19 春風
プロローグのお話のオマージュが入っています。
上空の少女が旋回する度に、びゅうびゅうと風が私の髪を弄ぶ。どうやらこの世に生を受けたことにはしゃいでいるようだが、風が強すぎてせっかく並べた遺体まで飛ばされてしまいそうだ。
大声で名前を呼んでも風で搔き消されているのか聞こえていないようなので、私は慣れない魔力で風を操り声を乗せる。
「コリウス!」
「はぁい!」
風に乗せた声は無事に彼女に届いたらしい。大輪の笑顔を浮かべたまま彼女はこちらへ降りて、いや急降下してきた。
このままでは地面に激突してしまう。慌てた私は風魔法で受け止めようと試みるも、増えた魔力が暴れだして思い通りにいかない。
彼女の笑顔が眼前に迫り、万事休すかと思った瞬間私の前にピオニーが躍り出た。天高くから降ってきた少女をその手で受け止めた彼は、彼女を抱いたままくるりと廻り衝突の勢いを殺してコリウスを地面に下ろす。
受け止めた衝撃で広場の石畳にヒビが入ったものの、辺りに並べられた遺体もピオニーの腕もどうやら無事なようだ。受け止める際に放り投げられたシオンを拾いながら、私は胸を撫で下ろした。
空から降ってきた当人は、目をキラキラさせながらもう一回やってとピオニーに頼んで渋い顔をされている。
「コリウス、少し診察と質問をしてもいいかしら」
「いいよ!」
元気よく頷いた少女の全身をくまなく調べる。一番の懸念事項であった潰れていた足は、人の足の代わりに大きな鳥の足のようなものが生えていてしっかりと地面に立つことができていた。
萌黄色の髪は羽毛のように柔らかい不思議な毛になっていて、髪の根本は赤い斑模様に染まっている。
ハーピーの手は翼と一体化している印象があるが、コリウスは人の手と翼がどちらも生えているらしい。彼女がハーピーとして目覚めたのは魔石のせいなのだろうか。
しかしそれならばシオンはワイバーンに、ピオニーはキマイラとして生まれても良さそうなのでこの辺りは要検証だなと頭の中でメモをする。こんなことになるのなら研究用の魔導書も持ってくればよかった。
「あなた、その身体の持ち主とは別人よね。その子の記憶はある?」
「あるよ!きれいなお兄さん!」
少女と同じ顔のコリウスに同じ呼び方をされて、私の心臓が締め付けられる。コリウスは確かに少女の記憶を受け継いだらしい。今日はお化粧をしてるんだねぇと無邪気に笑うコリウスの頭をピオニーが小突いて苦言を呈した。
「この方はお前の親だ。失礼な呼び方をするな」
「親?じゃあママだ!」
あの少女の記憶を受け継いでいるにしては随分と性格が違うようだ。それとも少女が引っ込み思案な性格に見えたのは私が客の立場だからで、家族に対しては天真爛漫だったのだろうか。
あの日の広場の思い出に耽っていると、彼女の足元に籠が転がっていることに気付いた。
「コリウス、お花を踏んでいるわよ」
「ほんとだ」
私に指摘されたコリウスは徐に足についた枯花を手で雑に払う。その姿に、私は動揺してしまった。
とても花が好きな少女のする行動ではない。コリウスが少女の記憶を持っているとはいえ別の人格なので仕方がないことなのだろうか。
そもそも広場で少女が花を売っていたのは、それしか生計を立てる術を知らなかったからで花を好きなわけではなかったのかもしれない。
それでも、勿忘草のことを教えた時の彼女の目の輝きが忘れられない私は、落ちた花を拾い集める。
「コリウス、お花は大事にしましょう」
「?でももう枯れてるよ」
少女が持っていた花だけではない。この国に魔素が充満してから、辺りの植物は全て枯れてしまっている。
それでも、彼女の身体から生まれた魔物として花を大切にしてほしいと思ってしまうのは私の個人的な我儘だ。
私は魔封箱を入れるために持ってきていた鞄の中から、一冊の本を出す。
「これをあげるわ」
本を渡されたコリウスが戸惑いながら本を開くと、中から出てきた一枚の紙を見て目を輝かせた。まるで、あの日の少女のように。
「枯れてない花だ!」
本に挟んでいたのは、あの日買った勿忘草を押し花にしたものだ。実験がてら様々な処理を施してあるので、そう簡単には色あせないはず。
そして挟んでいた本は微細なスケッチで描かれた植物図鑑なので、文字が読めないコリウスでも目で楽しめると思う。
「私があなたに文字を教えてあげるから、それを全部読むのを目標にがんばりましょう」
「ありがとう!ママ大好き!」
強要はしたくなかったので渋られたら諦めようと思っていたが、コリウスはどうやら興味をもってくれたらしい。
力強く私に抱きついてきたコリウスを、壊さないように優しく抱き締め返す。その様子をピオニーがじっと見つめてくるので、あなたも混ざるかと聞いたら肩を竦められてしまった。ちゃっかりシオンは混ざりに来たが。
予期せぬ第一子がスライムで第二子が巨体の獅子だったので自分に子供ができた自覚はあまり湧かなかったのだが、明朗快活なコリウスを見ているとじわじわと母性に目覚めてきたかもしれない。
私も意外と単純なものだなぁと、一羽と一匹を抱きながら幸せを噛み締める。
幾千の星が瞬く暗い空の下。骸の並ぶ広場に、コリウスの朗らかな笑い声がいつまでも響いていた。




