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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
18/110

18 魔法のじゅうたん

 ※少し痛い表現があります。



 茜色に照らされた広場は本来ならば仕事帰りの人で賑わい、屋台の店主たちは一日の最後の稼ぎ時だと声を張り上げて呼び込みをしていたのだろう。

 今となっては生きている人間の代わりに骸が整頓され並べられているのだが。


「ありがとう。一人ではとても無理だったから助かったわ」


 自分のせいで命を落とした人々の遺体を乱雑にしたままなのも忍びなくて、弔うのは無理でもせめて安らかに眠れるよう横にしてあげたかった。

 魔物化して身体の調子がよくなったとはいえ筋力が増したわけではないようで、私の力では人間の遺体を運んで並べるなんて芸当はできない。風魔法を操って運ぼうかとも考えたのだが、増幅した私の魔力を扱いきれずに傷をつけてしまうかもしれないと躊躇していた。

 新戦力のピオニーにそれとなく頼んでみると、彼はまるで綿でも持ち上げるように軽々と運んでくれた。広場全ての遺体を並べ終わるころには太陽が沈み切っていたが、彼がいなければいったい何日かかっていたかわからない。

 

「力が強いのはあなたが変質した魔物の特徴なのかしら。獅子の頭をしているけどキマイラではないようだし、他に獅子の見た目の魔物といえばネメアの獅子とか……」


「母上、俺の怪力は魔物としての力ではない。おそらくこの身体の持ち主も生前は同じような力が出せたはずだ」


 シオンを撫でながら私が一人で熟考モードに入っていると、訂正してきたピオニーの言葉に耳を疑う。ただの人間があんな超人的な力をいったいどうやって?見たところ魔道具のような装飾品もつけていないはずなのに。

 そんな私の疑問を感じ取ったのか、ピオニーは力の由来を簡単に説明してくれた。

 騎士団長は、昔東方の日輪の国へ留学に行きそこで錬丹術を学んだらしい。錬金術のようなもので、私たちのように薬を作ったり金属を扱ったりするのが外丹術。不老不死の霊薬の精製を目的としているところも錬金術によく似ている。

 そして彼が学んだのは内丹術といって人体に流れる気、こちらでいうと魔力を練って自身の力とする修行らしい。その力で先ほどの怪力を発揮したのだ。

 私も身に着けることができるのか聞いてみると、魔法を扱うのと根本的には一緒なので実力のある師に教われば可能だと言われた。

 俄然興味が湧いてきたので、落ち着いたら東方へ赴いてみるのもいいかもしれない。フードで角を隠せば人里へ紛れ込めるだろうか。もしくは国を発つ前に外見を誤魔化す魔道具を発明してみるのも手だ。


「して母上、この遺体はどうする?この数を埋める場所もないことだし焼いてしまうか」


 そう、遺体の処理は私の今一番の悩みの種だ。この国の宗教では火葬は厳禁である。私はそんなに信心深くないのであまり気にならないが、遺体の中には熱心な信者もいただろう。

 どうすればいいか頭を悩ませていると、広場の端にある大きな瓦礫が目に入った。あっと叫んだ私は、シオンを抱えたままピオニーの手を引いて瓦礫へと走る。

 瓦礫をどかすよう頼むと、ピオニーは不思議な顔をしながらも軽石でも扱うようにどかしてくれた。そして私は、瓦礫の下の惨状に思わず顔を歪ませる。


 瓦礫の下にいたのは一人の少女だった。

 枝毛の目立つ萌葱色の髪の毛と生成りの質素なワンピースは血で染まり、傍には枯れた花をたくさん入れた籠が転がっている。そしてスカートから覗く小麦色の足は、膝から下が瓦礫の下敷きになっていたせいで潰れていた。

 シオンをピオニーに渡して彼女の遺体を持ち上げると、私でも容易く持てるくらい軽かった。元々痩せていたのと大量に血が抜けたせいだろう。

 あの日私に幸せを運んでくれた勿忘草の少女の変わり果てた姿に心を痛めていると、ピオニーが不思議そうに首を傾げる。


「遺体なら私が運ぶが……その少女は母上の知り合いか」


「えぇ。ちょっとした、ね」


 なんとなく他の遺体と一緒に並べたくなくて、広場の中央にハンカチを敷いてその上に横たわらせる。彼女だけでも土に埋めて弔ってあげたいがどこがいいだろうかと考えていた時だった。

 

「知り合いならば、その少女も母上の子にしてしまえばどうだろうか」


 この赤獅子、いや馬鹿獅子はいったい何を言い出すのだろうか。顔を顰めた私に、ピオニーは訳を話しはじめる。

 ピオニーは騎士団長とは別人だが、彼の記憶を保持している。騎士団長は死んでしまったが、ピオニーの中で生きていると言えるのではないか。

 この少女も魔物へと変じればその記憶が彼女の中で残る。このまま誰の記憶にも残らないまま死んでしまうよりは、そっちの方が彼女の魂の慰めになるかもしれない。

 そして私に好意的な戦力が増えることになるので、この先の計画が立てやすくなるだろう。

 彼にとっては一番最後の理由が九割を占めている気がするが、確かに彼女が生きていた痕跡がこの世に残らないのは可哀そうな気もする。だからといって魔物にしてしまうのも倫理に反するが。

 

「やってみましょう」


 悩んだ末に、私が寂しいという理由が最終的な後押しになって彼に言いくるめられてしまった。

 だってこれからの魔物としての人生のお供が喋れないスライムと堅苦しい二足歩行の獅子だけなんて空しすぎる。もっとお喋りの弾む相手が欲しい。

 横たわらせた少女の手に、ハーピーの魔石の賢者の石を乗せる。この狭い世界で生きて死んだ彼女が、来世では翼でどこへでも羽ばたいていけますように。

 そんな祈りを込めながら、私は名も知らぬ少女に新しい名前を付ける。


「コリウス」


 夜の帳が下りた広場を、彼女の身体から放たれる光が明るく照らす。

 瞬間、一陣の風が吹いて私は思わず目を瞑った。風が止んでからそっと目を開けると、彼女の遺体は消えている。

 そして空には、萌黄色の羽根を羽ばたかせた一羽のハーピーが元気よく飛び回っていた。


 

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