108 しずくのカーテン
昼食を食べ終えると同時に雨に降られた私たちは、文字通り飛んでユーカリプタス城へと帰った。
ダチュラに予備のドレスを着せられた後、貴賓室で羽根を乾かしているガランの元へと向かう。
扉を開けると彼も予備の服に着替えていたが、揃いの衣装ではなくなっていることを少し残念に思ってしまった。
「ごめんなさい、せっかくのデートが雨で終わってしまって……」
「ミオのせいではない。それに、お前のことを知れたいい一日だった」
ガランの言葉を聞いて、彼に温かい紅茶のおかわりを注いでいたクレマチスの表情が石のように固まった。
それを知ってか知らずか、優雅に紅茶を飲んでいるガランはさらに発言を続ける。
「今度はミオの生家を案内してもらってもいいか?お前の幼少期の頃のことも知りたい」
滅多に粗相をすることのないクレマチスが、ポットを片付けながらガチャンと音を立てた。
幸い割れてはいないようだが、カタカタと震える肩に彼の動揺が見てとれる。
「田舎だし特別な物は何もないけれど、それでもよければ……」
「別に何もなくとも興味はあるが、ミオにとっていい思い出のない場所ならば行かなくともよい」
久しぶりに生家のことを思い出してみると、幼少期に姉と遊んだ思い出が蘇る。
一緒に人形遊びをした日当たりのよい子供部屋や、特に高価なわけではなかったが姉好みのフリルやリボンの多い可愛らしいドレスが並んだ憧れのドレスルーム、姉にこっそり化粧をしてもらったドレッサー。
それに、母が好きだったらしい温室には淡い色の花がたくさん咲いていた。
国中に魔素が充満してしまったことで温室の植物は既に枯れてしまっているだろうが、柔らかな光が差し込むあの温室は母好みにデザインされたせいか、植物に関係なく癒される空間だった。
もしかしたら、残っている種を品種改良すれば母の愛した温室を私なりに再現できるかもしれない。
「父との思い出にいいものはないけれど、姉との思い出なら色々話せると思うわ。魔王になってからどころか成人してからほとんど寄っていないし私も気になっていたの。是非今度一緒に行ってみましょう」
除籍されたあの家に未練はないが、美しい思い出も残っているのでわざわざ避ける必要もない。
ただ、この話を聞けばアネモネたちも行きたいと言い出すだろうか。
ガランが私の生家に行きたいと提案してきたのは人間だった頃の私の生活に対する好奇心からだろうし、彼女たちを誘っても問題ないか思案していると、タイミングよく鈴の音のような声が耳に届いた。
「なになに、ミオが生まれた家?あたしも行ってみたいわ!」
「どうもですミオ氏、いや拙者は止めたのでござるよ。まだ贖罪デートが終わっていないのではと……」
どうやら、デートが終わる時間を見計らってアネモネとカガチが様子を見に来たらしい。私とガランがいなくてよほど退屈だったのだろうか。
「いいのよ、ちょうど雨に降られて帰ってきたところだったから」
「それは僥倖にござる!実は先日お約束していた傾奇の映像記録を一緒に見ようというお話ですが、お忙しいミオ氏に我が国に足を運んでもらうのは難しいと判断したので、今回なんと!映像記録の再生装置を持参してきたのであります!こちら今までのように備え付けのモニターに映し出すタイプとは違ってプロジェクタータイプになっておりまして、モニターのない場所でも白い壁などがあればどこでも映像を映し出せる優れものなのですぞ!」
「どこでもあの映像を……それはすごいわ」
演劇を映像として見返すことができるだけでも十分すごいのに、それがどこでも可能となればカガチが懸念していたように軍事用での使用はもちろん、政治的にも利用できそうだ。
しかしカガチは、あくまでも娯楽用として楽しむつもりで製作したらしい。
持参した映像記録を並べながら興奮気味に早口で説明をしているカガチを見て苦笑していると、ノック音が響いてピオニーが部屋へと入ってきた。
「ご歓談中のところ申し訳ありません。至急報告すべき件がありまして……」
「構わないわ。どうしたの?」
ピオニーはガランたちを一瞥した後、重い口を開く。
「城内に外部から侵入した魔物を捕らえました」
その言葉を聞いて、ふわふわと浮かれていた身体がぴしりと固まり、背筋が凍った。
既に捕らえたということは実害は出ていないようだが、いったいどこから侵入したのだろうか。
人間が侵入してくることは予想していたが、なぜ魔物が侵入して来たのだろうか。
私の疑問を予想していたように、ピオニーはひとつひとつ説明をはじめる。
「侵入経路は、王族用の脱出通路です。巡回していたクレマチスの眷属が速やかに発見したので、通路の先で待ち伏せて捕らえることができました。捕らえた魔物の種族は不死者で、ほぼ原型を留めた元人間の容姿をしています。その者の身元ですが……」
つらつらと言葉を繋げていたピオニーが僅かに言い淀んだ後、意を決したように再び口を開く。
「身にまとっていた服は質のいい宮廷服、金髪に碧眼を持ち合わせており、体格や顔つきから察するに――かつての第一王子である、クラウン殿下の成れの果てではないかと思われます」
思いもよらない名前が出てきて、私は驚愕のあまり固まってしまう。
クラウン殿下といえば、シオンの兄であり時期国王と噂されていた人物であったはずだ。
その男がなぜ魔物へと変じ、何が目的でユーカリプタスへと侵入して来たのだろう。
窓を叩く雨音が、どんどんと強くなってゆく。
ざわざわと不安に揺れる私の鼓動の音が、いつまでもうるさく鳴り響いていた。
体調の問題で、しばらく更新が途絶えてしまい申し訳ありませんでした。
まだしばらくは体調関係が解決しなさそうなのですが、調子のいい時になるべく書き溜めて更新出来るようにがんばります!(重篤な病気などではないので大丈夫です)




