表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/152

87 訓練の成果

「わかり……ません。申し訳ございません」


 少し後ろに下がり、手を付き、額を床に擦り付けた。

 まだ死にたくない……今の兄上ならやりかねない。


「彼女の名前は、イリーシャ。アトラスの奥さんだよ?」


「ああ……そう言えば結婚式にちょっとだけ」


 確かあれは二年ぐらい前の話だった。

 順調にダンジョンにも慣れて、三階層を目指していた辺りだったと思う。

 たまたま屋敷へ戻ると、二日後には兄上の結婚式だったため、当然ダンジョンへ向かうこともできずに、足止めをされたっけか。

 兄上の結婚式には勿論参加した。


「ちょっとだけ?」


 取り立てて、俺がいる必要はなかったのと、当たり前の話だったが、俺の婚約者であるミーアが出席していたため。

 禄に挨拶もしないで、スキを見計らってダンジョンに向かったのを思い出した。

 今思えば何とも薄情な……そういえば、この頃から屋敷での風当たりがきつくなったような?

 そもそも、兄上が結婚していたことすら忘れていたとはね。


「アレス。君は何処まで僕を怒らせれば気が済むのかな?」


「あ、兄上。お、おま、お待ち下さい。結婚式といえばかれこれ二年前の話。それから一度もお会いしていないのに、覚えているなんて不可能ですよ」


「会って居ないだって?」


 そう言うと、兄上と姉上は席を立ち、ヒュッと音が聞こえると両肩には抜かれた剣が、俺の首を狙っていた。

 俺はまたとんでもない爆弾を投下していたようだ。


 ダンジョンを攻略してから数日は屋敷で過ごしていたし、もちろん家族全員で食事もした。攻略者としてのお祝いもあり、そうなると当然、兄上の妻であればいるのはほぼ確定。

 つまり、結婚式から会っていないというのは、ありえない話になってくる。

 あの頃の俺は周りを見ていなかったから……姉上の存在も最近になるまですっかりと忘れていた。

 そんな俺だから、父上や兄上が怒るのも頷ける。


「本当に、困りましたわね。どうしましょうかしら」


 そういうのなら困っている感を出しましょうか。嬉しそうな笑顔で何を言っているのだ?

 こんな事になっているこっちの身にもなって欲しいものだ。

 何処からどう見ても、この二人は似た者夫婦のようだけど……どうすればこの状況から?

 謝り続けていれば、許してくれるだろうか? 


「そうだね。フィールに特訓をして貰っていたようだし。錆びついた剣を研ぎ直すのはどうかな?」


「あら、それはとても楽しそうね」


 剣を鞘に戻したので、ホッとしている間もなく、俺は二人に腕を捕まれ、それを知ってか父上が窓を開けて、俺の体は窓の外へと放り投げられた。

 俺は当然のように空中で静止する。窓からは二つの影が飛び出し、二人は、俺を見て笑いながら手招きをしていた。


「ちょっと……錆びついた剣って、もしかしなくても俺のことを言っているのか?」


「アレス。いつまでそうしているつもりなのかな?」


 見ている分には楽しいのか、父上の声は少しいつもとは違うように感じた。

 いや、それとも半分ぐらいは怒っているのかもしれないな……


「父上。た、助けてください」


「そうだね。私としては兄弟喧嘩をして欲しくはないからね」


「で、ですよね」


 なんだかんだ言って父親だから、俺達の諍いなんて見たくもないのだろう。

 俺にも非が、髪の先ほどあるのは認めるが、謝っても許してくれないあの二人が悪い。


「提案なんだけどね。アトラスにこのまま付き合うか、これから来る三人のご令嬢に今のことを話す。君はどっちが良いのかな?」


「え? ミーア達に?」


「ミーアは知っていることだろうけど、他の二人はどうなのかな? アトラスの結婚式のことも、ミーアを放ったらかしにしてダンジョンに行ったこともバレるけど。それでも良いのかな?」


 ミーアにも当時のことを追求されるだろうし、他の二人も黙ってなんかいないだろう。

 今怒られるか、後でみっちりと怒られるかの違いで、父上も俺が彼女たちを悪く思われたくないことに気がついているようだった。

 あの三人の結束は固く。

 そんなことにでもなれば、何時終わるのか分からない地獄の日々が容易に想像できる。


 俺は父上に頼るのを諦めて、ゆっくりと降下して行った。

 あの三人に知られると、本当に何を言われるかわからない。

 そして、それは今の俺にとってはかなりのダメージになり得る。


「わかったよ、兄上こそ。俺を馬鹿にし過ぎだってことを思い知らせてやる」


 シールドを展開し、俺は剣を振るうが当然かすりもしない。しかし、二人の攻撃は何度もシールドが弾いてくれる。

 いくら姉上に鍛えられたとはいえ、剣だけであれば姉上に勝てるはずもない。

 そして、ローバン家は元々剣術に秀でた家系であり、兄上は現当主すら超えている。

 

 そんな兄上の奥さんである、イリーシャさんの攻撃も結構えげつない。

 実力としては、姉上と良い勝負になるのかもしれないな。だから、俺程度の実力では、二人の剣に対抗できるはずはない。

 シールドがなければ文字通りのボコボコにされていたことだろう。


 俺たちの攻撃はどちらも当たらない。


 兄上たちが俺のシールドを打ち破るか、俺が二人を叩きのめす。

 このどちらかで決着は付く。


「これだと、訓練にならないね」


「そのようですわね。我が弟ながら、このような無粋な真似は見過ごせませんね」


 何をしてくるのかと身構えていると、気が済んだ二人は、ようやく剣を収めてくれた。

 ふう、やっと諦めてくれた……。

 シールドを前にして、手が出せないと判断したのだろう。最初から分かっていたはずなのに、兄上も懲りない人だ。


「明日から、午前中は剣の訓練ですよ。アレス君」


「え? い、いや。休養って、さっき」


「大丈夫だよ。夜になれば休むこともできる」


 そもそも大丈夫の定義がおかしい。

 兄上の訓練なんて地獄でしか無い。そんな事になれば、休養ではなくて療養になってしまう。


「な、何だこれは……」


「あら? おはよう、アレス君」


 朝になり、俺はなにかの違和感を感じて飛び起きていた。

 朝日がまだ見えない薄暗い中。俺に声をかけているのは、イリーシャさん。


「お、おはようございます」


「はい。では、早速訓練を開始しましょう」


 ベッドには、服が投げつけられ今すぐに着替えろということらしい。

 俺は無視をしてはだけた布団を戻して潜り込む。

 こんな朝早くから何が訓練だよ。だいたい、俺には剣術を覚える必要がもうないだろう?


「あらあら、何をしているのですか?」


 そんなのんびりとして声が聞こえると、腹部に強烈な痛みが走る。

 体にのしかかる重量からどうやら、ベッドにダイブをしたようだ……この鋭い痛みは、肘か?

 剣でもそうだけど、やることがえげつない。寝ている相手に肘鉄を浴びせるとか正気じゃない。


「何を……俺はそもそも怪我人で、肩だってそれなりに痛いんですよ」


「大丈夫ですわ。動いていればそんなの気になりませんから」

 

 しかし、俺の意見なんて通るはずもなく、代わりにとんでもない事をサラッと言ってのける。

 兄上と同じ思考回路をしているわけじゃないよね?

 それから毎日、ガドール公爵が来るまで俺はみっちり二人に剣の訓練を言い渡された。


 朝の五時に叩き起こされ、何十周と走らされ、その後は延々と剣の素振りを強要され、少しでも型がズレていると木の棒で叩かれた。

 試合ではシールドの使用も禁止され、何度も何度も心が砕けるまで剣術に突き合わされた。

 二人に一つだけ言いたい、笑顔で殴るのは止めて、色んな意味で怖いから……。


 そんな数日が過ぎ、屋敷の前にはバセルトン公爵家の馬車が到着した。


「ガドール・バセルトン公爵閣下。お待ちしておりました。我がローバン家にようこそおいで下さいました。私は、公爵閣下の案内役として任されました。アレス・ローバンです」


「は?」


 皆様が、キョトンをした顔をなされておられる。

 私の行動に何かおかしな点でもあったのでしょうか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ