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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
22/110

22 明日から

 目を覚ました吸血鬼のクレマチスは一瞬戸惑いの表情を見せたが、事態を把握した途端てきぱきと働き始めた。

 ダチュラの手によって湯浴みに伴いメイクオフとフェイスマッサージ、パックが施術されて艶々になった私が部屋に戻ると、寝室はクレマチスの指示で模様替えが行われていた。研究室内に置いていた必要な家具や小物は全てピオニーによって運び込まれ、さらに私のイメージに合わないと判断された家具は他の部屋の家具と入れ替えられたらしい。

 王族らしい煌びやかな家具は目に優しいパステルカラーの物へ変更され、ベッドの天蓋も重厚感のある生地から光が透けるほど薄く柔らかな物に取り換えられていた。


「ご苦労様、目覚めたばかりなのに大変だったでしょう」

 

「お褒めにあずかり光栄です、ミオソティス様」


 クレマチスの氷のように澄んだ色の少し長めの前髪は、業務の邪魔にならぬよう整髪料で左側が後ろに撫でつけられている。生前の前髪を下ろしていた姿よりも今の方が垢抜けているが、眼鏡が更に似合いそうなのに壊れてしまったことが実に惜しい。

 そんなことを考えていると、咳払いしたクレマチスが徐に私へ頭を下げる。

 

「差し出がましいこととは思いますが、ひとつだけ褒美を賜ってもよろしいでしょうか」


 どうやら彼は、時間外労働の対価を求めているらしい。目覚めたばかりにしては私への忠誠心が天を衝いているなと驚いていたのだが、欲しいものがあったからがんばったということなら納得できるし微笑ましい。

 私が与えられる物なら相談に乗ると返せば、すかさず彼は手のひらを差し出してきた。


「恐れながら、こちらを頂戴したく存じます」


 彼の手のひらに乗せられていた物を見て、私は困惑する。魔物化した私にはもう必要のない物だし、別に与えるのは構わない、構わないのだが。

 なぜ彼は、研究室に置きっぱなしにしていた私の眼鏡を所望しているのだろうか。


「別に構わないけれど、特に高価なものでもないし新しい眼鏡が欲しいのなら商店街へ行った方がいいんじゃない?」


「いえ、ミオソティス様の私物が欲しいのです。しかし、ミオソティス様手ずから選んでいただくというのも確かに捨てがたいですね……」


 恍惚としながら私の眼鏡を見つめるクレマチスの表情を見て、我が子ながら少し気味悪く感じてしまった。

 彼をはじめ、他の家族もいくら私が生み出した存在とはいえ初対面から私に対する好感度が高すぎやないか、刷り込みによる家族愛だろうかと考えていたが、それにしては態度があまりにも狂信的すぎるのだ。

 好き嫌いを通り越して崇拝しているような、まるで大人気の舞台演劇の役者を相手にするフアンのような有様だ。

 一度構わないと言ってしまったことを後悔しはじめたが、今更取り消すのも酷なので私物の眼鏡は好きにしていいこと、後日商店街に新しい眼鏡も選びに行くことを提案すると、クレマチスは嫣然とした笑みを浮かべて満足げに私の眼鏡をかけた。

 銀縁の細いハーフリムの眼鏡は切れ長の目によく似合っていて、まるで最初から彼の物であったかのようにしっくりきている。

 魔物化してから身体が変化した私は、気力体力だけでなく読書で落ちた視力も回復していて遥か遠くまで見渡せるようになった。

 彼も同じで眼鏡など必要ないと思うのだが、仕事中だけかけていた私と違い彼は生前ずっと眼鏡をかけていた。もはや身体の一部のようなもので、かけていないと落ち着かないのかもしれない。


「ありがとう存じます、ミオソティス様。後は俺たちに任せてごゆっくりお休みください」


「待って、あなたたちは休まないの?」


 私の部屋の模様替えは終わったので、てっきり皆も各々の部屋を見つけて休むものだと思っていた。いくら魔物でも過労で倒れはしないだろうか、そもそも何の仕事が残っているのか不思議に思っていると、クレマチスが私の疑問に答える。


「ミオソティス様が恙なく過ごせるよう、民衆の死骸を片付けようと思いまして」


 片付けるという物騒な単語を聞いて青ざめたが、クレマチスはどうやら国中の遺体を宗教観に障ることなく処分する予定らしい。あの夥しい数の遺体を適切に埋葬するとなれば一晩では済まなさそうだが、ピオニーの怪力とクレマチスの知恵があれば可能なのだろうか。

 私が奪った命なのでできれば私も手伝いたいと申し出たが、自分たちが手足のようなものだからと断固として拒否されてしまった。


「時に、あちらの魔封箱の中の賢者の石はいかがなさいますか」


 そう、私の悩みの種は遺体の処理だけではない。元々は世界平和のために生み出した賢者の石だったが、今回の件で国が滅んだ原因となってしまった上に、うまく使えば自在に魔物を生み出せる道具にもなると発覚してしまった。

 万が一他国の手に渡れば悪用されかねないので、存在を抹消すべきだろうがどう処分すべきか見当もつかない。


「よろしければ、こちらも処分させていただいても?」


 しかし、クレマチスは処分方法に心当たりがあるらしい。さすが殿下の側近を務めていただけあって、様々な方面の知識に明るいようだ。詳細を聞いても濁されてしまったが、門外不出の秘術なのかもしれない。

 仕方がないので、私は遺体と残っている賢者の石の処分をクレマチスへ一任することにした。魔封箱は私にしか開けられないので、一度私が開けてからクレマチスへと手渡す。


「信頼していただきありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」


「後は任せて母上はゆっくり休むことだ」


「ママおやすみー!」


「朝になったらまたきますわね、お母様」


 賢者の石を持ったクレマチスが、他の家族を連れて部屋を出ていく。シオンは最後まで私と一緒にいたがっていたが、私の気が休まらないだろうということでピオニーに無理やり連行されていった。

 本当に色々と濃厚な一日だった。国を滅ぼしただけではなく、まさか家族が五人も増えることになろうとは。クレマチスに賢者の石の処分を任せたしもうこれ以上増えることはないとはいえ、たった一人生き残って泣いていた朝からは考えられない。

 明日からどうしようか。皆はこの国が私の物だと言ってくれたけど、たった六人で住むには持て余してしまう。

 それに、ユッカ国が滅んだと聞けば他国が黙っていないだろう。逃げ延びた王族が他国に助けを求めて制圧しにくるかもしれない。もしくは、混乱に乗じてこの国を乗っ取ろうとする国も出るかもしれない。

 ピオニーが言っていた内丹術のことも気になるし、皆で東方へ見聞の旅に出るのもいいだろう。そうなると身体の一部を隠せば人に見える私やクレマチスはともかく、他の家族は人里へ入れないので対策用の魔道具を開発しなければいけない。


 雲のように柔らかいベッドへ横になると、自然と瞼が重くなる。身体がまったく疲れないので睡眠など必要ないのではないかと思っていたが、そうでもないらしい。身体は疲れていなくても、心が疲れているせいかもしれない。

 明日になったらまた考えよう。ともすれば、ただ流されているだけの怠惰な決意に聞こえるがなんて贅沢な言葉だろう。今朝までは、明日なんてもう二度と訪れないと思っていたというのに。

 ささやかな幸せに包まれながら、私は思わず笑みを零す。そうして私は、柔らかな布団に身を委ねゆっくりと意識を手放した。

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