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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
13/110

13 閉ざされた世界

 ※グロテスクなシーンがあります。苦手な方はご注意ください。


 どれくらい気を失っていたのだろう。ぼんやりとする頭で記憶を辿りながら、私は身体を起こす。

 そして目に飛び込んできた光景に、懸命に働かせようとしていた思考が止まった。

 死屍累々、という言葉がこれほど当てはまる場面を見たことがない。

 広場で逃げ惑っていた市民たちはそのまま倒れて折り重なって転がり、騎士たちもうつ伏せになっている。

 一体何が起きたのだろう、生存者はどれくらいいるのだろうかと確認をするために立ち上がろうとして、私は自分の身体の異変に気が付いた。

 動くのもつらいほど魔素に冒されていた身体は、なぜか今は体力も魔力も漲っていてまるで十代の少年のように軽い。

 そもそも私はなぜ生きているのだろう。あの時確かに、殿下に首を斬られたはずなのに。

 殿下はどこだろう、理由はよくわからないが非常事態のようだし城へ戻ったのだろうかと周りを見渡すために立ち上がろうとして、手元に転がっている剣に気が付いた。

 傍に落ちているのは見覚えのある血塗れの宮廷服。それが処刑時にシオン王子が着ていたのと同じものだと理解して、鼓動がどんどん激しくなってゆく。

 

「うっ」


 宮廷服の中の、顔はおろかもはや人間かどうかすら判別できないほどに形が崩れた肉塊。

 その正体がおそらく殿下だろうという結論にたどり着いた瞬間、私は嘔吐きを抑えきれず思わず口を手で覆った。

 愛する人が死んでしまったという事実と、その理由が一切わからない不気味さと、凄惨な光景に混乱する。

 少しでも情報を得ようと立ち上がって生存者を探していると、殿下の後ろで騎士団長が倒れているのが目に入った。

 ユッカ国一鍛え上げられた肉体を持つ彼ならばまだ生きているかもしれない。一縷の望みを胸に駆け寄るも、残念ながら彼は息をしておらず私の淡い希望は打ち砕かれた。

 そしてふと、彼が腰に付けていた革鞄が目に入る。私の髪を梳かしてくれた櫛が入っていたものだ。

 彼は櫛を持ち歩いていたくらいだから、もしかすると手鏡も持っているかもしれない。

 斬られたはずの首がどうなっているのか確認もしたいし、少し貸していただこうと思い手を合わせてから鞄の中身を拝借する。

 予想通り小さな鏡が入っていたので自分の首を見てみると、血が飛び散っていたので白衣の袖で拭いてみる。

 少し乾燥していて拭きにくいので、少なくともあれから一日以上は経っているのかもしれない。

 やっとのことである程度拭き終わると、治癒魔法を施した後のような傷が首を一周しているのが見えた。

 誰かが治癒魔法をかけてくれたのだろうか。斬られた首を繋げるほどの強力な治癒魔法など聞いたこともないが、なぜ私だけ助かったのだろう。

 そんな疑問は、すぐに衝撃的な事実にかき消されることとなる。今の今まで自覚がなかったが、私の頭に角が生えているのだ。

 形は山羊のようだが鉱石のように黒く艶々としていて、紅紫色に光っていた。まるで魔物の角のように神秘的な――

 

「魔物……?」


 魔素中毒になるほど身体を駆け巡っていた魔力。災害が起きた後のような光景。繋がった首。頭に生えた角。そして私の研究。

 自分の学生時代の卒論である、動物の死骸に魔素を取り込ませた場合のみ魔物化の兆候が見られた発見を思い出せば自然とある結論にたどり着く。

 私はあの時、首を斬られて死んだことによって魔物化したのだ。賢者の石の生み出す魔素の力で。

 今存在を思い出したが、左手にはめられていた指輪は跡形もなくなっている。魔物化する時に力を使い果たして消えてしまったのだろうか。

 当時動物の死骸を魔物化させる実験では、兆候が見られただけで完全な魔物化の再現はできなかった。おそらく与える魔素の量が足りなかったのだろう。

 私はおそらく、広場にいた人間全員が魔素中毒で死に至る量の魔素を吸収したことで魔物化した。

 そしてシオン王子は私が魔物化する瞬間一番近くにいたので、魔力の爆発の影響を直接受けてしまい惨たらしい姿になってしまった。


 つまり。この光景は、私が全ての原因だということだ。


 殿下が亡くなったのも。王国一の騎士を失ったのも。罪のない大勢の市民の命を奪ったのも、元はといえば私が賢者の石を作ってしまったせいだ。

 兵器を作ることを拒否した結果、こんなにも多くの人の命を奪ってしまった。

 人を傷つけたくない、錬金術師としても矜持が許さないと駄々をこねた結果がこれだ。

 悔しさと悲しみと自分への怒りが綯い交ぜになって涙がこみ上げる。私の感情を昇華してくれる賢者の石はもうなくなってしまった。

 私は久しぶりの悲しみの海に溺れながら、絶望に満ちた閉ざされた世界でひとり涙を流し続けた。



 ひとしきり泣いてすっきりした私は、終わるはずだった自分の人生のこれから先のことを考えはじめる。

 赤獅子ですら生き残れなかったのならこの広場にいた者は全滅だろうというのは容易く予想できるが、そういえば広場の外はどうなっているのだろう。

 やけに静かだが、城下町の住民は皆避難した後なのかもしれない。それなら王城に待機している騎士団が到着しても良いのだが、そんな様子もない。

 とりあえず広場から出て様子を見てみよう。

 再び捕まれば今度こそ処刑どころか魔物となった今駆除対象だが、多くの人の命を奪ってしまった償いとして受け入れようと私は見るも無残な広場を後にする。

 

 この時の私は、この先街で、城でどんな光景が待っているのかまったく想像することができていなかった。


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