14 虹
※死体はたくさん出てきますがグロくはないと思います。
一日中生存者を探して歩き回り、身体が魔物になったせいかまったく疲労も空腹も感じないが心はげっそりとやつれてしまった私は自分の研究室へと帰り着いた。
てっきりまっさらに片付けられているだろうと思っていた研究室は、資料を探したような跡こそあれど家具や素材の入った魔封箱などはそのままにされていた。
私は久しぶりにシャワーを浴びて服を着替え、グリフォンのクッションに顔を埋めて柔らかいソファで横になりながら、先ほどまでこの目に映っていた光景のことを思い出す。
正直、被害が広場だけに留まらないことはある程度予想していた。しかし、城下町はおろか城内にまで生き残りが一人もいないとは思わなかった。
国王や第一王子等の王族の遺体はシオン王子以外は見つからなかったが、隠し通路や転移魔法などで国外へ逃げたのだろうか。
ユッカ国は城壁に沿って多少の魔物からの攻撃ならば防げる結界が魔道具によって保たれているが、それは外部からの攻撃の話である。
結界の内部で起きた攻撃、私が魔物化する際の魔力の爆発には意味をなさなかったのだろう。
城下町では、広場の人間ほど遺体の損傷が激しくないものの傷を負った人々が倒れていた。
致命傷ではなさそうな傷の遺体も多く、彼らがなぜ命を落としたのか不思議だったのだが城内に足を踏み入れてからその理由がわかった。
城下とは別に強力な結界が施されているユッカ城内の遺体は全て無傷だったが、皆苦悶の表情で倒れていた。恐らく、全員死因は魔素中毒だ。
どうやら私が魔物化する際に吸収しきれなかった魔素が、国内で充満しているらしい。
鳥の声一つ聞こえないとは思っていたが、動物を含め全ての生命体が魔素中毒で死滅してしまったようだ。
国を丸ごと覆うことができるほど大量の魔素を賢者の石に生み出させるなんて、あの時の広場の人々の負の感情はどれほどのものだったのだろう。
「まさか自分のせいで国が滅ぶとはね……」
自分がしでかしたことのあまりのスケールの大きさに笑えてくる。
広場の惨劇を目にした時点で罪悪感はもうこれ以上強くなりようもないほどに振り切っていたのだが、次々に遺体を発見する度その多さに段々と感覚が麻痺してきた。
そのせいだったのかもしれない。
「今この国に私しかいないってことは、何でも好きにしていいってことじゃない?」
今なら化粧をしても、ドレスを着ても、上品な言葉で喋っても誰にも何も言われないし奇異の眼で見てくる人もいない。
それって最高なことなのでは、と思ってしまったのだ。
私はソファに沈めていた身体を勢いよく起こす。思い立ったが吉日だ。
この国は滅んでしまったが、異変を察した他国からいつ討伐隊が派遣されてくるかわからない。
生き残るためには早くこの国を出て逃亡してしまうのが得策だろうが、どうせ行く当てもないのだ。
それならば、残された人生を好きに生きてしまおう。そう考えた私は、研修室を飛び出して再び城下町へと繰り出した。
「か、かわいい……!」
開き直った私が真っ先に向かったのは仕立て屋だった。
ずらりと並ぶドレスの見本は圧巻で、どれを手に取っても憧れのフリルやリボンやレースがたっぷりとついていて心が躍る。
これらを着ても誰からも文句を言われない。なんて素晴らしいことだろうと、私はありったけのドレスを手に試着室へ入った。そこまではよかったのだが。
「に、似合わないわ……」
どんなに上品な仕草に気を付けるようにしていても、私の体格は成人男性である。
細身な方なので着られるドレスがあったのはいいが、フリルもリボンも私に似合っていない。
シンプルなデザインのドレスやレースだけの装飾のものならまだ見られるが、マシなだけだ。
袖はどう見ても肩幅に合っていないし、ウエストに合わせてドレスのサイズを選ぶと他の部分の布地が余ってしまう。
どんなにドレスが素晴らしくても、自分に似合うものでなければ意味がない。デザインもそうだし、自分の体形に合わせたものでないとドレスの美しさも自分の魅力も引き出せないのだ。
姉からそう聞かされたことはあったが、実際に体験してやっとその意味がわかった。だから貴族女性は皆、自分のドレスを仕立て屋に注文するのだ。
男性である私でも、自分の体形に合わせたドレスのデザインを腕のいい仕立て屋に発注すれば似合うドレスが見つかるのかもしれない。
でももう、この国に仕立て屋はいない。他でもない私がその命を奪ってしまった。
どうすることもできない絶望にため息を吐きながら、私は仕立て屋を後にする。
そして私が次に向かったのは、あの日香水瓶を購入した雑貨店だった。
一瞬躊躇した後に意を決してドアノブを開くと、見覚えのある店内へと入る。そして、覚悟していた光景を目にすることとなった。
「お邪魔します、そしてごめんなさい」
店内に倒れていたのは、金髪の美しい女性。あの日、私に優しくしてくれた店主だ。
恐らく彼女も魔素中毒で亡くなったのだろう。白い肌に死斑はあれど傷は一つもついていないが、苦しそうに胸を抑えたまま亡くなっていた。
遺体に手を合わせ、ハンカチを顔に乗せた後店内を見て回る。あの日彼女がおすすめしてくれた化粧品一式を袋に入れた。
レジカウンターに代金を置いて店を出ると、店で過ごしている間に通り雨が降ったのか石畳が濡れている。
あの日と同じように雨上がりの空には虹が、地面には陽炎が揺らいでいた。




