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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第三章 世界征服編
109/110

107 風よ吹かないで

少し長めです。

 鼻腔をくすぐるのは、肉を焼く炭火とスパイスの刺激的な香り。目を楽しませてくれるのは、色とりどりの雲のようなわたあめ。

 私とガランが昼食へと訪れたのは、城の食堂でも高級なレストランでもなく、城下町の広場の屋台だ。

 

 ユーカリプタス城へと続くメインストリートの他、月下美人劇場へも繋がり商店街や歓楽街、工房が並ぶ職人街と様々な道へ繋がるこの広場には、様々な人種、魔物種が所狭しと集まっている。

 歓楽街の呼び込みをする魔物が観光客と見られる水木の国の獣人たちに積極的に声をかけており、作業着のまま休憩している職人たちの声に耳を傾けると、人型の魔物が多腕種の魔物を羨ましがっている会話も聞こえる。

 

「ミオ。ここの料理が、とっても豪華な昼食なのか……?」


「えぇ。生前の私にとっては、ここで食べる昼食が何よりのご褒美だったの」


 広場に着いた当初は訝しがっていたガランだったが、私の説明を聞いて納得してくれたらしい。

 食べ歩きも魅力的ではあるが、今回はあくまでもおもてなし。パラソル付きのテラス席を特別に一席リザーブしてもらったので、さっそく私はガランを連れて屋台を見て回ることにする。

 生前から通っていた屋台に加え、水木の国の文化に影響された目新しい屋台もいくつか増えているらしい。

 ガランはもちろん私も未知のグルメに目を輝かせながら悩みつつ、定番のミートパイとレモネード、以前ダチュラが口にしていたたこ焼きに似た料理のクラーケン焼きと、色鮮やかなアイスクリームがくるくると巻かれたロールアイスという物を購入した。

 好奇心と勢いで買ってしまったが、普段食べる量の倍近い量なので食べきれるか不安になっていると、ガランがある店をじっと見つめていることに気付く。


「あのドラゴン串という店は何だ?店主のゴブリンはドラゴンを倒せるくらい強いのか?そうは見えないが」


「あぁ。あれはドラゴンの肉を使っているわけではなく、火竜のように火を噴くほど辛い味付けがしてあるという比喩ね」


 店を見ているガランの視線があまりにも鋭いので、同胞を食材にされているかもしれないと勘違いしているからだろうと誤解を解いたのだが、説明を聞いた彼の眉間の皺はますます深くなる。

 いったいどうしたのだろう、何か不快に思うことでもあっただろうかと戸惑っていると、ガランが口を尖らせてぼそりと呟く。


「ドラゴンは火竜だけではないというのに……」


 なるほど。どうやらガランは、ドラゴンの象徴として火竜があげられがちなことに不満を抱いていたらしい。

 思い返せば、商店街の土産屋に並んでいた竜と剣をモチーフにした装飾品も火竜だった。竜の魔王であるガランは氷竜だというのに、なぜか人間や元人間である我が国の魔物が思い浮かべるドラゴンといえば火竜が多い。

 以前はガランに対する情報が一切流れてこなかったので、スノードロップ魔王国から離れた旧ユッカ王国でも比較的遭遇しやすかった火竜が、童話などに使われているうちにドラゴンを象徴するイメージとして定着してしまったのだろう。

 ぶつくさと文句を言いながらもドラゴン串をちゃっかり購入しているガランと、彼の迫力に慌てる店主を見て、今度ガランをイメージする商品も店に並べてもらえるか交渉しようと心に決めた。


「おいしい。このミートパイ、コリウスと初めて会った時に食べた思い出の味なの。あの頃とは使っている食材も違うはずだけど、同じ味だわ」


 魔素が充満したこの国では、もう豚も牛も手に入らない。豚や牛に似た魔物の肉を使えば近い味にはなるかもしれないが、同じ牛の肉でも品種が違うだけで味が変わるのだから魔物の肉を使えばもっと似て非なる味になるはずだ。

 それでも記憶の味と大差ないのは、店主の並々ならぬ努力のおかげなのだろう。


「このドラゴン串という物も、名前はともかく味は気に入った。舌が痺れる程辛いという謳い文句は過剰な表現のようだが、刺激があっていい」


 おそらくその辺の魔物が食べると舌が翌日まで痛むほど辛い味付けなはずだが、そこは竜の魔王。少しスパイシー程度にしか感じないらしい。

 そしてクラーケン焼きだが、名前からしてクラーケンの足を焼いて串に刺した物かと思いきやそちらはゲソ焼きと呼ばれていて、私が購入したのは鳥の卵のように丸く焼かれた生地の中に細切れのクラーケンの足が入っている不思議な料理だった。

 食べてみると熱々の生地がとろりと崩れて口触りが良く、上からかけられているソースとの相性もいい。具材を変えれば色々な楽しみ方ができそうだ。

 しかし生前の私であれば口内を火傷してしまいそうなくらい熱いので、魔王になっていて助かったと安堵した。

 なおゲソ焼きの方はガランが購入していたが、随分歯応えがあるらしい。ガランは嬉しそうに鋭い牙でかぶりついていたものの、私が食べるならばフォークとナイフがなければ無理そうだ。

 

 まだまだ食べ続けているガランを眺めながらロールアイスを口へ運ぶと、クラーケン焼きで熱くなった舌がひんやりと癒される。

 味に迷った末スタンダードなバニラ味を購入したのだが、屋台のアイスだからと侮っていたのに香りがとてもいい。

 甘い香りにうっとりしながら広場を眺めると、魔物も獣人も皆生き生きとした表情を浮かべていた。

 平和そのものだ。もしブランダ王国やモンステラ王国と戦争がはじまろうものなら、この穏やかな空間が壊されてしまう。

 それが私はとても怖くて、胸がぎゅっと締め付けられる。


「あのね、ガラン。私はこの広場で――処刑されて、死んだのよ」


 私がぽつり、と溢した言葉に、ホットワインを飲むガランの手が止まる。


「今日のデートコースは、私の思い出の場所巡りだったの。もっとデートに相応しいコースもあったかもしれないけれど……ガランに私のことを知ってほしくて」

 

 研究室は私がもっとも長く過ごした場所。商店街は私が変わるきっかけになった場所。そして広場は、人間の私の終わりの場所であり、魔王の私の始まりの場所。


 あの日、この広場で大勢の人に怒号を飛ばされ腐った卵を投げつけられていた嫌われ者の私は、今や嬉しいことに国中の魔物に愛されている。

 国がめちゃくちゃになってしまった元凶は私なのに、私のおかげで国が豊かになったと皆感謝してくれる。

 ピオニーは私に忠誠を誓ってくれているし、コリウスは私を理想の母として慕ってくれている。

 ダチュラは私を最高の淑女だと褒めてくれるし、クレマチスは私を女神か何かだと勘違いしている。

 アネモネに気に入られるため色々と親切にしていたら、彼女は私を積極的に頼ってくれるようになった。

 カガチと魔道具について語り合っているうちに、彼は私に心を許し辛い過去を話してくれるほど親しい友人として認めてくれた。


 幸せなことだ。しかし、どうも彼らは私を神格化しすぎているような気がする。

 私は天才じゃない。異世界の知識もなくただ好奇心が少し旺盛な研究者でしかないので、どんな魔道具も作れる発想力があるわけではない。

 人を導く能力が秀でているわけでもないので、王の器など持ち合わせていない。豪奢な暮らしよりも、こじんまりとした部屋に住みささやかな贅沢を楽しむくらいでいい。

 与えられた仕事はこなすけれど、必要以上に期待されても困ってしまう。

 誰よりも優しくてお人好しだと思われているけれど、私だって普通に怒ったり悲しんだりする。魔王になってしまった以上、醜い感情は表に出すべきではないとぐっと堪えているだけだ。

 私の平穏な暮らしを脅かす人間たちの国を滅ぼしてしまいたいと、夜中に何度か考えてしまったことだってある。

 

 けれど、ガランは違う。私に対して、過度な期待や評価をしていない。

 彼はただ純粋に、私と過ごす時間を楽しんでくれる。それが嬉しくて、たまに少しだけ寂しい。

 人に期待されたくないと常々思っているのに、ガランには渇望されてみたいという矛盾した思いを抱いてしまうことがある。


 だから、少しでも私のことを彼に知ってほしかった。その願いが叶ったので、もう私は自分の醜い感情にそっと蓋をする。

 先ほどまで晴れやかだった青空は、今にも泣きだしそうなほど分厚い雲で覆われてしまっていた。

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