83 姉との別れ
大きく動かすだけで激しい痛みが走る。
「完全に治ったというわけじゃないんだな」
右手で肩を抑え顔が歪んでしまう。あまりの痛みに目眩を感じて、ベッドへと倒れ込んだ。
ミーアが駆け寄り、左肩に手を置き暖かな光りに包まれていく。
「回復をしますね。私の力では、やはり無理なのでしょうか?」
回復魔法は暖かくて気持ちがいい……だが、全く厄介なものだ。
しかし、左肩の奥には何かが残っているような、鈍い痛みが残っている。
ミーアの魔法のおかげで痛みは引いてきたが……動かすと結局同じだった。この違和感……というよりも、完全に何かの異物を感じる。
魔法を使おうとしても、その異物が邪魔をするかのように痛みを感じる。
だけど、完全に使えなくなるわけでもないのか……。
「さてと、上手く行けばいいんだがな」
激痛に耐えながらも、魔力糸を操作していく。
「アレス様! どうされましたか?」
「ミーア。そのまま続けてくれ、何があってもそのまま魔法を維持してくれ」
魔力糸をこの嫌な感じがする物を、体内の魔力で包み込む。
それを掴み取り、外へと引き出していく、異物が少し動くだけで激しい痛みが伴う。
「ぐっ。いいから、続けろ!」
その痛みで意識さえ飛びそうになるが、ミーアの回復魔法のおかげか何とかギリギリの所で持ちこたえれた。
メアリは後ろから俺の体を支えるように、抱きしめてくれている。
「はぁはぁ。何かがここに入っている……強引に取り出すから……ぐっ。ミーアはそのまま回復を続けろ!」
「はい。分かりました」
「行くぞ!」
肩の肉が盛り上がり、そのまま無理やり引っ張り出す!
ベッドの上とミーアの服の袖にも跳ねた血が染みていた。
けれど、ミーアは懸命に治癒を続けゆっくりと傷口がふさがっていく。
取り出した物は魔力で包んだままにしているが、まるでうにのように無数の棘のついた小さな欠片。最後のあの攻撃はこれだったのか……それに姉上が言っていた呪い。
最後の最後にこんな置き土産をよこしやがって……今のところ問題はなさそうだが、消えていないことを考えるとまともなものじゃないよな。
「アレス。何だ、それは?」
「そのような物が肩に?」
「みたいだな。今は俺の魔力で圧縮しているから。これで肩の痛みはなくなった。ありがとうミーア」
肩の痛みはある程度収まり、我慢をすれば今でも少し動かす程度なら問題無さそうだ。
最後の最後まで本当に厄介にやつだ。
だけど、これも俺の油断が招いたことか……あの時包まれた光に呆然としていたことで、こんな攻撃を食らう羽目になるとは。
「いえ、ですがその欠片は一体?」
「置き土産なんだろう」
アイツを切り刻んだことで、油断をしていた。苦戦を強いられ、かろうじて優位になった。だから、俺に油断が生まれてしまった。
シールドもない状態で棒立ちをしていたのだからな。
たまたま肩だったが、これが頭ならその時点で俺は……死んでいただろう。
俺は、自分が強いと思い上がっていた。ダンジョンを攻略しボスですらまともにやり合っていないのだから。
最初はアイツは強いはずがないと、ここはゲームの世界じゃないことを、それなりに理解はしていたのに結局はこのざまか。
強者の強さはまさに文字通りになっているということか?
アイツの棘は抜き取れば塵になった。それだと言うのにこれはまだ残っている。
「考えられるのは二つだな。呪いによる死か俺が食われアイツになるか。どっちにしろ、最悪だ」
これがベルフェゴルの本体?
だとするのなら……どうやってこれを?
「皆心配かけて悪かった。浅はかだったのを痛感した」
「でもご無事で良かったです」
「ミーア。少し待っててくれ。姉上、俺が持っていた剣はあるか?」
「ああ。別の部屋にある」
「分かった、何処だ?」
砕くにも、これを制御しながらドゥームブレイドを具現化出来る気がしない。
何もないのかもしれないが、何かがあってからでは遅い。
ここには俺だけでなく皆が居るのだから。
「ダインスレイブ。コイツならどうだ?」
欠片を斬るとスッと塵となって消えて無くなった。欠片が無くなったことで皆の顔が安堵している。
左手に持つダインスレイブをじっと見ていた。黒い刀身の片刃剣で背には炎のゆらめきを象っているようだ。これはこれで、十分面白い武器だ。
問題なのは、使用者のHPを奪うということだけど……試してみるしか無いよな。
「それにしても……この武器」
心をくすぐられるいい武器だよな。
一方、ドゥームブレイドはただ漆黒の真っ直ぐの両刃の剣。
具現化したことで、皆は一斉に距離をとった。
何をそんなに慌てているんだ?
「ど、どうした、アレス。まだ何かあるのか?」
「どうもしないけど。いや、かっこいいかなって。ほら、どうだ?」
二つの剣でかっこ良くポーズをとってみせたのだが、全員が壁に背を当てて逃げていた。
逃げることはないだろ?
ミーアたちですら、俺から距離を取っている。そんなにダメなのか?
そういうのは……ちょっとぐらい期待をしてなかったわけじゃないが、そこまで嫌がられるとも思わなかった。
「何をするのかと思えば、いいからその禍々しいのをしまいなさい」
そういうと、三人とも揃って首を縦に振る。侍女の二人も同じ様に何度も頷く。おかしい、ハルトがいれば分かってくれるのだろうか?
ダインスレイブは性能はともかくとして、見た目はかっこいいと思う。禍々しい辺りが。
それよりも、皆が怖がるのはこのドゥームブレイドなんだよな……具現化を解いただけで、胸をなでおろしていた。
「できればその剣は見たくはないですね」
「ええ、そのとおりですわね」
「アレス様。お体は平気なのですか?
散々な言われようだよな。
何がそんなにダメなんだよ。
それにしても、このダインスレイブ……そして、あの時聞こえた声。あの人は何を期待しているんだろうな?
『失われた武器は全部で六本ある』
それなら知っている。
これがダインスレイブであるのなら、後五本は同じような強者が持っていることぐらい。
だけど、失われた武器なんて言われるような代物じゃなかった。
『それを集めてどうかあの人を救って欲しい』
ベルフェゴルは本来ミーカトのみに出現する。それがこんな所にいるのだから、他の五本の場所も違う所にあるのだろう……それをどうやって集めろと? 出来るわけ無いだろう?
俺にはできそうにもないよな。
そんな事を言えばこの三人が黙ってはいない。
「アレス様?」
肩の怪我のこともあって、俺たちはそのまま療養を余儀なくされたのだが……姉上がやたらと唆すものだから、三人からのアプローチにより安心できる時間がない。
食事は朝昼晩と代わる代わる俺に食べせてくる。
ベッドに横になる時は、膝枕をされていたり、挙句の果てには風呂さえ入ってこようとする。
夜になれば……俺は、先に結界を張ってから寝袋で寝るようにしていた。
そんな生活が三日過ぎた。
「アレス、いつでも遊びに来ていいからね」
「うん。姉上も元気で」
レフリアたちは王都に居るため、このまま王都へ向かうことになった。
バセルトン公爵には、姉上から報告をしてくれるらしいが……とはいえ、俺たちが行かないと何を言われるかわからないしな。まあ、なんとかなるだろう。
そう言えば結局、ダンジョンを攻略できていないけど、大丈夫なのか?
強者がいないだけ、まだマシと思うしか無いよな。
「お世話になりました、お姉様」
「えっと、お姉様もお元気で」
「うん、昔は弟も可愛かったけど、今は妹達のほうが可愛いわね。皆、馬鹿な子だけどよろしくね」
間違ってはいないとは思うけど、一言余計だと思う。
義兄さんが用意してくれた馬車へ乗り込む。
そして、三人から向けられる目から逃げるように外を眺めていた。
何か企んでいたりしないか?




