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92 幸せな時間は長続きしない

 ミーアのおかげで、俺はようやく先を見ることが出来るような気がしていた。

 この数ヶ月間、あれこれと思い悩んでいたのが、嘘のように晴れやかな気分になっている。


 俺がミーアを好きなこと。ミーアが俺を好きなこと。


 それは乙女ゲームの世界だから、そうなっているものだと決めつけることで、自分の気持ちを隠していた。

 最悪の結末を知っているから、いろんな言い訳をして逃げていただけに過ぎない。


 だけど、俺はもう逃げることは出来ない。


 昨日のことでこれまでの自分を否定し、ミーアと……ミーア達とのこれからを守るために戦うことを決意できた。

 これが、改変されたシナリオ通りだとしても、こうしてミーアが隣りにいてくれるだけで十分に思えた。

 隣で寝ているミーアの寝息に、昨日の出来事が思い返される。

 その唇に思わず引き寄せられそうになるが、寝ている彼女にそんな事はできなかった。


「ミーア。ありがとう」


 ミーアの頭に手を置くと、たったそれだけで沈んでいた気持ちが晴れる気がした。

 頬へと触れるとミーアの体温の温かさが心地よく落ち着いてくる。

 寝息を立てているはずなのに、耳まで赤く染め上げてそんな所も可愛いと思ってしまう。


 ちょっと待てよ? 寝ているのに赤くなる?


「も、もしかして起きているのか?」


「は、はい。おはようございます」


 小さく声を出したミーアは、俺と目が合うと恥ずかしそうに目を伏せていた。

 それでも、腕に触れてくれるのが嬉しかった。

 こういう時間が幸せというのだろうか?


「悪かった。起こしてしまって」


「いえ、構いません。少し嬉しく思っておりましたから」


「そうか、それなら良かった」


 俺がちょっかいを掛けたというのに、それでさえも嬉しいと言われ思わず抱きつきそうになる衝動に駆られる。

 もう一度ミーアの頭を撫でてから、俺は体をゆっくりと起こすと、幸せだった気分は一気に絶望へと変わっていた。

 背筋に悪寒が走り、二人の眼光がギラリと光る。


「アレス様。おはようございます」


「ミーア、抜け駆けはずるい」


 二人の美女は、槍とメイスを持って立っていた。

 声に気づいたミーアは布団で体を隠し、頭を中へ引っ込めた。

 状況としてはあまりよろしくはない。

 もっとも、ここは実家なわけで対応を間違えれば、あの二人、正確には四人に何を言われるのかわからない。

 そればかりか……クーバルさんすら呼ばれかねない。


「待て待て、話し合おうか。夜も遅かったし何もなかった……わけでもないが……」


 何でだよ?

 何もなかったと言った時点で、ミーアは閉ざしていた布団をまくりキッ、と睨んでいるものだから言葉を濁すしか無い。

 確かに何もなかったというのは間違っているが、別にそういう意味で言った訳じゃないんだが?


「アレスさん。言い訳なんか聞きたくは有りません」


 矛先を俺に向け、睨みつけていた。

 大体何で、俺だけが悪いみたいなことになっているんだ?

 先にしかけてきたのはミーアで……なんて言えるはずもなく、ベッドから飛び出し、ちゃんと服をアピールするため両手を広げた。


「パメラ待ってくれ。見てみろ、ちゃんと服着てるから。そんなお前達が思うようなことはしていないから」


「ミーア様。アレス様の仰る通り本当に何もなかったのですか?」


 ミーアは、俯いたまま言葉を発することはなかった。

 けれど、無意識なのか、手は唇を触れて思い出したかのように両手で頬を隠していた。

 それは最早何もなかったというよりも、何があったのかを証明しているに過ぎない。


 メアリの持つメイスからは、ギュっと力強く握られる音がした。

 待て待て、そんな物を人に向けるものじゃないだろ?


「なるほど、アレス様は嘘を付いたというわけですか……」


「見損ないました」


 いやいや、そうじゃない。


 ミーアさんお願いだから、そんな紛らわしい事していないでちゃんと言葉にしてくれ。

 とはいえ、昨日のことを思い出し顔を赤くしているのが分かってしまう。

 ミーアと目が合うと、互いに視線をそらし耳まで赤くなる。


「アレス様?」


 メアリは瞬きもしないで、じっと俺を見ながら近づいて来る。

 彼女の持つメイスに恐怖しながら。

 後ろへと下がるが、どの道ここから逃げ出したとしても、今後この家に帰れることはなくなる。

 そればかりか、せっかくミーアに対して気持ちがはっきりしたと言うのに、そんな事できるはずもない。


「きき、聞いてくれ。えっとその、なんだ。だから、だな……」


「はっきりと申してくださいませ。ミーア様の唇を奪ったと」


 メアリはよくもまあ、あっさりとそんな事が聞けるよな。嫉妬とかはないのか?

 などと感心している場合でもなかった。

 武器が届く範囲まで近づくと、メアリの首が少しだけ傾く。


「いや、はい。その通りです。あー、そうだよ。俺からキスしたよ」


 半ばやけくそ気味に言い放った。ここから飛び出して、誰も居ないところで叫びながらのたうち回りたい気分だった。

 寝る前にもう一度だけ、俺からキスをした。

 思い出しただけで何バカなことをやってしまったのかと恥ずかしくなってくる。


「そうですか。それは良かったですわ」


「え? どういうことだ?」


 今どんな気持ちで……涙を溜めているのか、悲しいとか、悔しい気持ちによるものではないのか?

 それにしてもさっきのメアリは怖かった。

 それなのに、ミーアを見つめる彼女は何故か嬉しそうに見える。


「お前達が怒るのも分かるけど。ミーアは俺にとって特別だけど、それは二人も同じ事だから。順番とかは付けたくはないが、ないがしろにするつもりもない」


 何処かのおっさんが言うように、どうやら俺は完全にスケコマシになってしまったのかもしれない。だけど、俺は三人とも大事にしたいと思っている。

 俺はいいとして、三人は本当にこんなデブでもいいのだろうか?

 ポンと腹を叩くと、フヨフヨと脂肪が揺れ動く。


「つまりだ……パメラやメアリもだな……分かるだろ?」


「アレス様。そのような言い方では駄目です。はっきりと仰ってください」


 頼むミーアこれで許してくれよ。

 結構頑張ったほうなんだけどな……


「アレスさん。どういうことなのですか?」


「だから、大事にしたいと思っている」


 二人に抱きつかれ、その様子をミーアは怒ることもなく、涙を拭いながら笑っていた。

 でも俺には気がかりになっている問題がある。

 ミーアたちの安全の確保と、俺が一人でできる行動範囲の確保。


 俺が強者と戦うことで、ミーアは俺に付いてくるのかもしれないがそれは避けておきたい。

 あんな戦いの最中に、守りながら戦うことはできそうにもない。


「二人共聞いてくれ。昨日ミーアとも話をしたんだが……俺は魔人を討伐する」


「それは本気なのですか? ミーア様はそれで本当によろしいのですか?」


「アレス様ならきっと、そう仰ってくれると思っておりました。私も微力ながらお力に成れればと思います」


「一緒に戦うというのなら、この話は無しだ。お前たちを守りながら戦うことは出来ない。それだけは理解して欲しい」


 そう言ってくれることは嬉しいが、協力は別に一緒に戦うというだけではない。

 俺の考えに納得はできないだろうけど、この状況を打開するには必要なことだ。

 俺がダンジョンを攻略するのに、それなりの時間はどうしてもかかる。

 その間に、ダンジョンの調査や情報収集をしてくれるだけでも役に立つかもしれない。


「そのあたりに関しては、父上も交えて話を進める」


「わかりました」


「わたくしはアレス様に従いますわ」


 強者を倒す前にやらないといけないことが残っているな。


「だけど、けじめとして一つやっておくことがある」


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