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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
15/110

15 明日になれば

 ※少し気持ち悪い描写があります。



 化粧品を手に研究室へ戻った私は、さっそく洗面台へ向かい顔を洗った。丁寧に顔の産毛を剃り、眉を切って整えるとそれだけでもかなり見違える。

 下地、ファンデーション、コンシーラー、パウダー、アイブロウ、チーク、アイライン、アイシャドウと、かつて憧れた数々の化粧品で自分の顔をどんどん飾ってゆく。

 左目の下の涙黒子をコンシーラーで消すか迷ったが、試しに消してみると自分の顔に違和感があったのでそのままにしておいた。

 最後の工程を終えると、私は鏡をまじまじと見つめる。


「素敵……!」


 ドレスでは大敗したが、化粧は大成功だった。

 貴族女性たちの化粧に比べると少し地味な気もするが、白すぎる白粉や濃いアイシャドウを塗るとどうも自分の顔じゃないようでしっくりこなかったのでナチュラルに仕上げた。

 プロに頼めばもっとよくなるだろうが、充分な出来だった。それに何より、自分の手で自分の顔を飾るのはとても楽しい。

 惜しむらくは、化粧をしたところで舞踏会はおろか買い物に行ったりお洒落なカフェへ繰り出すこともできないこと。


「あんなに人に見られるのが嫌だったのに、いざ化粧してみたら誰かに見て欲しくなるなんて」


 こんなことなら、もっと早く試してみればよかった。あの日雑貨店の店主の勧め通りに化粧品を揃えて、化粧をして彼女に見せに行けばよかった。きっと喜んでくれただろう。

 部屋へ戻りソファで寛いでいても、つい手鏡を出して自分の顔を眺めてしまう。手鏡に映る自分の顔がにやけていることに気付いて思わず目を逸らすと、自分の背後にある大型の魔封箱が視界に入った。

 殿下のことだから箱の中身も確認しようとしたに違いないが、魔導書と同じ仕組みで私の魔力で鍵がかけられているので開けられなかったはずだ。

 試しに鍵に魔力を流してみると、魔物化した私の魔力でも開けることができた。魔封箱の中には石の種類ごとに分けられた賢者の石の試作品が大量に敷き詰められている。

 一番多いのは最初の試作で作っていたスライムの核製の物で、他にも吸血鬼やキマイラ、ハーピーやラミア等様々な魔物の核や魔石を使って試作したものだ。

 そしてふと、牢獄で聞いたシオン王子からの伝言を思い出す。


『最後の夜を、少しでも心穏やかに過ごせるようにとのことでした。』


 おかげで私は独房の中で穏やかな時を過ごせたが、殿下の最後はどうだったのだろう。一瞬のことで苦しむ暇もなかっただろうか。

 オカルトは基本的に信じないのだが、死後も魂が彷徨っているのならば今でも苦しんでるのだろうか。彼をこの試作品で救ってあげることはできないものか。

 この国には今でも大量の魔素が満ちている。殿下の遺体を放置しておくと、もしかすると魔物化してしまうかもしれない。

 私のように身体の内部から魔素を取り込むわけではないので、数日で変異することはないと思うが。


「……よし!」


 明日のことは何もわからないけれど、今私にできることがしたい。命を奪ってしまった全ての人を弔うことは不可能だけど、お世話になった人たちの魂だけでも鎮めてあげたい。

 私はソファから身体を起こすとめぼしい試作品を携帯用の小さな魔封箱へと移し、研修室を後にした。


 

 弔いたい人は何名か目星がついているが、一番最初に私が向かったのはもちろん広場だった。

 転がる遺体を踏まないように進みつつ広場の中央へ戻ると、そこには今朝私が去った時と変わらず宮廷服に包まれたシオン王子の肉塊が存在していた。

 彼の上にそっと試供品の賢者の石を置き手を合わせる。一番質のいい火竜の魔石製の物はなくなってしまったので、その次に高級なワイバーン製の物だ。

 魔物の祈りなど神は聞き入れてくれないかもしれないが、私自身の気持ちの整理のためでもある。

 しばらく信じてもいない神へ祈りを捧げた後に、殿下の遺体をどこへ埋葬しようかと記憶を辿り始めた時だった。


 死んだはずの殿下が、いや殿下だった物が動いたのだ。もぞもぞと動いたのを気のせいかと思い目を凝らしていると、私が搔き集めきれなかった周りに飛び散る細かい肉片が肉塊へと這うように移動しはじめた。

 得体のしれない現象に驚きつつも、いったい何が起きているのか知りたい気持ちが勝った私は観察を続ける。

 数分と経たないうちに、殿下だった物はすべて集まり赤黒くつるんとした丸い物体へと変わってしまった。まるで人工物のようにきれいな楕円の球体だ。

 どこかで見たことがあるような見た目だが何だったか思い出せずにいると、殿下だった物は転がるようにして私の傍へと近づいてきたので思わず両手で受け止める。

 表面はぷるぷるとして柔らかく、つい先ほどまでぐちゃぐちゃの肉塊だったとは思えない感触だ。

 

 「シオン……ッ?」


 王子、と続けようとした瞬間、ずるりと魔力の抜ける感覚が全身を襲った。抜かれた魔力は、どうやら謎の球体へと流れ込んだらしい。

 魔物となってから魔力量が膨大になったせいか、僅かに眩暈がしたくらいで体調に問題はないが一体何が起きたのだろうか。

 ふらついた頭を持ち上げると、先ほどの球体が何やら光を放っている。そしてその光の眩しさが落ち着いた時。


 シオン王子の瞳と同じアメジスト色をした、一匹のスライムが私の手の中でぷるぷると震えていた。

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