96 パメラとの縁談
六人でのダンジョンである程度現状を把握できた俺達は、ストラーデ家のある街へとやって来ていた。
ストラーデ子爵領。
王都よりも南にあり、ここの街はちょうど海に面していた。
港にも活気があり、漁も盛んなようだ。砂浜には塩田も作られている。
この辺りだと、魚料理が主流なのだろう。
「確かミーアの所も海に面していたよな。自分の所と比べてどうなんだ?」
「私は自分の故郷も好きですが、ここもいい街だと思いますよ。パメラも懐かしいのではありませんか?」
「そうだね……」
パメラは相変わらず素っ気ない対応をしているが、ミーアとメアリはそんな事を一々気にもとめてはいなかった。
俺としても少し煮え切らない態度に、腹をたてることもあるが二人が何も言わないことで、そのままにしている。
俺達は街を歩き、少しばかり観光を楽しみ、レフリアとハルトは気になる物があるらしく今は別行動をしている。
パメラは時折じっと海を眺めることが多く、二人にパメラのことを託し、俺は一人でストラーデ家へとやってきていた。
「ローバン公爵家次男の、アレス・ローバンだ。ストラーデ子爵と面会を願いたい」
「ローバン公爵家? かしこまりました、中の者に伝えてまいりますのでしばらくお待ち下さい」
パメラは相変わらず俺のことを拒んでいる。
その理由は恐らくここで分かるのだろう……。
さすがに、バセルトンのようなことはなさそうだから、これが上手く行けばいつものパメラに戻ってくれるだろう。
「お待たせしました。子爵がお会いになるそうです」
「わかった、案内を任せても?」
「ホールに執事がおりますので、中へどうぞ」
外とは違い、内装は至る所にキラキラと輝く装飾の数々……絵画の額縁ですら金や銀で作られている。
二階へと上る階段の手すりも触るのを躊躇うほどきれいに磨かれていた。
執事に案内され、子爵のいる部屋に行く間も俺は周りをキョロキョロ見渡していた。
自分の屋敷に比べここはあまりにも、異常なまでに別世界に見えていた。
「こちらにございます。旦那様、お客様をお連れしました」
ここが本当に執務室なのかと思うほど……すごい内装だった。
さっきと同じ額縁の絵画は壁一面を覆い。海も近いことからか、サンゴに真珠と綺麗にショーケースみたいに並べられている。
たとえば、ここが宝石店と言われても納得しそうだった。
「これはこれは、態々お越しいただきありがとうございます」
綺羅びやかな指輪を何個も嵌めて、机に両端には金の色に輝く像が置かれている。
呆れて何も言う気力すら無い。
「急な申し出に応じて頂きありがとうございます。この度は、私、アレス・ローバンとパメラ・ストラーデ嬢との縁談の話に参った次第です」
少しだけ目を見開き、俺を上から下へと見定めているのが分かった。
この体型だから、先程の執事同様に公爵家の人間なのかという疑問を持っているのだろう。
「縁談ですか……それは貴方様個人でのお話でしょうか? それともローバン公爵家としてでしょうか?」
「その前にこちらを、ローバン公爵家当主。私の父からの書状にです。まずはこちらを御覧ください」
俺から手紙を受け取り、机の引き出しから出したペーパーナイフで丁寧に開く。
手紙を読み終えると、小さく息を吐き机の上に置いた手紙を眺め何かを考えているようだった。
「如何でしょうか?」
「単刀直入に申しましょう。このお話は無かったものにして頂きたく思います」
「理由をお聞かせ願えますか?」
「アレス・ローバン殿。貴方様は、パメラの魔法をご存知ですかな?」
光魔法のことを言っているのだろうな。
このゲームの設定では、光魔法を使えるのはパメラだけだ。
俺自身、光魔法を試したことはあるが、似たようなものだけで光魔法とは言えるものじゃなかった。
だから、パメラはそういう点では特別な存在といえる。
「光系統の魔法が使えるということですか? それが何か?」
「あの子の存在は非常に稀なものです。公爵家として彼女の力が必要なのであれば、私も反対するつもりはございません」
「なるほど……つまり、当主の予定のない私には分不相応というわけですか?」
「端的に申し上げれば……」
多くの話やゲームでは貴族の婚姻は政略的なことも多い。
しかし、この世界においてはそれはあまり意味をなしては居ない。ただ、パメラのような稀な人間はそれに当てはまるということか?
ストラーデ子爵はパメラを通じて、自身よりも上の階層爵にアプローチを掛けたいということか?
内装からしても、狙いは自分への見返りというわけか……ロンダリアのようなこともなければ、これと言った罪にも問えないだろう。
「確かに光属性は、魔物に対して有効な魔法です。であるのなら、私のように各地のダンジョンを制する者にとって有効だとは思えませんか?」
「ダンジョンを攻略するなど、私としましては俄に信じがたい話でございます」
攻略者を疑っているのか……父上にもそのことを書くけどいいかと聞かれている。
子爵の口から攻略という言葉が出ている以上、あの手紙を読んでもなお俺では役者不足というわけか……。
それとも、俺の身なりを見て判断している?
「それに、パメラには既に縁談の話が整っているのです」
「え? 縁談の話が整っている?」
パメラからはそんな事一度も聞いたことがない。
裏があるというよりも、単に隠していただけなのか?
だったら、何時からパメラはこの事を隠していたのだろう。
「よろしければお相手を伺っても?」
「それは申し上げられません」
「そう、ですか……しかし、まだ確約したお話ではないのなら、ご検討して貰えないだろうか?」
「お引取りを……」
明確の拒絶。パメラに婚約の話をして、『このままじゃダメかな』あの時そういった意味は、すでに決まっていること知っていたからか?
それならどうして俺に言ってくれない?
俺だけじゃなく、ミーアやメアリにも話していないのは何でだ?
子爵は先に来ている縁談で纏まっているようだった。
予想外の結果に重い足取りで、宿へと戻った。
こんな事になっているなんて予想もしていなかった。なら、パメラはいつかは離れるってことを分かっていたのに……俺といたのか?
何で?
お前の気持ちは本当はどうなんだ?
「おかえりなさい。アレスさん」
パメラは笑顔で俺を出迎えてくれていた。
無理をしているのが見え見えなそんな作り笑いだった。
「無理なのは最初から分かってました」
「俺のせいだな。俺が判断するのが遅かったから」
「それは違う……と思います。だけど、私はアレスさんと一緒にいられて嬉しかったです。楽しかった……」
何でこんなにも上手く行かないんだ?
離れようとすれば、捕まえられ今度はこちらから捕まえようとすれば、こんなにもあっさりと離れてしまうんだ。
こんなにも目の前にいるというのに、俺にはその手を掴むことすら出来ないのか?
「どういうことなのでしょうか?」
「パメラ様。そろそろ話してください。これではアレス様があまりにも……」
「二人共とりあえずパメラを責めるのはやめろ。パメラには俺よりも先に、縁談の話が来ていたんだ。子爵は俺よりも先に来ている方を既に決めている」
「パメラ! 貴方は知っていたのですか?」
「やめろ! ミーア!」
ミーアがパメラの肩を掴み詰め寄っていた。
俺は二人の間に割って入り、ミーアをパメラから引き剥がした。
パメラはそれでもその笑顔を無くすことはなかった。
「分かりました。私のことをお話します」
あまり聞かれたくないらしく、俺達は町の外にある丘へと向かっていた。
パメラは落ち込んでいる様子もなく、なにか吹っ切れた顔をしている。
吹っ切れたではなくて、諦めているのか?
「アレスさん。今まで有難うございました」
「本当にもうだめなのか?」
「無理ですよ。お相手の方は、ベファリス殿下なのですから」
ここにいる誰もが息を呑んだ。
予想していなかった人物だということに……。
その名前は至極当然だけど、現時点においてはありえない。
これも……シナリオのうちだというのか?