105 さいあくま
アネモネ視点です。
白と淡いピンク色で統一された自分の部屋で、あたしは特にすることもなくふかふかのソファに寝転がって染みひとつない天井を見上げていた。
同じ部屋の中では、ベラドンナとジギタリスが魔戯と呼ばれる魔物に見立てた駒が戦うボードゲームで遊んでいる。
一度ルールを教えてもらったけれど、ちまちま駒を動かすのがまどろっこしくてあたしには向いていなかった。
戦況を横目で確認してみたが、どうやら今回もジギタリスが圧勝しているらしい。あいつの頭の中どうなってるのかしら。
「今頃ミオはガランとデートしているのよね。あたしも一緒に行きたかったな」
「アネモネが参加したらデートじゃなくなるっしょ」
そう、今日はミオがガランとデートの約束をした日。だから魔王の講義もお休みで、あたしはユーカリプタス魔王国にもスノードロップ魔王国にも遊びに行けなくて、暇を持て余しているのだ。
ミオにもらった試作品のスライムビーズクッションを抱き締めながら、あたしは思わず深いため息を吐く。
「ミオもガランもいないとすごく退屈だわ。あたしよく三百年間もこんなに暇な時間を過ごしていたものね」
「それな。ミオ様が色々遊び道具くれるし、教えてくれるレシピのおかげでおいしいご飯も食べられるし、毎日ちょー楽しすぎる」
「聖女に監禁された日から娯楽とは無縁だったからねぇ。アネモネのおかげで解放されてからも、特に目的もなく自堕落な生活を送っていたわけだし」
ミオがまだいなかった頃は、毎日ガランの元へ会いに行っていた。でもあの頃のガランは今みたいに活動的じゃなくて一日中寝ていることも多かったから、会えない日の方が多かった。
そんな時、あたしはいったい何をして過ごしていたのかまったく思い出せない。決して楽しくはなかったことだけはわかるけれど。
「ただでさえ最近忙しそうであんまりお喋りもできてないからすごく寂しいわ」
「アネモネが恋しがってるのってガラン様?それともミオ様?」
「ガランサス様がつれないのはいつものことだけど、ミオソティス様もブランダ王国の怪しい動きのせいで大変そうだよねぇ」
あたしが会えなくて寂しいのは、ガランとミオどっちもだ。
この前ミオにガランとデートをすると打ち明けられた時、あたしはミオに嫉妬したりしなかった。もうあたしの中では、ミオもガランと同じくらい大好きな存在なんだってその時に気付いた。
最初の頃はガランに近づくミオを八つ裂きにしてやりたいって思っていたのに、今はミオがガランと一緒にいてもそんなどす黒い感情が湧いてこないのだ。
「ブランダ王国……滅ぼしちゃおうかしら」
「愛が重っっっっっ」
「気持ちはわかるけど、そんなことしたら魔王と人間の戦争がはじまって遊ぶどころじゃなくなると思うよ。一度全部きれいにしてから思う存分遊ぶってのもアリだとは思うけどね」
確かに、ただでさえ人間たちは魔王を目の敵にしているらしいし国を滅ぼしたりしたら噛みついてきそうだ。
あたしたち魔王が負けることはないけれど、降りかかる火の粉が多すぎると振り払うのも面倒くさい。
「人間側が仕掛けてきたら立場をわからせてやればいいんじゃない?ブランダ王国で聖女教がまた盛り上がってきてるらしいのは癇に障るけど」
「それなのよ!しかもコリウスが実は王族の血筋で、あの子を聖女に仕立てあげようとしているらしいじゃない?あの子がミオから離れるわけがないのに」
一緒に遊んであげているうちに、もはやコリウスのことは妹のような存在に感じるようになっている。
天真爛漫で懐っこく、小動物のようだからということもあるけれど、彼女の中の執着心や血の気の早さを見て自分に通ずるものを感じ取ったのだ。
あの子が、いくら実の親に諭されようともミオから離れてブランダ王国で聖女になどなるわけがない。
むしろそんな提案を聞いた途端に、コリウス自身がエルフの国を滅ぼしかねないとすら思う。
取るに足らない、滅ぼそうと思えばいつでも滅ぼせるからと放っておいた国がまさかこんな面倒くさいことをしてくるなんて。
やっぱり魔王になった時、聖女教だけじゃなくてブランダ王国も滅ぼしてしまえばよかったと思ったけれど、もし三百年前に滅ぼしていたらコリウスは生まれていなかったはずだ。
最初にユーカリプタス魔王国へ行った時に話しかけてきた彼女がもしいなかったら、ミオと今のように仲良くはなれていなかったかもしれない。
思わずクッションを抱き締める腕に力が入り、生地が破れそうになったので慌てて手を離した。
「さすがに魔王に喧嘩を売るような真似はしないと思いたいけど、万が一の時のためにこちらも手駒は用意しとこうか」
私があれこれ悩んでいるうちに、魔戯の勝敗が決したらしい。勝者のジギタリスが、今まで遊んでいた駒を盤上に並べてにやりと笑う。
そうね。もし、万が一ミオがピンチになった時、あたしたちが颯爽と助けに行けたら。そうすれば、きっとミオもあたしたちと遊ぶ時間をもっと作れるようになるはず。
あたしはソファから身体を起き上がらせて、部屋着を着替えるためドレスルームの扉を開ける。
ダチュラに作ってもらったたくさんのドレスの中から、黒が基調でフリルの少ない一番威厳のありそうなドレスを選んだあたしは、影の中へと姿を消したのだった。




