第二夜 『彼が空気を読まない訳。』
怪談風短編は今回でお仕舞いです。
ちょっとでも怖く、また笑って頂けたなら幸いです。
基本的に創作であると……お断りしておきます。
一寸先は闇……とはよく言ったもので、トラブル何てものは大概予期出来ないし、一寸先に在る境界線にも気づき様が無い。
例えそれに触れた事で、今までの日常が一変してしまったとしても……。
ーーさて今宵は、私に『一生霊体験をする事が無い』認定を下してくれた、もう一人の友人の話をしよう。
先ず、前夜のお話で語った『駅地下』を覚えているだろうか?
友人二人はあの時、フジタの波長に影響を受け、あの体験をした訳だが……では何処までその影響は持続するのだろう?またフジタの側ではその都度、影響を発揮するのか?
答えはノー……らしい、法則や再現性も無いから科学では説明出来ないんだと、フジタともう一人の友人は苦笑いしていた。
仮にその友人をヤタベと呼称しとくが……ヤタベはフジタとは幼稚園からの幼馴染みであった。
一言でいえば、お調子者といった印象で他人に合わせるのが上手い、が引き際を間違えて墓穴を掘るタイプ、あと安請け合いしがち、とはフジタ談である。
大学時代にそれ程親しくもない同期生に頼まれ、出席の代返なんかをよくしていたらしい。
また、あまり我を通す感じではないが、周りを無意味に扇動したり(悪ノリ)しては嗜められるという姿を度々目撃した。
そんなヤタベ氏、時折、奇行にはしる癖がある。
仲間内で彼のバイト先に凸撃した時の事、ヤタベ氏はその店の後輩(女性店員)にいい顔をしたかったのか、友人たちに対して、ぞんざいな態度を示しイキり散らしたのだとか。
霊体験関係なくね?と思うかもしれない……だが激怒し帰ろうとする友人たちの中で、フジタだけがそれに待ったをかけた。
「お前はまた拾ってきたのか。」
と言い、ヤタベ氏の頭をハタくとフジタは冷静になる様に促す。
一瞬、ぽかんとしていたヤタベ氏であったが、その意味に気付いたのか、暫く深呼吸してからみんなに謝罪したという。
曰く、イキった言動や態度はあくまでヤタベ氏の責任らしいが、その下地として、誰かの強い感情に当てられ一時的に影響を受けていた……とか言っていたが、それは普通にイキる人間のメカニズムだと思うのだが?
後からその話をファミレスで聞き、私がそうフジタに問うと、道理的には大差ないし、ヤタベがどうしようもない奴である側面も否定出来ない、がしかし、道理的に大差なくとも、ヤタベの受け手としての感受性とその負荷は常軌を逸するレベルなのだと言い始めた。
続けてフジタは言う……防衛力の低い霊媒体質なんだと、生きてる人間の感情にでもここまで当てられてしまうのだから、強い負の念を持つ怨霊とかに寄られたら、どうなると思います?と。
まぁ、それが本当なら考えたくないわな……そう私が苦い顔をしていると、フジタは冗談事ではないと真顔でコーヒーカップへ視線を落としつつ、ヤタベとの子供時代を語り始めた。
フジタ曰くーー、最初に会った頃、ヤタベは霊媒体質ではなく普通の幼稚園児だったという。
そして彼が視える様になってしまった原因の一端にフジタとその家族も関わっていたらしい。
フジタの家は父母と長男のフジタ、弟の四人で……実はフジタの母親も昔は視えていたのだという、若かりし頃は地元に逸話が残る程であり、ある程度ならば霊を払う事も出来た。
しかし地元を離れ、結婚を期に視えなくなった……産まれた我が子に奪われた、いや、引き継がれてしまったというべきか。
が、まったく視えなくなった訳でもなく、気配を感じる事は出来るのだとか。
だからか、幼い頃から普通に視えるフジタと相まって、極稀に伝手を辿って頼りに来る相談者もいた。
フジタの実家へは私も何度か遊びに言った事があるし、おばさんにも会っているが、そんな女傑には思えない程にほんわかとした佇まいの人だった記憶がある、因みにおじさんも豪快でよく笑う人だった。
そんなフジタの実家では近年までひとつのルールが設けられていた。
それは家族以外の子供を家の敷居に上げてはならないーーというものだ。
曰く、このルールはふたつの出来事を経て作られたらしい。
もうお判りだろうが、そのひとつにヤタベががっつりと関係している。
……まず始まりはフジタ母がある相談を受けた事に端を発する、話によれば、当時、たまに舞い込む相談事の大半が思い込みで何の問題も無いものであったらしい。
「私は霊媒師ではない」と固辞するものの、藁にもすがる思いで助けを求める相談者からすれば納得がゆく訳でもない。
そんな時、フジタ母は何となく相手から感じた印象から、「朝何時に起きて、朝日を取り込む様に散歩してみたら?」とか、健康的且つ道義的に当たり障りの無いアドバイスをしていた。
重要なので書くが、無償である……むしろ相談されても困る、本当にヤバい案件なら関わりたくはないスタンスであった。
下手に藪蛇を突きたくはないよね……(母談)とフジタは笑う。
しかし現実はそう甘くなく、ある時、家にやって来た軽トラを一目視た瞬間、これはただ事ではないと確信……心の底からフジタ母をドン引きさせる案件にブチ当たのだという。
見るからにやつれた相談者が持ち込んだのは古びた鏡台であった。
よりにもよって鏡……そう叫びたくなったのだとか、というのも鏡は神事でも扱われ、特に合わせ鏡と呼ばれる作りの物はそれだけで念の類いが宿りやすく、視える人間からすれば絶対に側に置きたくない家具であるらしい。
当然、軽トラから鏡台を降ろすのを拒否し、相談者だけを家に上げて話を聞く事になった。
この鏡台の謂れは割愛する……というか余りに凄惨で鏡台の由来など、頭に入ってこなかったらしく、フジタ母は憶えていなかった。
どうやらフジタ母の想像を軽くぶっちぎる、常軌を逸した呪物と化していたようだ。
しかもフジタ家に来る以前、某高名な寺社にお祓いを依頼したらしいが、まさかの拒否されるという経緯があったが為に真の意味で、フジタ母自身が縋る様に掴んだ最後の藁であった。
無下には出来ない……もしこの相談者を追い払えば確実に人死が出てしまう。
そう思い結局、鏡台を引き受ける事にしたフジタ母であったが、当然懸念されたのは息子への影響だった。
それについてフジタは当時を振り返り、「誰も(霊)家に寄り付かなかった」と懐古した。
曰く、幽霊は家だろうが外だろうが普通に我が物顔で徘徊しているのだそうだが、鏡台が来てからというもの、霊が嫌がったのか家の周辺でまでその姿を視なくなったという。
幼稚園児であるフジタはそれが鏡台のせいであったとは認識していなかった……しかし、フジタ自身に何も無かった訳ではない。
いや、正確にはフジタ母が対策を早々に講じていた為に、ほぼ実害が無かったというべきか。
……家の一室を自分以外立入禁止とし、そこで鏡台を祀ったのだ。
本来であるなら塚や寺を建立し、御霊を鎮めるもので、行者信仰が残るある地方では敢えて強力な怨念を宿らせた呪物を特別な間取りの部屋に封じ、神として祀る事で一族の繁栄を祈願するらしい。
が、フジタ母は繁栄なんぞ望んでいない……寧ろそんな神様にお願いしてしまったなら、対価として差し出すリスクの方が大きいのを重々承知している。
だから彼女はただ、鏡台に宿った念を慰め、長い時間を掛けて少しずつ鎮める事を選んだのだ。
その為に年に何度か、フジタ母は一人で部屋に入り、鏡台を開いていたという。
ーーはてさて、ここまで長々と書いて肝心要のヤタベが登場していない……と思われただろう。
まぁ勘の鋭い方なら察してしまったかもしれないが……。
フジタくんが幼稚園年長さんへ上がったある日の日曜昼下り。
フジタ母は町内会の寄り合いに行く事となった、数年というスパンで回ってくる班長という厄介な役の為だった。
おまけにご近所のママ友も一緒だったが、その家に幼稚園児の息子さんを残して寄り合いに行きづらいと言う……。
子供同士が顔見知りという事もあり、フジタ父が二時間くらいなら家で面倒をみると豪快な笑顔で答えた。
だがあの鏡台の事もあり、フジタ母は一抹の不安を覚えたが、横目で愛する夫の顔を見て、二時間なら……と任せたらしい。
結果、町内会の寄り合いが行われていた集会所に血相を変えたフジタ父が飛び込んで来るという形で、淡い期待は脆くも崩れさったのだった。
余りの発狂振りに騒然となる集会所、一瞬で何が起きたのか察したフジタ母は戸惑うヤタベ母を伴って家へと戻る。
そうして家の前まで戻ると……中から我が子の泣き声が聴こえてきた。
意を決し、引き戸を開けて踏み込むと、あの部屋の前で息子がへたり込んでいるではないか。
息子の無事を目にし、にわかに気が緩みそうになった瞬間、ヤタベちゃんが居ない事に全身が総毛立ったという。
『囚われた』……その言葉がフジタ母の脳裏に過ぎったそうだ。
後に聞いた話では、二人が寄り合いに出掛けてから子供たちはすぐに二階の子供部屋で遊び始めフジタ父は一階の居間で過ごしていたらしい。
子供なりにあの部屋からともだちを遠ざけたかったのかもしれない。
フジタは用意されていたお菓子やジュースを持って二階に上がり、それから時折、ドタバタと天井が鳴るのを見上げて『元気があってよろしい』とフジタ父は新聞を読み始めた。
しばらくして天井から威勢の良い音がしなくなって、すると廊下から水洗トイレの音が流れた。
特に何も考えず新聞を読み耽る父……しかし彼が次に聞いた音は息子の悲鳴であった。
突然の事に慌てて廊下に出ると、既にあの部屋の前で息子が泣き喚いている。
事態を察した父は襖を開けようとした、何故こうなったのかと息子に問う時間も無いと思ったのだろう。
自身は視えずとも、妻が霊障で苦しむ姿を若い時分から幾度も見てきた……そんな妻が立ち入りを禁じたという事実を重く受け、尚、こどもを預かった責任から襖を開けようとしたのだ。
その行為が軽はずみであったのか、やはり視えないが故に実感出来なかったのかは定かではない。
しかし泣きじゃくりながら息子が父を止めた、頑として譲らなかった……襖の縁につっかえ棒の如く身体を入れ、何度も『カミサマが怒る!!お母さんを連れて来て!!』と叫んだそうだ。
当時、神として鏡台を祀った事は子どもには理解出来ないだろうと話していなかった、にも関わらず息子の口から出た言葉を聞き、やはりこの子は自身が視えない何かしらを目にしていると実感させられると同時に事態の重篤性を認識した父は脱兎の如く、妻を呼びに駆け出した。
こうして戻って来たフジタ母は、他の三人に絶対に鏡面を見ない様に念を押し、襖の前(神前)で祝詞を唱えて断りを入れてから襖を引いた……この姿を見て、ヤタベ母はまだ事態を呑み込めず、呆然としていたが部屋中に張り巡らされたしめ縄や御札の数々に驚愕し、おかげで鏡に目がいかなかった様子であった。
スッと開かれた部屋の中央で……ヤタベちゃんは鏡台の前に座り、驚く程に穏やかに何事もない様に、だがそれでいて何やらブツブツと呟いていた。
そしてやはり観音開きの鏡台は開いてしまっていたようだ。
やがて我に返ったのか、それとも何かしらの繋がりが切れたというべきか……フジタ母に気づき、幼いヤタベはキョトンとした表情を向けてきたという。
ああっ、良かった、無事でいてくれたとフジタ母は安堵しつつ、そのままヤタベを部屋の外へ連れ出してから再び祝詞を唱えて襖を閉じた……。
フジタ母曰く、本当に運が良かったらしい、最悪の場合もあり得たという。
「よほどヤタベくんを気に入ったんだね」と苦笑いしていた。
さて、ファミレスでこの話を聞き、少々面白味に欠ける最後だなぁと不謹慎な事を考えつつ、私はこの場合の最悪とは一体何を意味するのか、ふと疑問に思っていた。
私はそれを素直にフジタへ疑問をぶつけ、まぁやっぱり死ぬ事なのかね?と聞いてみたのだが、彼の見解……というかフジタ母が昔に溢したある言葉を教えてくれた。
「昨日まで普通に笑い合っていた人が、壊れてしまうって辛いね。」
人の精神を構成し、無意識に出てしまう感情に根ざした仕草や癖……嬉しければ笑い、悲しければ泣く、『壊れる』とはその連動や繋がりをいとも簡単に断ち、記憶や感情すら欠如させてしまう。
そうなってしまったなら、例え同一人物であっても別人で二度とは逢えない。
詳しくは聞かなかったが、フジタもフジタ母も、そんな別れを意図せず経験してきたという。
だからあの時、ヤタベが無事だと知り、心の底から安堵した……という事だろう。
「しかしヤタベが部屋に入った時、お前何してたんだよ。危ないって判ってたんなら付いてけば良かったじゃん。」
私がそう追及すると、明らかに口ごもるフジタ……。
「あの時、アイツと遊んでいて、ちょっとした喧嘩になって……急に帰るって出てったんですよ。」
「?……何それ、で、帰りがけにあの部屋に入ったと?トイレで用を足してたのもヤタベか?」
「いや、俺ですわ、ソレ。」
「何か違和感あんな、お前らは一緒に行動してたの?それとも喧嘩別れしてフジタは二階にいたのか?」
「………。」
「はっきりしろよな。」
私が肩をすぼめ、首を傾げて見せると、フジタは困った様に口をへの字に曲げ……やがて。
「靴が無くなってて、アイツは帰ったんだと思ってトイレで用を足して出てきたら、部屋の中に消えるアイツの姿を見たんですよ……でも。」
ーーでも、ヤタベの言い分は違ったらしい。
曰く、喧嘩なんかしていない、一緒に下の階へ降りたのだと……そうしたら襖が開いて、中から現れた白い手に手招きされて、フジタに『入ってみたら?』と促されたと言っていたそうだ。
二人の食い違う主張を聞き、フジタ母はどちらが正しいかは無意味だと、それ以上聞かなかったという。
こうして無事であったヤタベ氏だったが、この体験でフジタ同様に霊が視える様になってしまったのだとか……ちょっとしたカミサマからの贈り物だろうか?
またその事でフジタ母はヤタベ親子に詫びても侘びきれないと土下座までしたらしいが、この時の二人はいまいち理解していなかったそうだ。
しかしである、その後、異形が視える様になり、明らかに様子のおかしくなった息子の姿に否応なく察したのか、ヤタベの両親から幾度となく助けを求められ両家はより親しくなった。
余談であるが、そんなヤタベ氏は過去に数度、ガチでヤバいものに取り憑かれた事があるという。
その内の一回は、疎遠にしていたフジタ母の血縁筋に頼らざるを得ない事態にまで発展、三日間も軟禁された挙げ句、帰りの車中で大事故に遭うという徹底ぶりであった……らしい、何時か書く機会があるかもしれない。
終




