体を主に処理することになった。

 生前縁があった場所や人を担当した方がスムーズに終わるだろうという予想に基づいての指示だが、コリウスとシオンは単独行動をさせるのは心許ないので互いを監視させることにする。


「クレマチス。広場へ向かう前に個人的に処理したい遺体があるのだが、地下牢へ寄ってもいいだろうか」


 怪訝そうな顔をするクレマチスに、処刑前に地下牢で母上が暴力を受けた件を話すと怒りで彼の結膜が真っ赤に染まる。自分に始末させろと牙を剝き出しにして唸る姿はまるで獣のようで、母上に接する時の穏やかな姿とはまるで別人だが、うまく隠しているだけでおそらくこちらが本性なのかもしれない。

 母上に無体を働いた騎士の人相がわかるのは自分だけなので自分に任せるように言うと、牙をおさめて深く息を吐いた。


「塵も残すなよ、ハレン・・・


「……今の私はピオニーだ。母上の前では絶対に呼び間違うな」


 我を忘れたせいか前世の名で俺を呼んだクレマチスに鬣を逆立てながら凄むと、彼はバツが悪そうに口を噤む。魔物として生まれ変わった時、母上に記憶のことを尋ねられた私は思わず身体の持ち主とは別人だと答えたが、実際には騎士団長として生きていた私と今の私は同一人物だ。

 だがそれを伝えれば母上は私に心を許すことはないような気がして、嘘を吐いたのだ。別人だと聞いた後の母上の安堵した表情を見るに、恐らく正しい選択だったのだろう。


 死罪人の錬金術師の話を聞いた際、罪の意識に苛まれた殿下が人払いをして私に真実を告げた。彼は何も悪くない、自分が巻き込んでしまった、だから彼がせめて処刑まで不当な扱いを受けないよう心を砕いてやってほしいという自分勝手な主張を聞いて、私は殿下に失望した。たかが騎士団長ひとりに処刑を止めることなど出来るはずもなく、自分の無力さに嫌気がさした。

 自分が育てた部下たちが戦地へ赴かなければいけないことも、平和のための魔道具を生み出した一人の善良な錬金術師の命も守れない自分にも絶望した。守りたいものに手が届くように、泥水を啜る思いをしてまで騎士団長の地位に上り詰めたのに、まだ力が足りないのかと。

 だからピオニーとして蘇った時、これはチャンスだと思った。新たな主の元で、今度こそ大切なものを守るために生まれ変わったのだと。母上に別人だと嘘を吐いたのは、別人として生きたいという自分の願望でもあったのかもしれない。


 母上から賜った、ピオニーという新しい名も嬉しかった。母上と生前の自分はそれほど接点がなかったはずなのだが、母上は処刑前に私と過ごしたあの短い時間で私の服の紋章の意味に気付いたのだろうか。

 騎士は、戦場で互いを識別するため身につける物に紋章を装飾する。盾をベースに宝冠、動物、植物などで図案を考えるのが一般的だが、私の物は獅子と牡丹のデザインが施された紋章だった。

 東方へ留学した際にその組み合わせが取り合わせの良い物の例えに使われると聞いてから使うようになり、赤獅子という異名の由来もそこからきている。かの国で観た大衆演劇でも獅子の演目の舞台に大輪の牡丹が飾られていたのが圧巻で、獅子と牡丹には個人的に強い思い入れがあった。

 そんな私の心を知ってか知らずか、もしかしたら名付けの際に紋章を見て軽い気持ちで選んだのかもしれないが、牡丹の別名であるピオニーという新しい名で呼ばれた時。

 私は、母上に全てを捧げようと決意したのだ。


 

  暗くて湿った地下牢を降りてゆくと、一晩とはいえこのような場所で母上が過ごしたのだという現実に直面して居心地が悪くなる。

 監視役の騎士たちの休憩所へ着くと、母上に暴力を奮っていた騎士たちが倒れていた。テーブルにカードが散乱しているので、命を落とす直前まで呑気にゲームでもしていたのだろう。

 彼らの遺体に手を翳して魔力を流すと、僅かに痙攣した後にそのまま起き上がる。死霊術を使うのは初めてだったが無事うまくいったことに安堵した。

 本来死霊術は疑似魂魄を用意しなければいけないが、彼らの遺体は死してからさほど時間が経っていないおかげで魂魄の残滓が存在していたため、僅かな魔力で定着させるだけで不死者として蘇らせることができた。

 最も、母上から強大な魔力をいただいたおかげで容易に儀式を遂行できたが、人間が同じことをしようとすれば数十人分の魔力が必要になるだろう。


「立て。お前たちにはやってもらうことがある」


 私と違い賢者の石を使わなかった上に名付けもしなかった彼らは、まるで傀儡のような動きでゆらりと立ち上がる。恐らく彼らは生前の記憶どころか、はっきりとした自我すらないだろう。しかし、そんなことは私の知ったことではない。

 彼らの頭蓋を徐に掴んで力を籠めると、骨がミシミシと軋んで声帯のない彼らの口からは声にならない悲鳴が上がる。不死者でも痛覚があるのだろうか、魔物の弱点は徹底的に勉強したが討伐に無関係なことには頓着がなかったのでわからない。

 しかし、錬金術師である母上のお役に立つためには今後はそういった知識も増やさなければいけない。

 

「お前たちにはなるべく苦しみながらもう一度死んでもらうぞ」


 クレマチスは塵も残さずに始末しろと言っていたが、そんな生易しいことはしてやらない。

 魔封じの効果が付いた手枷の魔道具を嵌め、独房へ投げ入れた彼らの足の骨を砕く。今夜は夜明けまでに遂行しなければいけない仕事があるため、彼らの相手をしている暇はない。

 賢者の石を使わずに魔物化した場合どういった違いが出るのか。痛覚はあるのか。再生能力はどれほどなのか。彼らにはこの地下牢で、母上を喜ばせる実験のデータとして役立ってもらう。

 もし自我があれば蘇ったことを悔やむくらい、いっそ殺してほしいと願うほどに苦しんでほしい。それがあの日母上を救えなかった私の、せめてもの罪滅ぼしだ。


 彼らは既に死んでいるのだから、倫理観や道徳にとらわれる必要はない。そもそも私を裁く法が、国が滅んでいるのだ。

 これからは自分のやりたいことを我慢する必要はない。母上に忠誠を誓い、お役に立つことだけを考えればいい。その足掛かりとなる初仕事は、完璧にこなしてみせよう。

 柵から解放された獅子が、使命を果たすため夜の街へ颯爽と駆けてゆく。真っ暗な地下牢では、亡者たちの声無き悲鳴が響き続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ