106 ふれていたい
頭のてっぺんから爪の先までダチュラによって丁寧に磨き上げられた後、おろしたてのドレスを着せられた。
最近は魔王たちと会う時は宮廷服を着ることが多かったので、着飾ってガランに会うのは久しぶりな気もする。
街歩きがしやすいように煌びやかなドレスではなく装飾品も少なくしてほしいとダチュラには頼んだのだが、本日のドレスは上質なアラクネの糸で作られた雪のように真っ白な生地に銀糸で職人の技が光る繊細な竜の刺繍が施されていた。
あからさまにガランの隣に立つために作られたドレスを見て思わず笑ってしまったが、ダチュラが満足そうだしせっかくのデートなのでたまにはいいだろう。そう、思っていた。
「今日はよろしく頼む、ミオ」
しかし城へ到着したガランの服装を見て、私の小さな心臓が一瞬止まりかけた。白地のアラクネの糸の生地に銀糸の竜の刺繍。同じなのだ。私のドレスと、デザインの趣向が。
さらに今さら気付いたが、私もガランも竜の傍には控えめな小花が刺繍されている。おそらく、私の名前の由来となっている勿忘草をイメージしたものだろう。
恐る恐る振り返ると、満面の笑みを浮かべているダチュラに快く送り出される。
「いってらっしゃいませ、お母様」
してやられた。けれど、もうガランも到着してしまっているので今から着替える時間もない。
我が子の抜け目のなさに呆れていると、ガランが徐に手を差し出した。
「デートというものには、エスコートがいるのだろう。エビネに口うるさく言われた」
ガランは礼儀にうるさいエビネに言われたとおりに、何気なく実行しただけなのだろう。
だが男として生まれた私は今までエスコートをする側に立つことはあっても、されたことなど一度もなかった。
だからだろうか。ガランの氷のように冷たい手に手袋越しに触れ、胸が高まり、心がじんわりと温かくなる。
「今日はよろしく、ガラン」
こうして私たちの、魔王二人のぎこちない初デートの一日が始まったのだった。
城から出る前に、私はガランを連れて研究室へ寄った。忘れ物でもしたのかと聞かれたが、そういうわけではない。
これもデートコースの一部なのだと言うと、案の定ガランは不思議そうに首を傾げた。
「研究室へはガランは確か来たことがなかったわよね。いつもここでカガチと世界情勢について話したり魔道具について議論しているのよ」
「あいつの話に興味はない」
カガチと二人で秘密裏に情報交換をしていたことに対して怒っていたようだったので、全てを詳らかに話そうと思ったのだがどうやら不興を買ってしまったらしい。
慌てて私は、自分の錬金術師時代のものへと話題を変える。
「人間だった頃、錬金術師として働いていた時は研究をしながらここに寝泊まりすることも多かったの」
「まさか……このような狭い部屋に住めるのか?」
寮もあったが寮の部屋はここよりももっと狭いと伝えると、ガランは顔を青く染めていた。
確かに貴族が住むにはかなり狭い部屋だが、幼少期を過ごした邸より王室錬金術師の働く立派な研究室より、あの頃の私にとってはどこよりもこの研究室が居心地よかった。
しかし竜人姿でも長身のせいで窮屈そうにしている彼には、かなり衝撃だったらしい。
彼は本来の氷竜の姿である巨体でも寝られる、舞踏会のホールよりも広い寝室を持っているのだから、無理もないのかもしれないが。
その後は気晴らしに城内を軽く案内しつつ雑談を交わして城下町へと出る。
商店街へ着くと、魔王二人の登場に色めき立つ通行人の視線を浴びながら、目当ての店へと向かった。
「ここが生前のダチュラが店主をしていた雑貨店です」
雑貨店のショーウィンドウには、相変わらず色とりどりのネイルポリッシュが飾られている。
しかし私がダチュラと出会った季節は春だったのでパステルカラーの物が多かったが、今は秋なのでワインレッドやマスタード、カガチの瞳を思い出す鈍色などの落ち着いた色合いの商品が前面に押し出されていた。
「城を見ていても思ったが、見事な物だな。このように無色透明な板ガラスが今では当たり前のように使われているのか」
商品を見て感心しているのかと思いきや、ガランは商品が飾られているガラス板を熱心に見つめていた。
私たちと気さくに会話しているためつい忘れがちだが、ガランは千年以上前から生きている魔王だ。
ドワーフたちの生活を空の上から眺めていたとはいっても人と関わることが少なかったため、千年以上前の文明と今の文明を比べて驚くことも多いのだろう。
ダチュラの代わりに店主を務めているアルラウネが入店を促してくれたが、魔王二人がいると他の客に迷惑がかかるので遠慮しておく。
冷やかすだけなのも悪いので、今度ダチュラに頼んで秋冬の新色のネイルポリッシュを購入してきてもらおうと心に決めて、店を後にする。
「ガラン、次はとっても豪華な昼食を食べに向かいましょうか」
ウィンドウショッピングもそれなりに楽しんでいた様子だったが、昼食と聞いた途端にガランの蒼い瞳がきらりと光った。
千年生きた魔王の威厳もおいしい食事の前には形無しだと、私は心の中でこっそり笑いつつ彼のエスコートを受ける。
初デートが順調だからだろうか。ガランの冷たい手のひらに触れている部分が、なぜかぽかぽかと温かく感じた。
字数の関係で描写を削りましたが、ミオのドレスはファンタジーチャイナドレスのようなものをイメージしています。私の力量不足なのですが、服の描写を入れすぎるとだらだらと長くなってしまう……。




