84 アレスは三人に弱い
馬車に揺られ、俺達は会話のない時間が過ぎていた。
窓の外を見ると、民が行路の雪を取り除いていた。
彼等は、俺達の馬車を見かけると、頭を下げる者、手伝いをしている子供たちは手を振っていた。
今できることは、ダンジョンを攻略することだけ。
俺の行動は、彼等の生活に何か役に立てているのだろうか?
こんな所までわざわざ来てくれたこの三人には心配ばかりかけているな。
ここに来るだけでも大変だったはずだ……。
「今回は本当にすまなかった」
そう口に出しても、誰も何も言わなかった。
不思議に思い視線を戻すと、ミーアはまっすぐ俺を見ていた。
メアリもパメラもただ、見ているだけだった。
俺は直視できず床へと逃げた。
「それは、何についてでしょうか?」
メアリの口からは何処か冷たさを感じる。
他の二人も、俺が謝ったことで少しだけ瞼が下がり、空虚な眼差しへと変わっていく。
「は? い、いや、ええっと」
「アレスさん。今のは、何に対しての謝罪だったのですか?」
「それは……だな」
俺なんかのためにこんな所まで来て、心配をかせさせたからか?
俺は何に対して謝りたいのだろうか?
皆には迷惑を掛けている気がして言葉が出た。
「差し出がましいことを申し上げますが」
「メアリ?」
「アレス様は、あの侍女二人とただならぬご関係に? そういうことでございますか?」
考えていたのはこの三人に心配や迷惑をかけたこと。しかし、想像もしていない事を言われ、俺の思考が完全に停止した。
「お答えできないのですか?」
メアリはこの期に及んで何をトンデモ発言しているんだよ。俺がそんな事するはずは……もしかして、姉上は余計なことを言ったということなのか?
二人の視線が一気に変わり、険しいものへと変わっていた。
「ちがっ、何でそんな話に……俺は別に、何もしていない」
姉上からは夜伽とか言われたが、勿論丁重に断った。
そもそもあの二人は、俺に対して結構塩対応だったぞ?
話しかけようにもすすっと居なくなってたし……お礼は結局受け入れて貰えないわで散々だったんだけどな。
「わたくしは何か出来る立場ではございませんでしたので、使用人の真似事をさせて頂いておりました」
「そうだったのか、いろいろとありがとうな」
そういや目が覚めた時から、メアリだけはメイド服を来ていたな。
アレはアレで中々に似合っていたけど。
いやいや、今はそんな話じゃないよな。これ以上余計なことを言って、怒らせるのはまずい気がする。
「なんでも、あのお二人はアレス様に命懸けで助けて頂いたと。それはそれは、何度も言っておりましたので、ああ、これは何かあるなと、わたくし……いえ、わたくしたちはそう思うのですが?」
「無いから! 全く何も……ないからな」
助けたら恋に落ちるとか、どんなハーレムゲームだよ。
いや、パメラやメアリも似たようなものか……?
まともに話をしたって記憶がないのですが? それなのに何でメアリにはそんな事を言うんだよ。新手の嫌がらせなのか?
「アレス様がそう仰るのであれば……」
「ミーア様。お話はこれだけではないのですわ」
まだ何かあるというのか?
正直この手の話題はそろそろ終わって欲しいのだけど。
「フィールお姉様から、夜伽にどうだとお誘いもあったとか。これは事実でしょうか?」
「アレスさん……まさか!?」
「アレス様。どうかお答えください」
ミーア、その笑顔がすごく怖い。さっきまでそんな顔をしてなかったよね?
メアリさん、もしかしなくても結構怒ってます?
そもそも姉上がただの冗談を言っただけだから……だいたい俺のようなデブが、なんでこんな事になっているんだ? おかしくないか?
「待て待て、そんな冗談は言われたが、俺は断ったぞ! 本当なんだよ!」
馬車の中は重い空気で満たされていた。
メアリは目を伏せ、ミーアは、身に付けているであろうあの指輪を服越しに握り締め、パメラは見るからに怒っているご様子。
それを何で姉上は言ってしまうんだよ。絶対に揉め事にしかならないことを分かって……言ったんだろうな。
「アレスさん……」
「アレス様」
「本当だ、信じてくれ。俺は本当に何もしていないんだ! 信じてくれよ! なぁ、頼むよ」
あれ? なんだろう。
これって俺の浮気がバレたことみたいになってない?
『本当だ』とか『信じてくれ』だなんて常套句にしか聞こえん。
今思えば、どっかのおっさんが、俺のことをスケコマシとか言ってたよな?
いやいや、断じて違うぞ。
しかし、何もしていないのは事実だから、どう言えばいいんだ?
「それは良かったです」
「はぁ!?」
「冗談ということも存じております。アレス様のお心があちらの方にへと傾いて居ないことが安心できたのでホッとしましたわ」
お、おう。メアリさん怖い。知っていたのに何であえて聞くんだよ。
こっちの心臓にすごく悪いんだけど!!
俺は、背中はズルズルと滑り、大きく息を吐き「よかった」と、ついでてしまった。
そんな俺を見て、クスクスと笑っている。
「な、なんだよ。何でそんなに嬉しそうなんだよ」
「いえ、安心しただけです。最初にお勤めを果たすのは私ですから」
お勤めって……いや、ここで否定しようものなら余計なトラブルになりそうだな。
分かってて言ったのなら、俺を誂うことで、機嫌が治ったのか?
各々いつもの表情へと変わっている。何で笑っているのかについては、俺には何も教えて貰えず、三人だけは何か分かっているようだった。
バセルトン公爵家に辿り着くと、必要もないのにバトルアクスを持って待ち構えていた。
あのさ、そこの窓からだと俺達のことが分かるのだろうけどよ。
周りの景色を見てからにしてくれないか?
ガドール公爵は、このクソ寒いのにも関わらず、薄着でまたあの場所に立っている。
「よく戻ったな!」
「ええ、おかげさまで。姉上は無事ですよ」
「そうかそうか。お前ならやってくれると思ったぞ! ならばっ!」
おっさんが……いや、ガドール公爵はそのまま飛び降りて、ニヤッと口角を上げて歯を見せてくる。
毎回思うのだけど、一々そういう登場をしないと気がすまないのか?
俺たちを出迎えるにしても、その斧は何のために持ってきているんだ? パフォーマンスにしては酷いぞ。どうせなら雪で滑ってくれたら良いものを……。
「よく帰ってきたな。メアルーン」
「は、はい。お父様」
お父様と呼ばれて嬉しいのか、ニカッと歯を見せている。そう言えば、養子になったんだっけか。とはいえ、こんなおっさんの娘がメアリというのもいまいちピンとこない。
バセルトン公爵家。
ここはハルトだけじゃなくて、メアリの実家になっている。
メアリを俺の婚約者にまでしやがって、きっと迷惑していたんじゃないのか?
そう言えば、ハルトが言っていたけど、弟がこの爵位を継ぐということになっているだったな。
このおっさんみたいなやつだと……はっきり言って会いたくはないな。
「この度は、私の我儘を聞いて頂きありがとうございます」
深々と頭を下げているメアリの頭を、ゴツゴツとしてそうな手で撫でていた。
メアリの我儘は……聞くだけ無意味だよな。
教えてくれる気がしない。ある程度の察しはつくが、合っているというわけでもない。
「お前たちも、無事で何よりだ」
「バセルトン公爵様。誠に有難うございました」
「有難うございました」
俺の無事は心配しないんだな。
ガドール公爵は、メアリたちの肩に手を置き屋敷の中へと入っていく。
何とも腹立たしいおっさんだ。
「どうした、アレス。すぐに食事の用意をさせる」
「おおっ。ありがとうございます」