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88 気持ち悪いアレス様

 ガドール公爵閣下は一歩後ずさり、いつものようなニヤッとした笑いではなく、その口角は少し引きつっておられた。

 もしや、長旅でお疲れなのかもしれない。いやいや、バセルトン公爵家からここまで来れているのだから、当然お疲れになられているはず。


「長旅は、さぞやお疲れの事でしょう。父上との会談の前に、よろしければ食事の用意をさせますがいかがでしょうか?」


「あ、ああ。そうして頂けるとこちらとしてもありがたい」


「セドラ。公爵閣下と皆様方を食堂にご案内して差し上げなさい。くれぐれも粗相の無い様にお願いします」


「かしこまりました。アレス様」


 公爵閣下をセドラに任せ、私はもう一つの馬車の下へと駆け寄った。

 そのドアを開き、中には美しいご令嬢がやはりお疲れな顔をなさっておられる。

 さすがに、少しお窶れになられているご様子。体だけではなく、心労が溜まっているのかもしれない。


「お久しぶりにございます。ご令嬢の方々」


「「え?」」


 なるほど。公爵閣下だけではなく、何やらこの長旅では色々あったご様子。

 ご令嬢の方々は互いに顔を見合わせお困りな表情なされておられる。


「さ、ミーア嬢。お手をどうぞ」


「あ、アレス様?」


「どうかなされましたか?」


「い、いえ。では……」


 最後の階段でミーア嬢はよろめき、抱き抱えることで大事に至らずに済んだ。

 上手く支えられないとは……。


「大変失礼致しました。お怪我などはされておりませんか?」


「だ、大丈夫ですが。えっと、アレス様なのですよね?」


「はい。ローバン公爵家の次男。アレス・ローバンにございます」


 しかし、ミーア嬢は困ったお顔をされており、私の配慮が至らなかったのでしょう。

 先程も渋々といったご様子で、私の手を取って頂けましたし。

 私もまだ努力が至らないということなのでしょう。


「パメラ嬢とメアルーン嬢も、長旅お疲れ様でございました。ガドール公爵閣下も先に入られております。ご案内いたしますのでこちらへどうぞ」


「メアリさん、あの方はアレスさん? ですよね?」


「はい、アレス様で間違いはないと思いますわ。ですがこれは?」


 おや? 私に何かご不満があるようですね。

 ですか、ご令嬢をご案内せよと、仰せつかっている身。

 不出来な私ですが、ここはご納得して頂かないと。


「大変申し訳ございません。私のような者が相手ではさぞお嫌ではございましょうが、皆様をご案内せよと受けている身。拙い作法で申し訳ございませんが、何卒ご容赦を」


「は、はい」


「アレス様の作法はとても素晴らしいですわ」


「貴方様のような淑女の鏡にそう言って頂けると、感謝の言葉もございません」


 そう言うと、ご理解いただけたのか。お三方は笑顔を返してくれた。

 揃ってため息を付いているようなので、食事よりも体のリラックスが必要かもしれません。

 私は予定されていた部屋へ案内する。


「ささ、どうぞ中へ」


 姉上様から頂いたご指示の下、お三方を湯浴みの間へとお通しする。

 長旅の疲れを癒やし、荒れた肌を手入れするため、我がローバン家の使用人がご令嬢方のために湯浴みの準備は整えていた。


「すごい……というか、一体どうなっているの?」


「分かりません。アレス様のご様子からして、今は私達も大人しく指示に従っていたほうが良いのかもしれません」


「何かございましたでしょうか?」


「私共の為にこのよう物を用意して頂き、誠にありがとうございます」


 さすがメアリ嬢、所作は完璧ですね。

 私も彼女達に恥じないよう、より一層努力に務めることにしましょう。

 奥で控えていた、使用人に合図を送ると一同が軽く礼をしている。


「私は、このまま部屋の外で待機しておりますので、どうぞお寛ぎくださいませ。何かございましたら使用人に何なりとお申し付けください」


 扉が閉まり、私はそのままご令嬢達が浴室へ入られたことを報告に行く。

 使用人たちに指示をして、マッサージにドレスの準備も進めていく。


「いいか、メアリ嬢は今お越しになられているガドール公爵様のご息女。小さな粗相も許されない、他のご令嬢にもだ。いいな!」


「はい、かしこまりました」


 それから慌ただしく動いていると、あっというまに二時間ほどが経ち、ご令嬢型は美しく輝いておられた。

 ご令嬢たちを前に私は言葉を無くしてしまいました。


「如何でしたでしょうか?」


「あ、あの。アレス様。このようなご対応は一体?」


 艶やかなドレスを着こなすご令嬢方は、どなた様も甲乙を付けるのが烏滸がましいほどの麗人になられていた。

 そして、ここにおられるお二人は私の婚約者様。


「申し訳ございません。皆様の美しさに、感激してしまい我を失っておりました」


「御冗談を……ミーア様ならともかく」


「いえいえ、メアリ嬢。何時もお美しいと思っておりました。勿論、ミーア嬢もパメラ嬢も同様にございまます」


 そう言って私は彼女たちの手の甲に順番にキスをする。


「私が着るようなドレスではないと思う。私は婚約者でもないのだし」


「何を仰られますか、このような場所に態々お出でになられたのです。そのような方々におもてなしをするのは至極当然のことにございます。素敵なお姿に今では、綺羅びやかな宝石でさえ、皆様の前では影を落とすことでしょう」


 私の言葉に、ご令嬢たちは訝しげな表情へ変わる。

 つまり、私のような者の世辞など、ご不快だったみたいですね。

 これは何なる失敗なのでしょう。

 今一度、姉上様に世辞の勉強を頂いたほうが良いのかもしれません。


「アレス様? あの、どうかされましたか?」


「おっと、これは失礼しました。自身の未熟さを痛感しておりました。それでは、こちらへどうぞ」


「は、はい」


「なんだか、ちょっと気味が悪い」


「ははっ。これは何とも手厳しい。パメラ嬢には、私の言葉等ご不快だったことでしょう」


 パメラ嬢は慌てて手を振っているご様子。不快な思いをされていないと良いのですが。

 お二方も相変わらず、私を見る目に疑いの気持ちがこもっている。

 本心で、お綺麗だとは思うのですが……どう伝えれば信じてもらえるのでしょうか?


「おっと、大丈夫ですか? パメラ嬢」


「ありがとう、ございます」


 ドレスのサイズがあっていなかったのか、パメラ嬢は階段を踏み外してしまい、転ぶ前に受け止めることが出来ましたが……足を痛められたりはしていないでしょうか?


「失礼」


 そのまま膝に手を回し、抱きかかえて階段を登った所でパメラ嬢をそっと降ろす。


「痛む所などございませんか?」


「いいい、いえ、だだ大丈夫です」


「そうですか。それなら良かったです」


「ああっ!」


「危ない!」


 今度はメアリ嬢が!?

 この階段は何処か悪いのだろうか?


「ご無事ですか?」


「わたくしも上まで運んで頂けるのでしょうか?」


「ええ、構いませんよ。それでは失礼します」


 ミーア嬢はご不快なのか、お一人だけ不機嫌なお顔をされて待っておられる。

 兄上が仰るように、女性のことを私はまだまだ理解が及ばないのでしょう。


「父上。ご令嬢方をお連れしました」


「入っていいよ」


「はっ、失礼いたします」


 私は扉を開け、先にご令嬢方を中へお通しする。

 右手を胸に当て、左手で促し少し頭を下げる。

 先程から皆様のご様子がおかしい、私の一挙一動に笑顔を引きつらせている。

 やはり、私が醜い姿をしているので、きっとそれがお嫌なのだろう。


「うん。皆見違えるように綺麗だね」


「ありがとうございます」


「そんな、綺麗だなんて」


 なるほど、やはり私自身に問題があるようですね。

 父上からのお言葉で、お三方は頬を染めておられる。

 私と比べるとまさに雲泥の差というわけですか……さすが父上です。


「アレスよ。では、そろそろ話を聞かせてもらえるか?」


「はっ。お話とはどのようなことになりますでしょうか?」


 ガドール公爵閣下の下へと行き、膝を付き頭を下げた。

 何度か咳払いをしていた。


「アークよ。これはどうにかならんのか?」


「私ではなくて、アトラスの仕業だよ」


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