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短編・童話集

やさしい時計

 心やさしい時計さんがいました。

 同じ工場で生まれた兄弟たちは、チクタクチクタク、時間をきざむだけでしたが、その時計は違いました。


 なにしろ心やさしいものだから、頼まれるとつい、時間を動かしてしまうのです。


 けれど、

「ちゃんと動かないと、壊してしまうぞ」

 時計をお店に並べた大人たちがそういうので、普段の時計はチクタクチクタク、ちゃんと動いていました。


 ある日、店にやってきた夫婦が「その時計を買いたい」といいました。

 もうすぐ子どもが生まれるので、その子に時計をあげたい、とのことでした。

 やさしい時計は、どうやら真面目に動いているので、大人たちは安心して時計を売りました。


 時計が夫婦のおうちについたとき、おかあさんがいいました。


「とけいさん、ちゃんと動いてね」


 おとうさんがいいました。


「動いてくれないと、ぼくらの赤ちゃんが生まれてこないんだからね」


 時計は夫婦に、うんうん、とうなずきました。


 時計の針が何周も何周もまわったころ、おうちにはかわいい赤ちゃんがやってきました。

 

 ちゃんとうごいてくれた時計に、おとうさんがいいました。


「とけいさん、これからもがんばってね」


 おかあさんがいいました。


「動いてくれないと、わたしたちの赤ちゃんは大きくならないんだからね」


 時計は夫婦に、うんうん、とうなずきました。


 また時計が何周も何周もまわると、赤ちゃんはすくすくと大きくなりました。

 赤ちゃんは女の子でした。


 時計は満足でした。

 大きくなった女の子は元気いっぱいで、いつもにこにこ笑っていました。

 でも、少し悪いところもありました。

 ときどき、約束をやぶってしまうのです。


 ある日、女の子がいいました。

 いつもは笑っているのに、そのときはこまった顔をしていました。


「ねえ、とけいさん、とけいさん」

「なんだい? どうしたんだい?」


 女の子は泣きそうな顔になりながら、いいました。


「少しだけ、うごかないでほしいの」

「どうして?」

「おかあさんに、おかたづけをしなさいっていわれたんだけど、まだおわってないの」


 たしかに、そのとき、部屋は散らかっていました。

 買い物に行っていたおかあさんは、もうすぐ帰ってきます。


「しょうがないなあ」


 本当はいけないことなのだけど、時計は動きをとめました。

 すると、時間も止まりました。


「ありがとう、とけいさん」


 女の子はそういって、おかたづけをしました。

 なにしろ時間が止まっていたから、おかたづけをする時間は、たっぷりあったのです。


「一度だけだよ」


 時計がそういうと、女の子はうんうん、とうなずきました。


 だけど、それから女の子は、ちゃんとおかたづけをしなくなりました。

 いつも、おかあさんが帰ってくるころになると、時計に頼んでしまうのです。


「とけいさん、とけいさん」

「またかい? だめだよ、ちゃんとしないと」

「これで最後」


 この時計は心やさしい時計ですから、女の子から泣きそうな顔で頼まれると、断れなかったのです。


 しかしある日、時計が時間をとめていたのが、おかあさんに見つかってしまいました。

 毎日時間が止まるなんて、へんだな、と思ったおかあさんが、女の子と時計を見張っていたのです。

 女の子はしかられ、時計もやっぱりしかられました。


「だめよ、とけいさん。時間をとめたら、この子が大きくなれないでしょ」


 時計は本当にそうだな、と思いながら、うんうん、とうなずきました。


 それから女の子はしっかりとおかたづけをするようになりました。

 おかあさんも、ちゃんとおかたづけをする女の子を、ほめてあげました。

 時計は、そんな二人を満足そうにみまもっていました。


 しかしある日、おかあさんが急に、胸をおさえてくずれるように、ばたんと倒れてしまいました。


「どうしたの、おかあさん」


 女の子はおかあさんに呼びかけました。

 しかし、おかあさんはおきません。


「おとうさんにはやくおしえないと」


 時計がそういうと、女の子は別の部屋にいたおとうさんを呼んできました。


「だいじょうぶか」


 おとうさんはおかあさんに呼びかけました。

 しかし、おかあさんはおきません。

 女の子は、そのあいだずっと泣いていました。

 おとうさんは、救急車を呼びました。


 その日から、おかあさんはおうちに帰ってきませんでした。

 毎日毎日、女の子は泣きました。


「おかあさん、どうしたんだい?」


 時計が聞くと、女の子がこたえました。


「もうあえなくなったの」


 女の子は泣きつづけました。


 ある日、女の子が涙をぽろぽろこぼしながら時計に言いました。


「とけいさん、とけいさん」


 かわいそうだな、ほんとうにかわいそうだ、と思いながら、時計はいいました。


「なんだい」

「はんたいがわにまわってほしいの」


 時計はいいました。


「だめだよ。それはいけないことなんだよ」


 そんなことをしたら、時間がぎゃくもどりしてしまいます。


「でも、そうすればおかあさんにあえるんだよ」


 女の子からそういわれたので、時計はこまってしまいました。

 女の子が泣いているのは、おかあさんに会えなくなったからです。

 泣いている女の子を見るのは、時計にとっても悲しいことでした。


「おかあさんにあえたなら、もうなかないかい」


 時計が聞くと、女の子は、涙をぽろぽろこぼしながら、うなずきました。

 時計はもう、女の子の涙は見たくありませんでした。


「わかった」


 本当は、すごくいけないことなのだけれど、時計は針をいつもとは反対側にまわしました。

 そうすると、時間も反対にまわりました。


「おかあさん!」


 いつのまにか、おかあさんがおうちに帰ってきていました。

 女の子がおかあさんにだきつくと、おかあさんは女の子をだきしめました。

 女の子の大きな声をきいて、となりの部屋からおとうさんがやってきました。

 三人で、ぽろぽろと涙をこぼしていました。


「もう、なかないっていったじゃないか」


 そういう時計も泣いていました。


 もう、時計は動くのをやめようとおもいました。

 本当はとってもいけないことなのだけれど、もし時計が動くと、女の子とおかあさんは、また会えなくなってしまうのです。

 

 だけど、その日の夜、女の子が眠ったあとで、おかあさんが時計にいいました。


「ありがとう、とけいさん。もう、いいわ」


 時計は、どういうことなのだろう、と思いました。

 おとうさんもいいました。


「ありがとう、とけいさん。また、おかあさんにあうことができたよ」


 二人とも、悲しそうにわらっています。

 まるで、また会えなくなるみたいでした。


「とけいさん、もう、時間を、うごかしてもいいよ」


 おかあさんと、おとうさんが、そろっていいました。


「でも、そんなことをしたら」


 おかあさんが首をふりました。


「いいの。とけいさん、すごくいけないことを、いつまでもしてはいけないわ」

「だけど」


 時計は、女の子のことが心配でした。

 またおかあさんに会えなくなったとわかったら、どんなに泣いてしまうのでしょう。


「だいじょうぶ。とけいさん、あの子が泣いたら、こういってあげて」


 そういうと、おかあさんは時計に、ちいさなこえでささやきました。


「どうして、自分でいってあげないの?」


 時計がきくと、おかあさんは、

「だって、かなしいもの」

 といいました。


 おかあさんのことばをきいたあと、時計は、元の時間にもどすために、また動きだしました。


「おかあさん?」


 次の日の朝。おきてきた女の子は、おかあさんをさがしました。

 でも、時間はまた元にもどったので、おかあさんはもう、どこにもいません。


「とけいさん!」


 女の子が泣きそうになりながら、時計にいいました。


「おかあさんは?」

「おかあさんはね、また、もとのばしょに帰ったよ」


 女の子はまた泣きそうになりました。眼にいっぱい涙をうかべています。


「どうして?」

「どうしてだか、わかるかい?」


 女の子は、何度も何度も首をふりました。


「わからないよ」

「おかあさんはね、きみに、もっと、大きくなってほしいんだってさ。

 時間をとめたり、もどしたりしていると、きみは大きくなれないだろう。

 もっと、ずっと、ずっと、時間がたって、きみが大きくなって、

 もっと、ずっと、ずっと、時間がたったとき、

 またあおうって、おかあさんはいってたよ。約束だって」

「またあえるの?」

「きみが大きくなれば、会えるさ」


 女の子は、うんうん、とうなずきながら、やっぱり、泣いていました。


 女の子は、それからはもう、時計に頼りませんでした。

 やさしい時計は、チクタクチクタク、うごき続けました。


 それからながい時間がながれました。

 時計の針は何周も何周も、何周も何周も、かぞえきれないほど回りました。

 そのあいだ、もちろん一度も、時計はとまったり、反対側にまわったりはしませんでした。


「とけいさん、とけいさん」


 ある日、大きくなった女の子がいいました。


「なんだい? どうしたんだい?」

「わたし、おかあさんに会えたのよ」 

「なんだって?」


 時計はおどろきました。

 時計の針を反対側にもどしたおぼえはありません。


「鏡の中にいたの」


 時計はまじまじと、女の子を見ました。

 たしかに、よく似ています。

 女の子はもう、女の子と呼べないくらい、大きくなっていました。


「とけいさん、これからもしっかり動いてね。

 時間を止めたり、戻したり、そんなことはしなくていいのよ。

 あなたが動いてくれたから、

 だからわたしはまた、おかあさんにあえたんだわ。

 とけいさん、これからもしっかり動いてね。

 そしてわたしの赤ちゃんに会わせて」


 女の子にうんうん、とうなずいていた時計は、あわてて聞き返しました。


「ほんとうかい?」


 そうして女の子は、いえ、新しいおかあさんは、にこにこ笑いながら言うのです。


「わたし、おかあさんになるのよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  時計が時間に合わせて動くのではなく、時計が時間を動かすのだという発想がとても新鮮でした。また、子どもと一緒にいたいのではなく、子どもに大きくなってほしいという親の願いも切実で、記憶に刻み…
2022/02/05 13:44 退会済み
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