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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第一章 魔王国建国編
11/110

11 戦う君よ

 ※若干暴力的なシーンがあるので苦手な方はご注意ください。

 



 小さな鉄格子の窓に暖かな朝日が差し込む。どうやら絶好の処刑日和のようだ。

 私は洗面台で顔を洗った後、研究室から持ってきてもらったものを机に並べて勇を鼓す。

 並んでいるのは日頃使っていた基礎化粧品、そしてあの日に貰った白粉と口紅の試供品だ。

 手鏡も欲しかったのだが、鏡は割れると凶器になりかねないので持ち込めなかった。

 仕方がないので洗面台に水を張って水鏡で代用し、文字通り死力を尽くして化粧をはじめた。

 とはいっても、最低限の物しか揃っていないので大した化粧はできない。


 普段より念入りに顔をマッサージしながら、普段は節約して使っていた化粧水をたっぷりと手のひらに出して丹念に浸透させる。

 そういえば魔女狩りで処刑される私が魔女たちの夜会という名の商品を使っているのも皮肉だな、とラベルに描かれている箒に乗った魔女を横目に失笑した。

 保湿が終わった後に乳液を塗り、肌が落ち着くのを待ってから白粉を手にとる。

 百年ほど前までの白粉は鉛や水銀が含まれていたらしいが、ある時有害物質を含まない白粉が売られはじめてからは化粧品事情が随分と変わったと本で読んだことがある。

 先人たちに感謝をしながら、幼い頃に姉から教えてもらった知識を元に丁寧に白粉を叩き、仕上げに唇へ紅を塗る。

 雑貨店の店主は男性の私でも気軽に化粧できるよう、色が濃すぎない口紅を選んでくれていた。

 ほんのり色づく程度だが、唇が艶めいて普段の自分とは違う人間になれたようで嬉しかった。

 本当なら産毛を剃り、眉も整えたいところだが急拵えにしては十分だろう。

 処刑のために名前を呼ばれるまで、私は化粧を施された自分の顔を水鏡で何度も何度も眺めていた。


 どれくらいそうしていただろうか。時計がないので細かい時間は把握できないが、まだ昼には差し掛かっていないだろう時間に鉄の扉が開き、ついに処刑の時間だと告げられる。

 自分の命の終わりを迎えるにもかかわらず、賢者の石のおかげで驚くほどに心が凪いでいる私は素直に部屋の外へと向かった。

 廊下へ出ると待ち構えていた二人の若い騎士たちがぎょっとした顔をして、小声で何かの間違いじゃないのかと確認し合っている。

 彼らは私を連行してきた騎士とは違うようだし、初めて見る顔である。おそらく今回の事情を一切知らないのだろう。

 それならば牢から化粧をした死罪人の男が出てきたら混乱するのも仕方がないなと慌てる二人を眺めているうちに、どうやら話し合いは終わったらしい。

 私を処刑場へ連行するため手首をきつく縄で縛ると、突然乱暴に引っ張った。


「きゃあっ」


 バランスを崩した私は、思わず悲鳴を上げて冷たい石の床に転がった。

 しまった。嫌な予感がして顔を上げると、二人の騎士が下卑た笑いを浮かべながら私を見下ろしている。

 学生時代に何度も見慣れたその表情に、心がざわりと波打つ。急な感情の変化に賢者の石が吸収しきれなかったのだろうか。

 おそらく目の前の騎士たちは、ただでさえ侮られやすい罪人という立場である私の化粧姿を見て、些末に扱っても良い存在なのだと確信したのだろう。

 この化粧は、今から死にに行く私の唯一の鎧であり、武器だというのに。

 悔しさ、怒り、悲しみがじわじわと心を支配してゆくのを感じて、この石も改良の余地ありだなと自嘲した。

 

「お前、そういう趣味があったのか?」


「まさか。こんな仕事をさせられているんだから、ちょっとくらい憂さ晴らししてもいいだろう」


 私の短い藤色の髪を鷲掴みにして無理やり立たせる騎士たちの笑い声が、地下牢に反響する。

 水鏡を使って必死に手櫛で整えた髪型も無残なものになってしまった。

 死ぬ時くらい自分らしい姿で、そう思った自分が間違いだったのだろうか。

 激しい心の痛みに賢者の石の効果が切れたのかと思ったが、身体の中で魔力が充填されて駆け巡ってゆくのを感じる。

 どうやら指輪は正しく作動しているらしい。それでも、こんなに苦しいなんて。


「そこで何をしている」


 いっそこの魔力で二人に魔法をぶつけてやろうか。

 地下牢には魔封じの魔道具が使われていると聞いたことがあるが、今の満ち溢れる魔力なら少しくらい痛い目に合わせることくらいはできるかもしれない。

 そんな野蛮な考えが頭を過った時、騎士たちの笑い声をかき消すように一人の中年男性の低い声が廊下に響いた。

 声を聞いた途端に、騎士たちは私の髪から手を放して慌て始める。

 

「き、騎士団長がなぜこのような場所に……」


 騎士団長と呼ばれた男に視線を移すと、背丈は狭い地下牢の天井に届きそうなほど高く熊のように大きな中年男性だった。

 褐色の肌は顔面すら傷だらけで、金色に光る瞳は獰猛な獣のようだ。

 そういえば彼は赤獅子という異名で敵からも部下からも恐れられていると、いつだったかシオン王子も話していた。


「その者の連行は私が引き継ごう。不適切な仕事をしていたお前たちの処断は追って下す」


 上司の言葉を聞いて狼狽えながら言い訳を並べていた騎士たちだったが、鋭い眼光でひとにらみされると諦めてすごすごと退散してゆく。

 二人の姿が見えなくなると、私の心のもやもやは賢者の石が吸収してくれたおかげで再び穏やかなものになった。


「失礼」


 低い声と共に肉厚な手のひらが私の頭へ伸びてきて、思わず私は目を固く瞑る。

 いつまでも衝撃が襲ってこないので恐る恐る目を開けると、彼の手に携帯用の櫛が握られているのが見えた。


「これでいい。幸い化粧は崩れていないようだ」


 信じられないことに、どうやら彼は私の乱れた髪を梳かしてくれたらしい。

 櫛はいつも持ち歩いているのだろうか、目の前の獣のような男は見かけによらず紳士的らしい。

 驚きのあまりしばらく放心状態になってしまい、我に返った私は深々と頭を下げる。


「こちらこそ……本当にすまない」


 部下が私に無体を働いたことだろうか。騎士団は人数も多く管理が大変だろうなと思っていると、彼が私の指の賢者の石に熱い視線を送っていることに気が付いた。

 おそらく、この男はすべて知っているのだ。私が殿下に頼まれて研究していたこと、罪を犯していないのに口封じに処刑されること。そしておそらく、賢者の石があれば戦争を止められるかもしれないことも。

 戦争が始まれば真っ先に被害が出るのは騎士団だ。彼は自分の部下たちを戦場へ送らなければいけない。

 本当は、賢者の石を使って戦争を止めたいだろう。しかし、国のことを考えて我慢しているのだ。

 ここへ自ら赴いたのも、賢者の石を一目見ようと思っただけだったのかもしれない。


 「いえ、ありがとうございます」


 私の心の平穏を取り戻してくれて、髪を梳かしてくれて、慮ってくれて。

 先ほどの騎士とは違い私の手縄を優しく引いてくれる大きな背中に、もう一度深く頭を下げる。

 私の人生はここで終わってしまうけれど、どうか。どうかこの優しい赤獅子のこれからの戦いに、幸がありますように。

 最期に触れることができた人の優しさを胸に、私は処刑場へ向かう道すがらただひたすらにそう祈り続けていた。

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