第一夜 不可避の凸撃
虚構……いわゆる上手い嘘というものは、部分的に事実を混ぜたりして紡がれるものだ。
……そういった意味では、この話もフィクションと云える。
『日常の境界線』
人生、それなりに生活していれば様々な出会いがあるだろう。
明るかったり根暗だったり、或いは容姿だったり……私はライトなヲタク気質であるが、幸いな事にDQNと呼ばれる人に出会った事がない。
そしてもうひとつ、少しがっかりというか良かったと思えるのが心霊体験、いわゆる幽霊を見たり感じたりする感覚が無い事だ。
何故そう言い切れるかって?それは霊が見えるという友人に断言されてしまったからだ……それも二人から。
「〇〇さんのアンテナは感度悪いんで、一生視えないと思いますよ。」
少々トゲのある物言いだったと思う、いや、かなり失礼だろう。
コイツの事は仮にフジタと呼称しよう、バイト先で知り合った仲間内の一人で、たまに私の部屋で集まってゲームに興じたりして、その時に何気なく言われた一言だった。
性格は明るく、仲間内の中心みたいな奴で、知り合った当初からちょくちょく霊体験云々は言っていたと思う。
というかおかしな事があった、私の部屋で急に黙り込んだかと思えば、俯いたまま怯えた様にブルブルと震えたり、ある時なんかは駅地下を仲間四人で歩いていて、唐突にフジタが固まって動かなくなった。
私が声を掛けても反応は無く、何故か私以外の仲間も全員、フジタ同様に固まっている始末だ。
まぁ正直に言えば信じてはいなかった、ヲタクである私は『そういう設定』なのか程度でフジタを見ていたし、この時も担がれた、私一人ハブられた?という具合である。
「何々?また視えたのか。」
冷やかな言い方の私に対して、フジタでなく別の友人が何かを言いかける……口ごもると言った方が正しいか。
だがその友人の肩口をフジタが掴み、制止した。
「……てる。」
掠れた声は聴き取れなかったが、どうやら友人には通じたらしい。
駅地下の通路の真ん中で全員が動こうとしない……行き交う人の波が私達を避ける様に流れてゆく。
再び動き出すまでは、苛ついた私からすれば十分程の体感であったがフジタ以下友人達のそれはどうであったのか?
しかし突如として友人の一人が俯いたまま足早に歩きだしたので、全員が追従する形となった。
その日は野郎同士で服を買いに来た筈なのに、目当ての店とは逆方向に進みエスカレーターを自ら登り、遂には改札を抜けて電車に飛び乗ってしまったのだ。
皆下を向いたまま、座席へ倒れる様に座り込む……そこでタイミングを見計らい、私はいい加減に話せよと、苛立ちをブツけてみた。
訳が分からないなりに、興味本位での言葉であったと思う。
「落ち着くまで待ってくれ」と友人は言うが、結局、電車内では誰も何も話さず、地元の駅で降りた後、今日は解散するのか?という問いに一人が「まだ帰りたくない……ファミレスに行こう、頼む」と言うのでそうする事にした。
……まぁ、そこで事の真相を聞いたのだが。
だがその話をする前に、最初に書いたアンテナについて補足しなければならないだろう。
フジタ曰く霊感というか、よくチャンネルが合うと表現していたのだが、ざっくりと言えば人間は皆、各々違う電波みたいなものを発し、また受信してもいるのだという。
普通は波長が合わずに殆ど感じる事が無いそうだが、感度、波長の振れ幅みたいなものが広いと拾ってしまうんだそうだ。
じゃあ私はDQNって事かい?というツッコミは置いておくとして、問題は死んだ存在も同じく発信と受信をしているという事らしい。
更に、強い波長を持つ者の側に居ると、引きずられて近い波長に変化……したりする。
ここまで書いて、もうお気づきかもしれないが、フジタ自身は霊に対抗、対処する術を持っていない。
一度、塩でもブッカケてやったらと言うと、「それは道路標識くらいの効果しかない、品のあるヤツは避けてくれるけど」と苦笑いしていた。
また頻繁に体調を崩したり、いつか機会があれば書くかもしれないが、特定の場所に行くと具合が悪くなる、霊障を貰うとかで遠回りの道を選んでいた。
ーーさて、話を戻すとしよう。
あの時、あの駅地下の通路で私以外の三人が何に遭遇したのか?
当時、休日という事もあり、通路は行き交う人々で賑わっていた。
具体的には進行方向へ進む分には特段苦もなく、だが前からやって来る人間には気をつけて避けなければならない程度である。
私達もフジタを先頭に、私が最後列で縦の隊列で歩いていた記憶がある。
何の違和感もない、活気溢れる日常の風景であろう……休日だけあって、カップルや親子連れなんかとすれ違い、その都度フジタに合わせて隊列をズラしていた。
ふと見ると、遠くで幼い子供の手を引いた白いワンピースの母親らしき女性が視えた。
どこにでも居そうな親子に直前でこちらが避ければ良いかと、そう考え子供が持っていた赤い風船に目が行ったのだという。
そうこうしている内に、目の前まで親子が来る……気を使って、フジタがすれ違い様に避ける素振りを見せた、まさにその瞬間だった。
(ーーしくった!?)
直感的にフジタは内心でそう後悔したが、もう遅かった。
避ける素振りを目にした母親が身体ごとフジタにぶつかってきた……ぶつかった筈であった。
フジタ曰く、入水した様なヌルリとした感覚に襲われ、母親の身体は、いや、子供も含めて差したる抵抗も無くフジタの身体を透過したのだという。
その光景を私以外の二人も目撃したらしい、後で聞いたが二人はフジタと古い付き合いで、何度かこの手の体験をしていたんだそうだ。
だからこういった状況下に置かれた場合、対処として、ダッシュで逃げるか、或いは存在に気付いてませんよアピールでやり過ごすしかない……で、今回は後者を選んだ。
まぁ、人混みの中でダッシュは危険であり、何より興味を引いた時点で、逃げても付いて来てしまうという判断だった。
この時、他の三人は何も状況を理解していない私に対して、恨めしい気持ちで一杯だったらしい……知らんし、マジで。
そうこうしている間も母子はフジタ達の周りで身体を透過、重ねつつ顔を覗き込んでいる。
その表情は生きている人間には決して作れない異形だと表したのは友人の一人だ。
「何々?また視えたのか。」
余計な事を言いやがって………三人ともそう思ったんだと、後にファミレスで大爆笑してやった。
……行き交う人々の活気が、日常の安心感が遠退いてゆく最中で、動けないでいるフジタ達。
体感では一時間にも感じ、下手したらもう日常が終わった……みたいな不安すら覚え始めた頃。
女の子?が手にした赤い風船をフジタへ差し出してきた。
不思議な事に母親の方は服装から表情まで、三人は覚えていたのだが、何故か子供だけ風貌が思い出せないらしい、どんな髪型と表情で、どんな服装であったのかもだ。
ただ呟かれた声は忘れられないという。
「………。」
「……ねぇ、欲しい?」
「………。」
底冷えする様な悪寒を背中に感じながら、その問いかけに頑なに無視を決め込むフジタ……それを貰ってはいけないと直感的に思ったのだという。
やがて……女の子?が根負けしたのか、差し出した手を降ろし、母親の手を引きながら、苛つく私の身体を透過して(うへぇ)去って行ったらしいよ。
その去り際に「……違った」と言ったとか、言わなかったとか……。
最後にファミレスで夕食を取りながら、事の経緯を聞いている時、フジタが食後のコーヒーをかき混ぜつつ、口を開く。
「あれは母親が子供を引き連れてたんじゃない……母親が子供に付いて来てたんだよ、感じた印象だけど、子供の方が想いが強かった気がする。」
「へぇ~、じゃあさ〜風船もらってあげれば良かったのに〜〜。」
「今日程、〇〇さんの無神経さが羨ましいと思った事はありませんよ。」
だと……さて、これが私が当事者(無関係だけど)として体験した唯一の心霊体験である。
冒頭でも書いたが、もう一人、霊が視えるという友人がいる。
次のお話では(最終回だが)そいつが視える様になったキッカケを書こうと思う。
終