101 Ladybird girl
数日間休暇をいただいていたので、本日は久しぶりに全員集まって魔王についての講義。議題は、ずばり魔王の力についてだ。
アネモネには先日歌劇の鑑賞へ行った際に概要だけ話をしてあるので、めでたく大陸内の魔王全員が力について自覚したことになる。
アネモネもガラン同様何となく特別な力について勘づいていたようだが、ガランと違って「あたしができると思ったことはだいたいできる。やっぱりあたしってすごいのね!」というふわっとした感覚だった。
「念のため今までに得た情報を整理するわね。魔王には特別な力が備わっていて、自分が可能だと思ったこと、かつ自分が望むことならば実行することができる。例えば私の賢者の石による蘇生や、ガランの竜人化、カガチの不思議な錬丹術がそれに該当するわ」
「あれぇおっかしいなぁ、アネモネたその特殊能力は?まさか今の今まで膨大な魔力量で力任せに魔法をブッパするだけで使いこなせていないなんてことはありませんよねぇ?」
「何よその顔むかつくわね。あたしだってちゃんと使ってるわよ!例えば、シルベストリス魔王国を留守にする時は結界を張っていたんだけど、たぶんそれが魔王の力なんだと思うの。あたしが得意なのは死霊術であって結界なんて魔王になるまで使ったこともなかったし。ずっと聖女の身体に入ってるから使えるようになったのかなって思ってたけどね」
からかわれて腹を立てたアネモネに物理的に反撃され、カガチが五体投地で土下座するのを横目に見ながら、謝るなら最初からちょっかいをかけなければいいのにと苦笑する。
久しぶりのいつもの空気間に安心しつつ、私は言葉を続けた。
「ガランは過程なんてどうでもいいと言っていたけれど、私はやっぱりなぜ魔王になった途端こんな力が使えるようになったのか知りたいわ。解明できればさらに使いこなせるようになるかもしれないし」
「魔王になって変わったこと、他の魔物と違うことといえばやっぱり頭に生えてる光る角よね。この角に魔力が集まってる感じもするし、やっぱり魔力がたくさんあることが大事なんじゃない?」
「魔力量の増加自体はおそらく重要ではないはずだ。長く生きている竜族ならば下手な魔王と同等程度の魔力量を持っているはずだが、魔王の力と似た力に目覚めた者は見たことがない」
私たちが議論している横でコーヒーを飲みながら、カガチがぼそりと独り言をこぼす。
「しかしチートすぎて魔王の力というより、神の力に近いですなぁ」
「神?」
元ユッカ王国で主に信仰されていたのは多神教だった。万物全てに神が存在し、皆各々信じたい神を信仰して敬うのだ。
だから神の力と言われてもユッカ神話にはささやかな奇跡しか出てこないので、神の力よりも魔王の力の方が強力なように感じる。
しかし日輪の国では太陽信仰が強く、太陽の化身である神を唯一崇拝していたはずだ。ということは日輪の国では、神の力と聞くと壮大なものを連想するのかもしれない。
「神の力というのは日輪の国由来の発想?それともカガチのいた世界でそういう神が信仰されていたのかしら」
「あ、いや拙者の元いた世界、というか拙者の出身国は多神多仏……とにかく宗教観はゆるゆるだったのですが、様々な創作物でチート能力を使ったり授けてくれる神は見たことがありまして。それを連想してしまったのですが雰囲気で適当に発言しましたすみません……」
「いいのよ、ただの独り言だったのに私が反応してしまっただけだから」
「へぇ、国や世界によって色々な信仰があるのね。エルフが信仰する聖女教しか知らなかったわ」
そういえば、アネモネは聖女教のいざこざに巻き込まれて一度命を落としているが、その際に聖女の身体を手に入れている。
聖女の身体がアネモネに奪われてからは聖女が生まれていないと聞いていたが、今でもブランダ王国では聖女教が主教なのだろうか。
「そういえば、それについてお話したいことがあったのですよ。ブランダ王国では聖女教は一部の過激派が信仰しているだけで、主に精霊信仰が広まっておりまして。聖女の身体がアネモネたそに奪われてからは聖女教の信者たちはすっかり鳴りを潜めていたのですが、最近ブランダ王国の王弟が中心となって再び盛り上がっているようなのです」
「エルフの王族っていうと緑髪の?どうして今さら聖女教がしゃしゃり出てくるのよ。あたしがこの身体を手に入れた以上新しい聖女が生まれたわけでもあるまいし」
聖女の魂は代々輪廻転生していると聞いたことがあるが、魂は肉体と紐づいているというのがこの世界の常識だ。
肉体が燃えるか腐敗するかでもして朽ちない限り、新しい命に転生することはできない。
だからこそ土葬した肉体が朽ちる頃に転生を祝う宴を開いたりする地域もあるくらいだし、アネモネが聖女の身体に入っている以上聖女が新たに生まれることはないはずなのだ。
「それが新しい聖女が誕生したと吹聴しているようなのです。しかもその聖女は聖女の魂を継いでいるだけでなく、王族の血を引いている緑髪だとか。一度も民衆の前に姿を見せていないので眉唾物ですがね」
「エルフの王族は皆緑の髪色をしているの?深緑のような色かしら、それともコリウスみたいな萌黄色?」
「うーん、コリウスの髪とは違う色ね」
エルフの王族の髪は緑色だと聞いて私の心臓が一瞬跳ねた。
もしコリウスの父親が王族特有の髪色をしていたならば、コリウスの母親が堕胎せずに彼女を育てたことにも納得できるし、コリウスが精霊に愛される体質なのも当然だからだ。
しかしアネモネが違うと答えたので、私は胸を撫で下した。はず、だった。
「だってコリウスの髪には赤い斑模様があるでしょ?黄緑色の部分は王族と同じ色だけど、髪にあんな模様が入ってるエルフなんて見たことがないわ」
静まったはずの心臓の音が、再びどくどくと悲鳴を上げる。
コリウスの髪に斑模様ができたのは、蘇生して魔物になってからだ。生前の彼女の髪は、ぼさぼさではあったが何の濁りもない萌黄色。
「ミオ、顔色が悪いぞ。大丈夫か」
震える私を心配してくれたガランを見上げると、彼の透き通った蒼い瞳に不安げな自分の顔が映る。
いやまさか。そんなはずはない。そう自分に言い聞かせていた私に、カガチが無慈悲な言葉を放つ。
「王弟であるフォルスコリは、何でも聖女がユーカリプタス魔王国に囚われていると嘯いているようですよ。もちろん、魔王に敵意を向けさせるための方便でしょうが」
シルベストリス魔王国へコリウスと遊びに行った際、彼女の頭に乗っていた萌黄色の精霊の存在が頭を過る。
あの精霊を使役していたのがブランダ王国の王弟で、そしてその者がおそらくコリウスの父親なのだ。
パズルのピースがはまったように謎が解けてしまった私は、これから起きるであろう面倒事に頭を抱えながら、コリウスの無邪気な笑顔を思い浮かべるのだった。




