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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
17/110

17 オレンジライオン

 目の前に佇む二足歩行の獅子の姿と、その口から出てきた言葉に私は頭を抱える。

 なぜ獅子の姿なのか。キマイラの魔石を与えたからか。それとも生前の彼の異名が赤獅子だからなのか。

 私のことを主様と呼ぶのはなぜなのだろう。私が目覚めさせたから?

 様々な疑問が降って湧いてくるが、私は今一番知りたいことを彼に質問する。


「あなたはユッカ国の騎士団長なの?それとも肉体だけが彼の物なの?」


 魔物化した彼は、生前と同じく巨体で筋骨隆々の身体をしている。服も騎士服のままだが逞しい身体によく似合っていた。

 声も処刑前に聞いた彼の声に似た低音で、生前と違うのは獅子の頭を持ち全身にふさふさの毛が生えていることだけだ。

 

「騎士団長というのはこの身体の持ち主のことか。私は今生命を与えられたばかりで彼とは別人だが、彼の記憶は保有している」


 騎士団長とピオニーが別人だと聞いて、私は残念なような安堵したような複雑な気持ちになった。

 おそらく今私の手に抱かれている紫色のスライムも、殿下とは別の存在ということなのだろう。

 ただ、記憶を保有しているという言葉が気になる。彼の記憶が全てあるのか確認してみたが、断片的なものしか覚えていないらしい。

 どうやら主に生活していく上で必要な記憶が優先的に残されているようだ。生まれたばかりのピオニーが流暢に人語を使えているのもそれによるものらしい。

 ちなみに、私の処刑に関してはまったく覚えていない様子だった。

 

「あなたは私のことを主だと言ったけど、私はあなたの主になった覚えはないのよ」


 無責任にこの世に生を受けさせてしまったことは申し訳ないが、私は彼の面倒を見るつもりはなかった。

 経過を観察したい気持ちはあるが、国を滅ぼした私は生き残った王族や他国から命を狙われるかもしれない存在だ。

 巻き込まれないようにピオニーにはどこへなりとも勝手に行って気ままに生きてほしい。そう思っていたのだが。


「では、あなたは私の主ではなく母上だな」


 強面のライオンの口から飛び出した母上という単語を聞いて、私は思わず固まってしまった。

 母上。一生私が呼ばれることなんてないだろうと思っていた単語だ。

 確かに、彼が魔物化するにあたって使用した空気中の魔素も、名付けの際に抜かれた魔力も私のものだ。

 つまりピオニーの身体には私の魔力がたっぷりと流れている。それならば、私が親だと言っても差支えはないのかもしれない。


「母上と呼ばれるのは不快だろうか?父上よりは母上の方が相応しいと思ったのだが」


 私が動揺のあまり黙ってしまったので、気分を害したのかと思ったらしい。

 私の性別は男なので、本来ならば父上の方が呼称としては正しいのだろう。

 だが、全然しっくりこないし何より私自身がそう呼ばれるのは嫌だ。


「いえ、母上でけっこうよ」


 思わずそう言ってしまい、慌てて口を噤んだがもう遅い。私は迂闊にもピオニーを、ひいては同じく私の魔力で生み出したシオンを自分の子だと認知してしまった。

 このままでは二人と共にいなくてはならなくなる。そうなれば私の事情に巻き込んでしまうだろう。

 獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言うし、試練と称して一人で生きることを課してみようか。

 ピオニーはそれで誤魔化すとしてもシオンはどうしよう、そんなことを考え込んでいた時だった。


「母上は高名な錬金術師だと記憶している。私に命を与えたのも、母上の魔道具等の効果によるものなのだろう。ならば被験体である私は母上の傍で仕えるのが得策だと思う」


 礼をしながら不敵に微笑む獅子の顔を見るに、どうやら私が彼から離れようとしていることはお見通しだったらしい。

 生まれたばかりの魔物のはずなのにこの巧みな言い回し、生前の騎士団長は脳筋かと思いきやなかなかの策士だったようだ。

 もしかすると、意外と爵位の高い家柄の生まれだったのかもしれない。

 

「はぁ、降参ね。私についてくると人間に狙われる危険性が高いのだけど大丈夫?」


「承知の上だ」

 

 信じていた殿下に裏切られ、処刑されることになり、自分が死に、かと思えば魔物として蘇り、気が付けば国を滅ぼしていて、その気はなかったのに二人の子供ができてしまった。

 二日間ほどの出来事にしては濃厚すぎて頭が割れそうだ。それに、ピオニーのおかげでいくつかは解消されたがまだまだ疑問が残っている。

 彼らは生前と中身が違うのに、私がそのまま蘇ったのはなぜなのだろう。それとも自分がそう思い込んでいるだけで、私はミオソティスの記憶を受け継いだ別個体の魔物なのだろうか。

 しかし記憶は断片的どころか幼い頃から細かい出来事まで覚えている。姉と遊んだ楽しい日々も、父親への黒い感情も、同級生や同期たちから受けた仕打ちも。

 そしてシオン王子に抱いた恋心や、騎士団長や町の人たちから受けた優しさも全て。

 腕の中のスライムをそっと撫でてやると、嬉しそうにぷるぷると身体を揺らす。殿下とは別人のようだが、私の子のようだしかわいがってあげよう。

 そしてピオニーは、私の元から逃げ出したくなるくらいこき使ってやるのだ。宣言しても忠誠心の高そうな彼には喜ばれそうなので、口にはしないけれど。

 濃い一日だったが、もう日も暮れてしまったようで話し込んでいるうちに広場がオレンジ色に染まっている。

 思いがけずできてしまった大きな獅子の子供に目を向けると、夕焼けに照らされて赤い鬣がきらきらと輝いていた。

 

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