104 ないものねだり
カガチ視点。いつもより少し長めです。
拙者は人付き合いが苦手だ。と言っても、人前で話ができないわけではない。
もちろんクラスの中心にいるような運動神経の良い陽の者たちと話す機会はなかったけれど、クラス全体と浅く広く付き合っていた。
昨日見たテレビの話や、ゲームの最新作の話。ネットで見かけた面白い話などを話題に上げてクラスメイトと無難に話をしていたものの、気付けば早口になってしまったり、調子に乗って不適切な表現を口走ってしまったり、要らぬ蘊蓄を披露したりして後から自己嫌悪に陥ることがしばしばあった。
そういう流れになった時、大抵の人は顔を引き攣らせながら黙って話を聞く傾向がある。そうなると、相手が黙っているのをいいことに拙者はどんどん饒舌になってしまう。
だが、一人だけいたのだ。拙者が暴走しそうになる度に、さらりと止めてくれる友人が。
彼は拙者が余計なことを口走りそうになると毎回やんわりと止めてくれた。そうすると変な空気が流れることもなく、むしろ拙者がいじられて笑いをとれることもあった。
だから拙者はその友人とは安心して話すことができた。いつもスマートに話を遮ってくれる彼を尊敬していたし、甘えていた。
あの日も拙者は、学校の帰り道で友人にテレビで見たお笑い芸人の話をしていた。
その芸人は自身が同性愛者であるかのように振舞うネタを披露していて、箸が転がってもおかしい年頃だった拙者はそのネタで腹がよじれるくらい笑ったのだ。今となっては、あんな下品なネタのどこが面白かったのか自分でも疑問だが。
「その芸人を面白いと思うのは自由だし悪いことじゃないけど、同性愛者の人が聞いたら嫌な気持ちになるかもしれないからあまり外では話さない方がいいかもよ」
自分がこんなに笑ったのだから友人もきっと笑うに違いない、そんな傲慢な思いを抱いていた拙者は友人に水を差されたことにムッとした。
だから言ったのだ。同性愛者なんて少数派の人間がその辺にいるはずないだろうと。それを聞いた友人は、まるで頭を殴られたようなショックを受けた顔をした。
「俺がもし、同性愛者だって言ったらどうする?」
顔から血の気が引くようだった。友人の表情を見れば、もしもの話ではないことくらいすぐにわかった。
じゃあまさか自分のことも狙っているのか?なんて冗談を動揺のあまり口走りになったが、ぐっと飲み込んだ。
そんな言葉を吐けば大切な友人との関係が壊れることくらい、幼稚で愚かな自分にも理解できたからだ。
では何と声をかければいいのか?ひとまず謝るべきだと思いつつ、どう謝ればいいのかわからなかった。
同性愛者を笑ったこと?少数派だから周りにいるはずがないと言ったこと?
頭の中でぐるぐると考えても、自分が口にすべき言葉をうまく紡げない。
青い顔のまま固まっていると、友人は「冗談だよ」と笑って拙者の過ちをあっさりと水に流した。
拙者は彼の好意に甘えてへらへらと笑いながら家へ帰り、自室へ戻ってから枕に顔を埋めてじたばたと足を暴れさせた。
愚かすぎる自分に嫌気が差して、家族に食事へ呼ばれても食欲がないからと断り夜は部屋に引きこもった。
まさかその翌日に、異世界へ呼ばれるとも知らずに。
「拙者は、あの時友人に謝れなかったことと家族の作った最後の晩餐を食べられなかったことを百年以上も後悔し続けている、つまらない男でござる。もう名前も忘れてしまった優しい友人も、拙者に呆れていたに違いないのですよ」
全てを話し終えてミオ氏の顔を横目で覗き見ると、いつも穏やかな笑みが浮かんでいる顔を悲痛な表情で歪めていた。
あぁ、やはり嫌われてしまった。その事実に、心臓が軋むように痛む。
拙者は自分で思っている以上に、ミオ氏のことを友人として好いていたらしい。
彼にこんな話を聞かせるべきではなかった。嫌われてしまったことよりも、あの日のように自分のせいで友人が傷ついてしまったことに自責の念に駆られる。
いくらミオ氏が話しやすい相手だとはいえ、なぜこんなつまらない話をしてしまったのだろう。
話さなければよかったと今さら悔やんでいると、ミオ氏のすらりとした白魚のような手が拙者の痩せ細った手を包む。
「あのね、カガチ。私も同性しか愛せない男なの」
「え?は、はぁ」
存じておりますが。そう続けようとして、やめた。
そういえば普段のミオ氏を見て何となくそうだろうなと勝手に予想していただけで、直接話を聞かされたのは初めてだったからだ。
「どうして私は、カガチに改めて打ち明けたと思う?カガチのことを信頼しているからよ。同性愛者だと判明した相手に態度を変えるような者ではないと」
「それはそう、ですが」
「そのご学友も、同じだったんじゃないかしら」
ミオ氏の言葉を聞いて、拙者が心の奥底へしまい込んでいた思い出がぶわりと広がる。
友人と涙が出るほど笑いあったくだらない話、学校の帰り道に一緒にコンビニで買った肉まんの温かさ、一緒に映画を観に行った後にファミレスで熱く語り合った顔を照らす夕暮れの赤い光。
友人に関することはつらい記憶だと思っていたのに、ぼんやりとしか顔も声も思い出せない彼を思い浮かべるだけで優しい気持ちになれる。
そうだ。楽しい思い出の方が多かったのに、どうして忘れようとしてしまったのだろう。
そのことに気付いた途端、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「あれ、すみませんこんな……男のくせに泣くなんて」
「男だろうが女だろうが、泣いたらいけないなんてことはないわよ」
情けない顔を見られたくなくて顔を手のひらで覆うと、ミオ氏がそっとハンカチを差し出してくれる。
彼の瞳に似た空色の小さな花が刺繍されたそのハンカチは、どう見ても男物ではないがミオ氏にとてもよく似合っていると思った。
「かっこいいですな、ミオ氏は」
「ふふ、ありがとう。でも格好悪かったのよ、昔は」
少しでも格好よくなれたのならそれは皆のおかげね、と上品に微笑むミオ氏の佇まいは男なのに淑女そのもので、美しくてかっこよかった。
拙者も、そんなかっこいいミオ氏と友人であるために変わらなければいけないと強く思う。だから。
「あ、あの。拙者、ミオ氏に信頼していると言われて嬉しかったでござる。ミオ氏のことはその……一番の友人だと思っているので」
友人に向かって改めて「俺たち親友だよな?」なんて小っ恥ずかしい台詞を言えるのは二次元のキャラだけだ。
そう思って一度も口にしたことはなかった。本当は、伝えるべき言葉だったのに。
それに気付いてもなお、口にすると恥ずかしくて唇がもにょもにょと暴れ出すが、心の中はつかえが取れたようにすっきりしている。
「ありがとう。私もカガチのことはかけがえのない友人だと思っているわ」
拙者と違って、今のミオ氏は友人が多い。だから一番だと言ってもらえないのは悔しかったが、当たり前のことだ。
だって今までは、一番になろうとなどしなかったのだから。
だから、これからがんばればいいのだ。今度は後悔しないように。
「ミオ氏、拙者これからはがんばるので応援してくだされ」
「えぇ、がんばってね」
拙者の決意が何のことかわからないながらも応援してくれるミオ氏の優しさに、拙者は卑怯にも甘えることにする。
背中にピオニーのじっとりとした視線を浴びながら、さてどうすれば強力なライバルたちを蹴落としてお人好しな親友の一番になれるだろうかと、拙者は頭を回転させるのだった。




