78 再会
目を覚ました俺は、見慣れない部屋を見渡していた。
俺は確か……ルフさん達と一緒に街に逃げていたはず。
「ここは……何処だ?」
確かルフさんが街があるって……俺の家とあまり変わらないような?
何処からどう見ても、宿屋というよりも貴族の屋敷の部屋にしか見えない。
「この辺りの領主? いや、冒険者というのだからそんなことはないと思うのだけど?」
体も痛くはないし、肩も動く。もしかして、回復魔法を使ってくれたのか?
それにしても、ここは貴族の屋敷と思うのが普通で、内装からして当たり前だな。
少し腹が減ったな。
収納に入れてある果物を取り出して、ナイフを使って皮を向いていく。
魔力糸にも問題はないし、以前のようなことにもなっていない。
「まあまあ、美味いな。体は平気みたいだし。さてと、一体ここはどこなんだ?」
窓から見える町並みも見たことはない。当然か、まともに分かるとしたらアルライトと王都ぐらいなものだ。
それにしても、一面真っ白だな。雪が無ければ、町並みを確認できたのだろうけど。
窓を開けると、部屋の中に冷気が入り込んてくる。
「さっぶ。こんなに積もっているのは初めて見たな」
少しだけ雪を眺めていたが、寒さに耐えられないので窓を締めて暖炉へと向かう。
俺の周りにも、火球を作り出して冷えた室内も温めていく。
「気がついた? 何をしているのですか?」
声の方へと向くと、着飾った様子からしてここの婦人なのだろう。
ルフさん達の要請を受けて、俺を助けてくれたんだな。
バセルトン公爵家からの依頼ということもあって、俺を放り出すということも出来ないか。
「ええっと……助けて頂きありがとうございます。私は、アレス・ローバンです。ローバン公爵家次男です。大変申し訳無いのですが、お名前を教えて頂いてもよろしいですか?」
俺がそう言うと、ご婦人は持っていた扇子をギリギリと握りしめ、扇子からは「パキパキ」と音を立てていた。今ので怒らせる要素があったのか?
とりあえずよく分からないけど。絶対に怒られる。
「俺は何か失礼なことを言いましたでしょうか?」
そう言うと、婦人は大きなため息をついていた。もう一度俺の顔を見て再度ため息をつく。
そんな事では幸せが逃げますよ……
「お前は本当に酷い奴になったものだ」
「その声は、ルフさんですか。良かった無事に戻れたみたいで……てか、酷い奴になった?」
ルフさんは膝を付き、深くお辞儀をしている。
流石にそこまでして貰うわけにもいかず、立って欲しいと言うが、一蹴されてしまった。
「アレス・ローバン様。この度は私共を助けて頂き、誠にありがとうございました。私はフィール・グルムセイド。グリムセイド子爵の妻でございます」
「グリムセイド?」
聞いたことは……ないのは当たり前か?
それにして、ルフさんから感じるこの重圧は一体何なんだ?
さっきから怒られるという気がずっとしている。ミーアが怒った時とは違って……言いくるめることも出来ないようなそんな印象を受ける。
「我がグルムセイド家は、貴方様がご回復するまで、何なりとどうぞご自由にお使いください」
「いや、大丈夫ですよ。回復魔法も使ってくれたみたいですし、腕もこの通りです」
そう言って、体を大きく動かしていると、バキッ、という音が聞こえ。
ルフさんの両手には、折られた扇子を持っている。
ええっと……なんで?
「はぁあ」
「あ、あのぅ、ルフさん? いや、フィールさん?」
「アレス、そこに座りなさい」
「え? は、はい」
すごく怒っているし……俺何をしたと言うんだ?
それにベッドの上じゃなくて、床に座らされた。病み上がりと恩人に対してこの仕打は酷すぎるだろ。
さっきまで深々とお礼していたのにだよ?
というか、普通に考えてだ。何で俺はその言葉に何の疑いもなく従ったんだ?
「助けてくれたのは嬉しいし、感謝もしている。あんな事までしてくれたのだから、些細な言動は見逃すつもりだった」
「あの、その……」
そんなに抱きつかれると胸がですね。近いんですけど!
振りほどこうにも目の前にあるものが邪魔で、腕を掴むが抵抗されて更に近づいてくる。
「アレス。貴方が無事で良かった」
「ありがとうございます。とりあえず離れてください」
「おや、目が覚めたのかい?」
「ええ、アナタ。今ちょっと抱きしめていたところよ」
いやいやいや、旦那の前で何やっているんですか?
何で旦那さんも止めない。
目の前でこんな事になっているんだぞ? でも俺から望んだことじゃないので、そこは考慮してください。
「私は、ルブルドだ。アレス君は学生なんだし、積もる話もあるだろう。ゆっくりしていってくれ。それじゃ、失礼するよ」
「ありがとうございます。じゃなくて、これはその事故のようなものでして」
行ってしまった……この状況を見てお咎めなしって、普通に考えておかしいだろ?
この人もだ、なんで自分の旦那がいるのに全く気にしていないんだ?
てか、そろそろ。いい加減離してくれないのかこの人は……
「あのそろそろ離してくれませんか?」
「ねぇ、アレス。こうしていると懐かしいわね」
「あの……今がわからないのですが? 昨日初めてお会いしましたよね? それとも誰かと間違えていませんか?」
離れたと思ったら、今度は両頬をつねられている。
手を離したと思ったら、ぶたれ、またつねられている。
上下だったりと結構痛いんですけど……。
「いふぁいでふ」
「ほっっっとうに嫌な子に成長したわね。もういいわ」
やっと手を離してくれたので、抓られていた頬を擦りさっきとは打って変わって、優しい笑顔をしていた。
「そうよね、前に出会ったのはアトラスの結婚式だっけ」
「兄上の結婚式……ああ、その時にお会いしていたんですね」
「わかった、もういいわ。おかえり、アレス。私の可愛い弟」
その時俺の体に衝撃が走った。
あのブラコンバカ姉貴が、すっごい美人に変貌していたのだ。
しかも冒険者だったあれは……この人と本当に同一人物なのだろうか?
今は綺麗に着飾り、お礼を言っていた時はまさに淑女そのもの。
一方、昨日の格好は女らしさの欠片もない佇まいで、言葉も乱暴で蛮族と言っても問題なかった。
「あ、あの。聞き間違いだったりします? 特に弟って辺りが」
俺は渾身のビンタを食らった。
「百回ぐらい頭を、殴れば思い出せるかしら? 大体、初等部を飛び級したと思ったら、ダンジョンに篭ってばかりで、何時戻っても居ないし。それに、私の結婚式にもダンジョンにいるから連絡の取りようもなかったわよね。仕方なく放ったらかしで、出てきたと思えば、今度はダンジョン攻略者になっているのに、やたらと太ってて憎たらしいわね。それにさっきのダンジョンでも、私をちゃんと見てもいなかったでしょ?」
何も言い返せない。
会ってなかったから、そもそも姉上って居たの? ってレベルで忘れていた。そんな事を言えば、死ぬ。悟られても、死ぬ。
死亡フラグなのか?
「い、いやあれは……俺が悪いとは思うけど」
「けど? けどって何?」
「いえ、その節は大変ご迷惑を掛けました」
「分かればいいのよ。全く、しょうがない子ね」
今度は軽く、コツンと叩かれ、許してくれたことに少し嬉しかった。
姉上だったのか……不思議な感じがしていたのはそのせいだったのか。
「遅くなってごめん。ただいま、姉上」
「おかえり。アレス、あまり無茶をしたらダメよ」
ここでようやく抱きしめ返すことが出来た。
しかし、俺は忘れていた。
姉上の腕力は普通の人ではないことを……それは、幼少の時と比べて当然成長をしているということに。
「ぎゃゃゃぁああ」
「あらあら、アレス。私と会えて嬉しいのね」