20 美しいこと
コリウスを魔物化させた私は、開き直って次の目的地へと向かった。もう三人も魔物化させてしまったのだ、こうなったら自分の中の倫理観や道徳に蓋をして気の向くままに家族を増やしてしまおう。
マスコット的存在、屈強な戦力、癒し担当の幼い子供。ここに追加したい家族は、憧れの女子トークができる相手だ。となれば、交友関係の薄い私に思い当たる人物は一人しかいない。
広場を後にした私は、化粧品を調達するため昼過ぎに訪れたばかりの雑貨店へ入った。煌びやかな内装にコリウスは目を輝かせて、ピオニーは嗅覚が過敏なのか顔をぎゅっと顰めている。
気の毒なのでシオンと一緒に店の外で待っていてもいいと伝えたのだが傍を離れようとしないため、店主の女性の遺体をピオニーに外へ運んでもらう。決して広いとはいえない店内に巨躯の男が入ると圧迫感があるので、むしろ外の方が都合はよかったかもしれない。
魔物化の儀式も徐々に手馴れてきた私は、魔封箱から賢者の石を覗き込んで二つの石を手に取った。賢者の石の試作品はまだ大量にあるが、人型の魔物の素材を使ったものはラミアと吸血鬼の物しか残っていない。
魔物化するにあたって魔石の質が容姿に影響を与えるのかはまだ定かでないが、ピオニーの件もあるし念のため人型の魔物の物を使用したい。迷った末にラミアの魔石の物を選び、白くて細い手の上に置いた。
男の私が化粧に憧れていることを馬鹿にせず、寄り添ってくれた愛嬌のある彼女の新しい名を呼ぶ。
「ダチュラ」
光に包まれた店主の身体を目を凝らして見ていると、肌の一部に黒い鱗が生えてきた。上半身は鱗以外の変化はあまり見られないものの、足がぐにゃりと曲がりしゅるしゅると地面を這うように伸びてゆく。
光がおさまると、そこには想像通り半人半蛇のラミアの姿へと変貌した女性の姿があった。蛇のような下半身の鱗は、黒曜石のようにぬらぬらとしている。
やはり魔石の質は姿に影響を与えるらしい。シオンやピオニーを見る限り、魔石以外の要因も関係はしているようではあるが。
ダチュラと名付けられた彼女はゆっくりと目を開き、気だるげに身体を起こした。生前は結っていた金髪が解れて乱れているせいで、口元のほくろと合わせてやけに煽情的になっている。
肌は血管が透けて見えるほどに青白く、美白といえば聞こえはいいがどうにも不健康そうだ。
「こんにちはダチュラ。私のことを覚えている?」
「もちろん覚えていますことよ。化粧に挑戦してくれたんですのね」
ゆったりと頷く今の彼女には接客時のハキハキとした態度は見る影もないが、どうやら彼女の記憶に一度会っただけの私の存在は無事残っていたらしい。
首を傾げながらゆるりと笑い、赤い舌先をちろちろと動かす妖艶な姿は健全な男子が見れば骨抜きになってしまいそうだ。
少し不安になってピオニーの顔を見てみたが、彼はまったく動じていなかった。守備範囲外なのか、鋼鉄の心を持っているのかはわからないが一先ず安心する。
「きっと勇気がいったでしょうに、よくがんばりましたわね」
細長い指を私の顔に這わせ、ダチュラはうっとりと微笑む。まさか自分の子から褒められることになるとは思わなかった。
気恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちでいると、ダチュラの瞳孔がカッと開く。
「ですが、まだまだ甘いですわ!」
今まで気だるげだったダチュラが突然大声を出したので、驚いて思わず尻もちをつきそうになったところをシオンが滑り込んで支えてくれた。
そんな私の様子に気付かず、彼女は興奮しながら早口で捲し立てはじめる。
「まずファンデーションの色が明るすぎますわ!その色はハイライトとして使うことにして、フェイスラインはトーンダウンさせましょう。あとチークの色も鮮やかすぎます、十代の少女じゃありませんのよ!シャドウの色は合っていますけれど、春らしい色の方が垢抜けましてよ。眉も思い切ってもう少しカットしてアイブロウで整えましょう。そもそも化粧品を取り扱う店の照明は青みがかった明るい物が多いので、店内で化粧品を選ぶと自然光の下で見る色とは別物に見えてしまうことを念頭に選ばなければ失敗しやすくなってしまいますわ」
どうやら、自分では上出来だと満足していた化粧がダメ出しのオンパレードだったらしい。地味に落ち込んでいると、ピオニーが私の肩を支えながらダチュラを睨みつける。
「おい、自分の母親に向かって何て口の利き方だ」
「そーだそーだ!ママに謝れ!」
「あらそう。ではお母様、しばしお待ちくださいませ」
ピオニーに凄まれてもあっけらかんとしたダチュラは、私に断りを入れた後店内へ戻る。しばらく慌ただしく動いていたかと思うと、いくつかの商品を袋にぎゅうぎゅうに詰めて帰ってきた。どうやら私に似合う化粧品を選んできてくれたらしい。
「ありがとうダチュラ、今度からはアドバイスを参考にしてみるわね」
ダチュラの持つ袋を受け取ろうとすると、彼女は私へ渡さずにぬるりと身を翻す。そして、青白い顔でにんまりと妖艶に笑った。
「お母様。明日からは、私がお母様に化粧を施させていただきますわ」
かつての姉と私のような女子トークのできる家族が欲しい、ただそれだけを願ってダチュラを生み出した私だったのだが。どうやら専属のメイク係、それもかなりスパルタな人材をも手に入れてしまったらしい。
さっそく今のダメダメなメイクをオフしに行こう、と張り切るダチュラに背中を押されながら私は破顔する。
真っ暗な空に浮かぶ十六夜が、私たちの進む道を明るく照らしていた。




