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短編・童話集

やさしい時計

掲載日:2022/02/05

 心やさしい時計さんがいました。

 同じ工場で生まれた兄弟たちは、チクタクチクタク、時間をきざむだけでしたが、その時計は違いました。


 なにしろ心やさしいものだから、頼まれるとつい、時間を動かしてしまうのです。


 けれど、

「ちゃんと動かないと、壊してしまうぞ」

 時計をお店に並べた大人たちがそういうので、普段の時計はチクタクチクタク、ちゃんと動いていました。


 ある日、店にやってきた夫婦が「その時計を買いたい」といいました。

 もうすぐ子どもが生まれるので、その子に時計をあげたい、とのことでした。

 やさしい時計は、どうやら真面目に動いているので、大人たちは安心して時計を売りました。


 時計が夫婦のおうちについたとき、おかあさんがいいました。


「とけいさん、ちゃんと動いてね」


 おとうさんがいいました。


「動いてくれないと、ぼくらの赤ちゃんが生まれてこないんだからね」


 時計は夫婦に、うんうん、とうなずきました。


 時計の針が何周も何周もまわったころ、おうちにはかわいい赤ちゃんがやってきました。

 

 ちゃんとうごいてくれた時計に、おとうさんがいいました。


「とけいさん、これからもがんばってね」


 おかあさんがいいました。


「動いてくれないと、わたしたちの赤ちゃんは大きくならないんだからね」


 時計は夫婦に、うんうん、とうなずきました。


 また時計が何周も何周もまわると、赤ちゃんはすくすくと大きくなりました。

 赤ちゃんは女の子でした。


 時計は満足でした。

 大きくなった女の子は元気いっぱいで、いつもにこにこ笑っていました。

 でも、少し悪いところもありました。

 ときどき、約束をやぶってしまうのです。


 ある日、女の子がいいました。

 いつもは笑っているのに、そのときはこまった顔をしていました。


「ねえ、とけいさん、とけいさん」

「なんだい? どうしたんだい?」


 女の子は泣きそうな顔になりながら、いいました。


「少しだけ、うごかないでほしいの」

「どうして?」

「おかあさんに、おかたづけをしなさいっていわれたんだけど、まだおわってないの」


 たしかに、そのとき、部屋は散らかっていました。

 買い物に行っていたおかあさんは、もうすぐ帰ってきます。


「しょうがないなあ」


 本当はいけないことなのだけど、時計は動きをとめました。

 すると、時間も止まりました。


「ありがとう、とけいさん」


 女の子はそういって、おかたづけをしました。

 なにしろ時間が止まっていたから、おかたづけをする時間は、たっぷりあったのです。


「一度だけだよ」


 時計がそういうと、女の子はうんうん、とうなずきました。


 だけど、それから女の子は、ちゃんとおかたづけをしなくなりました。

 いつも、おかあさんが帰ってくるころになると、時計に頼んでしまうのです。


「とけいさん、とけいさん」

「またかい? だめだよ、ちゃんとしないと」

「これで最後」


 この時計は心やさしい時計ですから、女の子から泣きそうな顔で頼まれると、断れなかったのです。


 しかしある日、時計が時間をとめていたのが、おかあさんに見つかってしまいました。

 毎日時間が止まるなんて、へんだな、と思ったおかあさんが、女の子と時計を見張っていたのです。

 女の子はしかられ、時計もやっぱりしかられました。


「だめよ、とけいさん。時間をとめたら、この子が大きくなれないでしょ」


 時計は本当にそうだな、と思いながら、うんうん、とうなずきました。


 それから女の子はしっかりとおかたづけをするようになりました。

 おかあさんも、ちゃんとおかたづけをする女の子を、ほめてあげました。

 時計は、そんな二人を満足そうにみまもっていました。


 しかしある日、おかあさんが急に、胸をおさえてくずれるように、ばたんと倒れてしまいました。


「どうしたの、おかあさん」


 女の子はおかあさんに呼びかけました。

 しかし、おかあさんはおきません。


「おとうさんにはやくおしえないと」


 時計がそういうと、女の子は別の部屋にいたおとうさんを呼んできました。


「だいじょうぶか」


 おとうさんはおかあさんに呼びかけました。

 しかし、おかあさんはおきません。

 女の子は、そのあいだずっと泣いていました。

 おとうさんは、救急車を呼びました。


 その日から、おかあさんはおうちに帰ってきませんでした。

 毎日毎日、女の子は泣きました。


「おかあさん、どうしたんだい?」


 時計が聞くと、女の子がこたえました。


「もうあえなくなったの」


 女の子は泣きつづけました。


 ある日、女の子が涙をぽろぽろこぼしながら時計に言いました。


「とけいさん、とけいさん」


 かわいそうだな、ほんとうにかわいそうだ、と思いながら、時計はいいました。


「なんだい」

「はんたいがわにまわってほしいの」


 時計はいいました。


「だめだよ。それはいけないことなんだよ」


 そんなことをしたら、時間がぎゃくもどりしてしまいます。


「でも、そうすればおかあさんにあえるんだよ」


 女の子からそういわれたので、時計はこまってしまいました。

 女の子が泣いているのは、おかあさんに会えなくなったからです。

 泣いている女の子を見るのは、時計にとっても悲しいことでした。


「おかあさんにあえたなら、もうなかないかい」


 時計が聞くと、女の子は、涙をぽろぽろこぼしながら、うなずきました。

 時計はもう、女の子の涙は見たくありませんでした。


「わかった」


 本当は、すごくいけないことなのだけれど、時計は針をいつもとは反対側にまわしました。

 そうすると、時間も反対にまわりました。


「おかあさん!」


 いつのまにか、おかあさんがおうちに帰ってきていました。

 女の子がおかあさんにだきつくと、おかあさんは女の子をだきしめました。

 女の子の大きな声をきいて、となりの部屋からおとうさんがやってきました。

 三人で、ぽろぽろと涙をこぼしていました。


「もう、なかないっていったじゃないか」


 そういう時計も泣いていました。


 もう、時計は動くのをやめようとおもいました。

 本当はとってもいけないことなのだけれど、もし時計が動くと、女の子とおかあさんは、また会えなくなってしまうのです。

 

 だけど、その日の夜、女の子が眠ったあとで、おかあさんが時計にいいました。


「ありがとう、とけいさん。もう、いいわ」


 時計は、どういうことなのだろう、と思いました。

 おとうさんもいいました。


「ありがとう、とけいさん。また、おかあさんにあうことができたよ」


 二人とも、悲しそうにわらっています。

 まるで、また会えなくなるみたいでした。


「とけいさん、もう、時間を、うごかしてもいいよ」


 おかあさんと、おとうさんが、そろっていいました。


「でも、そんなことをしたら」


 おかあさんが首をふりました。


「いいの。とけいさん、すごくいけないことを、いつまでもしてはいけないわ」

「だけど」


 時計は、女の子のことが心配でした。

 またおかあさんに会えなくなったとわかったら、どんなに泣いてしまうのでしょう。


「だいじょうぶ。とけいさん、あの子が泣いたら、こういってあげて」


 そういうと、おかあさんは時計に、ちいさなこえでささやきました。


「どうして、自分でいってあげないの?」


 時計がきくと、おかあさんは、

「だって、かなしいもの」

 といいました。


 おかあさんのことばをきいたあと、時計は、元の時間にもどすために、また動きだしました。


「おかあさん?」


 次の日の朝。おきてきた女の子は、おかあさんをさがしました。

 でも、時間はまた元にもどったので、おかあさんはもう、どこにもいません。


「とけいさん!」


 女の子が泣きそうになりながら、時計にいいました。


「おかあさんは?」

「おかあさんはね、また、もとのばしょに帰ったよ」


 女の子はまた泣きそうになりました。眼にいっぱい涙をうかべています。


「どうして?」

「どうしてだか、わかるかい?」


 女の子は、何度も何度も首をふりました。


「わからないよ」

「おかあさんはね、きみに、もっと、大きくなってほしいんだってさ。

 時間をとめたり、もどしたりしていると、きみは大きくなれないだろう。

 もっと、ずっと、ずっと、時間がたって、きみが大きくなって、

 もっと、ずっと、ずっと、時間がたったとき、

 またあおうって、おかあさんはいってたよ。約束だって」

「またあえるの?」

「きみが大きくなれば、会えるさ」


 女の子は、うんうん、とうなずきながら、やっぱり、泣いていました。


 女の子は、それからはもう、時計に頼りませんでした。

 やさしい時計は、チクタクチクタク、うごき続けました。


 それからながい時間がながれました。

 時計の針は何周も何周も、何周も何周も、かぞえきれないほど回りました。

 そのあいだ、もちろん一度も、時計はとまったり、反対側にまわったりはしませんでした。


「とけいさん、とけいさん」


 ある日、大きくなった女の子がいいました。


「なんだい? どうしたんだい?」

「わたし、おかあさんに会えたのよ」 

「なんだって?」


 時計はおどろきました。

 時計の針を反対側にもどしたおぼえはありません。


「鏡の中にいたの」


 時計はまじまじと、女の子を見ました。

 たしかに、よく似ています。

 女の子はもう、女の子と呼べないくらい、大きくなっていました。


「とけいさん、これからもしっかり動いてね。

 時間を止めたり、戻したり、そんなことはしなくていいのよ。

 あなたが動いてくれたから、

 だからわたしはまた、おかあさんにあえたんだわ。

 とけいさん、これからもしっかり動いてね。

 そしてわたしの赤ちゃんに会わせて」


 女の子にうんうん、とうなずいていた時計は、あわてて聞き返しました。


「ほんとうかい?」


 そうして女の子は、いえ、新しいおかあさんは、にこにこ笑いながら言うのです。


「わたし、おかあさんになるのよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  時計が時間に合わせて動くのではなく、時計が時間を動かすのだという発想がとても新鮮でした。また、子どもと一緒にいたいのではなく、子どもに大きくなってほしいという親の願いも切実で、記憶に刻み…
2022/02/05 13:44 退会済み
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