103 君はともだち
魔王の特別な力についての情報を全員に共有した後も研究を続けることにした私とカガチは、今日もユーカリプタス城の研究室で情報交換をしていた。
ただしあの頃と違い周りへ秘密にする必要がなくなったので、ピオニーが護衛として廊下ではなく研究室内に同席している。
部屋の外ではしとしとと秋雨が降っているが、除湿をしてくれる魔道具を起動させたおかげで室内は快適だ。
「それで喧嘩になったのでござるか?まぁ確かに変態ストーカー野郎であるクレマチスは父親には絶対に向いていないですなぁ。それに反してピオニーは誠実そうでパパみもありますので、コリウスたそと父娘と言われても違和感ありませんが」
くつくつと笑いながら、カガチはさり気なくクレマチスを誹る。以前から彼はやたらとクレマチスに対して当たりが強い気もするが、私の与り知らぬところで彼らの間に何かあったのだろうか。
いや、クレマチスはなぜか皆からの扱いが酷いので意外といじられキャラというものなのかもしれない。現に、カガチのクレマチスに対する罵倒に対してピオニーも小さく頷いているくらいだ。
たまに少し暴走しがちなだけで悪い子ではないはずなので、本気で嫌われているわけではない。と、信じたい。
「それにしても、あのコリウスたそがエルフの王族の血を引いた聖女だったとは……まるでラノベの主人公のような設定ですな」
「まだ憶測でしかないけど、ブランダ王国の動きを見るにエルフ側は間違いなくコリウスが聖女だと主張してブランダ王国への返還を求めてくるでしょうね」
しかし、エルフの考えが本当にわからない。ブランダ王国に聖女の存在が復活すれば国が豊かになる上に民の士気も上がるだろうことは容易に予想できるが、だからといって新参者とはいえ魔王にそのような要求をしてすんなり通るとは思っていないはずだ。
戦争をはじめようにも戦力に差がありすぎるから勝算もないし、となればコリウスの身柄に見合う取引材料があるのではと考えるのが普通だが、彼らに握られる弱み等の心当たりもない。
建国当初よりも薄まったとはいえユーカリプタスの国内はまだまだ空気中の魔素量も多く、魔物以外の生き物が気安く足を踏み入れられる場所でもないのでコリウスを直接攫うことも考えづらい。
「対抗策を考えようにも相手の出方がわからないんじゃあ、相手に動きがあってから対応するしかないって結論になったんだけど……その後の議題がヒートアップしちゃってすごく大変だったの」
「ブランダ王国関連より大変な議題とは。何かあったので?」
そう、戦争がはじまるかもしれないという緊張感のある議題よりも四天王が盛り上がってしまったこと。それは。
「ガランとのデートコースをどうするかで皆真剣になってしまって……」
「あぁ。例の贖罪デートでござるな」
私とカガチがガランに隠し事をしていた罰として、なぜかガランと私がデートをすることになったのだが。その行き先で、皆が揉めてしまっているのだ。
ピオニーは以前私がガランを農園へ連れて行った時のように今国で注力している地域へ行くことを勧めてきて、ダチュラがそれでは視察と変わらないから恋愛物の歌劇を観に行くべきだと主張し、クレマチスは密室や暗がりで二人きりになることは避けた方がよいと決死の形相で説得してきて、コリウスは国中のおいしいレストランをハシゴしたらどうかと目を輝かせた。
ピオニーの言う通りにすれば有意義な時間が過ごせそうだが、ダチュラの言う通りそれではもてなしていることになるのか微妙だし、クレマチスの言う通り国の情勢が不安定な今刺客の潜みやすい場所へ赴くのも得策ではない。
魔王二人がいる懐へ飛び込んでくる無謀な刺客がこの世に存在するかは別として、トラブルが起きた時に密室では対処しづらいのは事実だ。
コリウスの案はガランなら確実に喜んでくれそうではあるが、私の胃袋がもちそうにない。
「別に臣下の意見を取り入れずともミオ氏の行きたい場所へ連れて行けばよいのでは?」
「それが、私人生で一度もデートをしたことがないからデートで何をしたらいいのかわからないの。カガチは何かいい案はない?」
デートの約束の日は刻一刻と近付いているのに予定が全く決まらないので、藁にも縋る思いでカガチにも意見を聞くと彼は思い切り顔を引き攣らせた。
「彼女いない歴云百年の拙者にそれを聞きます……?」
「恋人はいたことがなくても友人はいたんでしょう。カガチは冗談をよく言うもの。残念ながら私はアカデミー時代に友人らしい友人と出かけたことすらないのよ」
自分で言っていて悲しくなってきたのだが、紛れもない事実である。生前の私は、恋人どころか友人と出かけたことすらない。
王室錬金術師になってからシオンという友人ができたが、もちろん王子と遊びに出かけることがあるはずもなく一人で街を散策するばかりだった。
だから、よく私を揶揄ったり最近はアネモネにもちょっかいをかけているカガチはきっと異世界で友人が多かったのだろうと思ったのだ。
しかし私の言葉を聞いたカガチは、口元をぴくりと歪ませた後に苦々しい表情で下唇を噛んだ。
「友人ね。いましたよ、一人だけ」
大切な友人を思い浮かべているカガチの鈍色の瞳が、憂い気に伏せられる。
そしてカガチは、ぽつり、ぽつりと雨が窓を叩く部屋の中で、異世界で起きた出来事をおずおずと話し始めた。




