80 危険な特訓
次の日から早朝に叩き起こされ、剣術の訓練が始まる。
雪が降るので、この辺りには当たり前のように室内訓練場が設けられている。
姉さんは長剣の二刀流。片手剣ならともかく何であんなのを二つ扱えるのか?
あの怪力だからできる芸当なんだろうな。
「うわっ」
「ちっ、外したか」
持っていた剣を投げてくるなんて何を考えているんだよ。
しかも外したことで、舌打ちするとか……当てるつもりだったの?
「ほらほら、どうしたの? この程度軽く捌きなさい」
「くっ、無茶ばっかり言って。こっちは剣一つなんだぞ!」
「何言ってるのよ、アトラスなら軽くこなすわよ? 一度も勝ったこと無いし。アトラスに手紙送るわよ?」
「ひ、卑怯な……」
あの剣バカ兄貴と一緒にするなよ!
兄上の呼び出しを止めることは出来たのだが。やっぱり、父上の娘だけあって剣術の腕前はすごい。
とはいえ、子供の頃はもう少し可愛げがあった、と思うのに……。
いや、振り回されていたからあまり変わってもいないか。今は生き生きとした顔をして、俺を容赦なくぶん殴ってくれる。
「今、余計なことを考えていなかった?」
「そんなことはないですよ。ただ、じゃじゃ馬が、暴れ馬になっただけだろ?」
「は?」
「あ……」
笑顔を見せた姉上は、目が開くと俺はその殺気にたじろぐ……。
「ごめんね、アレス。お姉ちゃんちょっとだけ耳がおかしかったみたいなの。だからもう一回言ってくれるかしら?」
「あ、いや……」
「馬って言うのは聞こえたの。何だっけ?」
「そんな事言ってないです。言ってません」
「そっか……言葉通りに、暴れ馬になればいいのよね?」
「あ、姉上」
「しねぇぇぇええ!!」
先ほどとは違い手加減は一切なく、二本の剣による連撃を繰り出してくる。長剣を片手で軽々と振り回す。
離れようにも、父上たちと同じように加速をして一気に距離を詰めてくる。
それだけじゃなく、態とスキを見せて誘い込んだりもしている。
「やばっ!」
左右にシールドを展開し耐える。そんな事をお構いなしに連撃の手を休めようとはしない。
スキを見つけたと同時に、攻撃が繰り出される。つまり、姉上はそれも狙いだったのだろう。
あの剣を捌きながら、攻撃に移るなんて無理というか絶望でしか無い。
俺の剣の師匠と言うか先生はセドラなわけで、父上からは一度も教えて貰ったことがない。
そのため剣の質その物が、俺と比べることがおかしい。
父上が俺に剣を教えなかったのは、魔法を使って勝ったから。
だから、俺には敢えて何も教えなかったのだと思う。
「そうやって魔法に頼らないの。剣だけに集中しなさい、そこ!」
いやいや、今の当たっていたら洒落にならないよ?
兄上は剣だけで父上を十二歳の頃に圧倒したらしいが……姉さんのこれに勝てるのか。
もしかして、兄上呼んだほうが早くない?
攻撃だけで考えたら優秀だけど、この二人を守りつつアイツと戦うなんて無理な話だよな。
当たらなければいい話だけど、あれを回避するには防ぎきれる物じゃない。俺の防御壁を貫くなんて、普通の剣だと簡単に折られるだろう。
足にでも当たればそこまでだ……。
「魔法に頼るな!」
「げっ、あぶなっ。少しは手加減してくれよ」
何度もシールドで攻撃を弾き返していた。
その数だけ、俺は姉上に対して攻撃を許していることになる。
魔法を使うなと言われても聞ける話ではない。
「わかった、俺が悪かったから、じゃじゃ馬なんて言ってごめん」
「あらあら、ごめんなさいねー。なんせ暴れ馬な姉なもので」
やばい、相当怒っている。
ちょっと待て、今の攻撃は何なんだ? 連撃の回転早くなっていないか?
今すぐにご機嫌を取らないと、この後何をされるか……。
「俺が悪かったよ。綺麗な姉を持てて嬉しいですよ」
「小賢しいわよ。そんな手に引っかかるとでも?」
その程度のお世辞を言った所で、姉上の機嫌は収まることもなく、一度言った暴言は元に戻らないのだと初めて思い知らされた。
こてんぱんに打ちのめされ、ようやく剣術の訓練が終わった。
「ひどい……」
「それはどっちがなの?」
「俺ですね。美人のお姉ちゃんは何も悪くないです」
そう言うと、今度は嬉しそうに頭を撫でてくる。
なるほど、この手はまだ使えるんだな。
魔法を使えばどうとでもなるが、剣のみだと姉上に勝てる気がしない。
まあ、それもそのはずなんだけどな……明日は確実に両腕の大木と自慢のワンパックが悲鳴を上げるだろう。
剣術の訓練、魔法の練習と、姉さんと訓練を開始して一週間の時間が過ぎた。
そこまで剣術は上達はしなかったが、筋肉痛も収まり体の方も調子が戻っている。
夕食の制限がなくて助かった。こんな事をしていたら確実に痩せていたぞ。
「ドゥームブレイド」
「何回見ても禍々しいわね」
禍々しい? 失礼なかっこよくないか? 漆黒の剣だぞ?
このロマンが分からないとは、男が女の子の何かに付けて可愛いというのが分からないと一緒か。
左手にも魔力を込めて、更に剣をもう一つ追加する。想像以上に魔力消費の負担がきつい。
二刀流なんて絶対に戦えない。
「維持するだけで精一杯だな。ふぅぅ」
振り回すどころか、気を抜くだけで具現化が消えそうだ。
けどこれぐらいの時間だと、奴を倒すのは不可能に近い。
こんな物、本当に慣れるなんて可能なのか?
それとも、剣で魔物を倒さないと熟練値は上がらないという仕様なのか?
「だはっ。もう無理」
「はいはい、お疲れさま。少し休憩にしましょう」
仮定が正しいのなら別のダンジョンに行って、実践を積んでから挑んだほうがいいのかもしれないな。
休憩用に用意されたお茶を飲んでいると、あのメイドさんは何処かで見たような?
「姉上、さっきのメイドってさ、ダンジョンで付き添っていた人?」
「リッツだよ、もしかして分からなかったの?」
「そんなわけ……ないだろ。ちゃんとお礼も言えてなかったからさ」
姉上は、俺の顔を覗き込み「ふーん」と、言って疑いの目をしていた。
当てずっぽうだったけど、何も言わないよりはマシだったと思う……多分。
「倒れていた子よ、私を庇ってね。あの時は救ってくれて有難うね」
「元気そうで良かったよ。雰囲気はぜんぜん違うから、分からなかったよ」
「なぁに? 夜伽に欲しいの?」
ほんと何言っているんだよ。飲んでいた紅茶で噎せてしまう。
弟を前にそんな事を進めないで欲しいし、そういう事をするつもりはない。
そんな俺を見て何を嬉しそうに笑っているんだか……。
今はアイツとの対決が優先だ。
ドゥームブレイドの運用実験をするために、別のダンジョンへ行き、できるだけ剣で魔物たちを討伐して回った。
効率だけで考えると、討伐の数は少なかったが、剣の扱いは以前と比べて良くなった気がしていた。
それでも、姉上にまだ勝てないけど。魔法がないとこんなにも不便だと思わなかった。
俺が初めて敗北したあの日から三週間近く経とうとしていた。
「さてと、準備は万端。アイツがまだいればの話だけどな」
「あのダンジョンは六階層は確認しているわ。もしその魔物を倒して、可能であれば、攻略もお願い。でもこれだけは約束して。必ず帰ってきなさい、アレス」
そう言って姉上は俺を優しく抱きしめてくれた。
この前もそうだったけど、昔からこうしてくれたっけ。
アイツが危険なのは分かったが、本番を前に自分の力量が図れてよかったとは思う。
「ああ。危なくなったらまた逃げてくる」
「ええ」
さて、リベンジと行こうか!
ダンジョンへ入ると、魔物たちの数はあの頃よりも確実に増えている。
今は立ち入りを禁止しているので、冒険者も入ってはいない。
ロンダリアのように、ただ立ち入り禁止にしているわけでなく、冒険者達に通告を出している。
こいつらならいつも通りに倒していくか……。
「ここにはいないか。四階層にいたよな。はいはい邪魔」
魔物が変わっていないということは、アイツはまだここにいる。