65 断罪
ロンダリア伯爵は、苦痛に顔を歪ませ怒りを表すために床を激しく叩いた。
その様子をルーヴィア子爵もまた神妙な面持ちで見ている。
「双方、その言葉に偽りはないというのだな?」
「勿論でございます。閣下」
「私は目の前で何も出来なかったことが悔しくてなりません」
「そうか……ならば、直接聞くしか無いな。ローバン公爵に!」
ガドールの声と同時に、執務室の扉が勢いよく蹴破られ。
行動と裏腹に、アークは笑顔を見せたまま部屋の中へと入ってきた。
彼の後ろからは、バセルトンの兵士が十数人一緒にやってくる。アークの周りには四人程の兵士によって囲まれている。
突然の来訪に、ロンダリア伯爵の顔色が変わる。
それもそのはず、彼はアークがここに来ているなど露知らず、アークはここに居る誰よりも現状を知っていた。
「今し方、私の息子がこの辺りの街を破壊し、誘拐にまで及んだと言っていたようだけど?」
怒りに任せるかのように、隣りにいた兵士の剣を瞬時に抜き取り、投げられた剣は奥の壁に突き刺さる。
カドールは、こうなることは予想していたが……誰があれを直すのかと、気の抜けた顔をして剣が突き刺さった壁を見ていた。
ローバン公爵家当主がここにいるとは、想像すらできなかった二人には、何度もアークの姿を確認していた。
ガドールの指示によって、アークは兵士によって取り囲まれ、前へと進ませないようにしていたが、アークにとってそれはあまりにも無意味だった。
ここに居る二人は重要参考人。そのため、殺すわけにもいかない。
「ローバン卿。私の娘も殺されたことをお忘れなきよう」
「おっと、すまない。メアルーン嬢の殺害か……それで?」
兵士はアークの方を掴み静止を促す。
ニコッと見せるその笑顔の裏にある殺気。掴んでいた肩から手を離していた。
ガドールが手を挙げると、囲んでいた兵士は後ろへ待機する。
ああなってしまった以上、あれはもうどうしようもないと思い、場合によっては余計な犠牲者にもなりかねないと悟ってのことだった。
「そのような発言は控えてもらいたい。これは大問題ですぞ。ローバン卿!」
「確かに大問題だね……はぁー」
アークはわざとらしくため息をつき、彼等の馬鹿さ加減に額に指先を当てていた。
バセルトン公爵家に来て、ガドールに打ち明けた以上、もう引き下がることは出来ない。
彼らはまだ、僅かな希望にすがっていた。自分たちが用意した冒険者たちにが全ての任務を遂行してくれることに。
「私の息子。アレスが、街を破壊し二人を誘拐した……と。それは事実なんだね?」
「は、はい。そのとおりにございます」
「ロンダリア伯爵家のご息女も殺害したと?」
「そのとおりだ」
後に引けない二人は、アークの言葉を否定することは出来なかった。
アークは堂々たる二人に、笑いを堪えきれず大きな声で笑っていた。
「いや、すまない……あまりにもおかしな話だったのでね」
「何を悠長な……現実を受け止めてください」
「二人にいいことを教えてあげるよ……」
そう言ってアークは、壁に突き刺さった剣を取り、誰の目にも止まらない速さで二人の頬を少しだけ斬った。
「あの子が本気で街を破壊したとするのなら……目撃できるものは誰も居ないよ。ロンダリア令嬢を殺害したのは誰が見たというのかな?」
「それは近くに居た侍女にございます」
ガドールはアークの肩を掴み、静止させていた。
自分の息子が、犯罪者にされようとして、普段の彼からは想像できないほどに憤怒している。
だが、アークの外見からそれを判断するのは難しい。
昔から知っているからこそ、今の状態がどれだけ危険なのかを理解していた。
「捕らえろ!」
ガドールは席を立ちそう言うと、取り囲んだ兵士はルーヴィア子爵と、ロンダリア伯爵を取り押さえ縄をかけていく。
「何をしている? 捕らえるのはローバン卿だ」
「は、離せ」
「観念するんだな。タシムドリアンには俺の息子ハルトとレフリア嬢が、お前達の計画を阻止すべく、現地で待機しておる」
「なっ……馬鹿な。貴様、謀ったのか」
「あの子の事を、どう判断していたのかは知らないけど。身なりは仕方がないとして、少々馬鹿にし過ぎではないのかね?」
ロンダリアを見つめる目は冷徹であり、取り押さえられたロンダリアの顔を蹴り飛ばした。前歯は折れ数本床に転がった。
ガドールはやはりなと……抑えることは出来ないと思い、深く椅子に腰を下ろした。
「アーク。頼むから殺すなよ」
その言葉がアークに届けばと……願うばかりだった。
「あの子は優しい。そんな子が、お前のようなゴミの娘だとしても、絶対にそんなことはしないよ。少しひねくれたところもあるが、困っている人がいれば手を差し伸べ、自分を犠牲にしてでも助けようとする。困難なことだとしても決して諦めず、立ち向かう勇気のある。私達の自慢の息子だよ」
「ひ、ひぃ……」
アークの凄まじい殺気により、誰もが動けずに居た。
ゆっくりと上げた足は、確実にロンダリアの頭を狙っている。
アークが踏み込んだ床には、ヒビが入った。
しかし、ロンダリアは踏みつけられることもなく、代わりに壁に打ち付けられた。その衝撃により意識を失っていた。
黒装束を身にまとったソフィによって、先に壁に投げつけられていたからだ。
「アナタ、だめよ。あんなのでも重要な証人だからね」
「ありがとう、ソフィ。また君に助けられたね」
「私だってこんな事……あんなのを助けるような真似は、したくはなかったわ。私だって殺していいのなら殺したいぐらいよ」
「許してくれソフィ。勿論分かっているよ」
ガドールや兵士たちはホッとしたのも束の間だった。
二人は抱き合い、付き合いたての恋人が互いの頬をこすり合わせるような、甘ったるい空間が出来上がっていた。
「頼むから、イチャつくんならほかへ行け」
アークがこの地にやってきてすぐに、ガドールに親書を送り、その後ルーヴィアとロンダリアの両屋敷へと忍び込み、情報を集めていたのはアレスの母であるソフィだった。
彼女は表立つアークの裏で隠密としていつも暗躍してきた。
「このような結果になるとは……だが、もう遅い」
「どういうことかな?」
「どの道ダンジョンは暴走し、あの辺り一帯は壊滅する」
ルーヴィアは不敵に笑う。
自分の事よりもここにいる者をあざ笑っていた。ガドールは二人を止め、ルーヴィアを見下ろしていた。
ルーヴィアを掴み、顔をあげさせる。
「どういうことだ?」
「ミケント、ベセリーアのダンジョンなら、多分終わっている頃だと思うよ。暴走することはないだろうね」
「ふふっ、ふはははは。それだけではない、ダンジョンならもう一つある。だが其処は我々ですら対処できなかった。ベーオヘウスとは比べ物にならない。上位アンデッドが蔓延るダンジョンだ」
ベーオヘウスダンジョン。
ゲームにも登場するダンジョンであり、ゾンビやスケルトンと言ったアンデッドが出現する。
アークもそのダンジョンのことは勿論知っており、上位種ともなれば、魔物の討伐は数多くの冒険者で対処するしか無い。非常に稀なダンジョンのことである。
そして、アレスに教えた箇所に、入っているのは確実だった。
「他にはないんだね。無いんだな?」
「ふっ、息子がそんなに心配か? あのような出来そこないには、お似合いの墓場だ」
冷静さを欠いた、アークの言動ほくそ笑み。
あの時現れたアレスのことを思い出していた。
アレスの怒りは、今の自分と何も変わっていない。それなのに、屋敷を少しだけ破壊した程度でおさめている。息子の成長に少しだけ、怒りよりも嬉しさがこみ上げていた。
「もう何十人と、あのダンジョンに冒険者達は食われたのだ。あと一月さえも持たんだろう。ふはは、死ね、死ね、はっはは」
ガドールがルーヴィアを殴りうるさく笑うのを止めさせた。
今の話が本当だったら、アレス一人だけでどうにかなるものかと考えるのが普通だった。
「上位アンデッドだと? そのような物が放置されていたとはな。直ちに冒険者達を集結させろ」
「アナタ……あの子は、アレスは強い子です、ここに居る誰よりも……アーク、そうでしょ?」
「そうだね」
「何時だってそう、自分がやっていることの異常さをまるで理解していない。それを見てきた親である私達が、誰よりもあの子のことを知っている」
「そうだね。ソフィの言うとおりだ。アレスなら、何も心配はいらない。むしろ、何で心配なんてしたのだろうね」
ガドールは、アーク達の言葉に腕を組み顔をしかめて、疑うように二人を見ていた。
それもそのはず、上級アンデッドがいるダンジョンに一人で立ち向かうなんて到底考えられない。
この二人の強さは知っている。だが、他でもないこの二人が息子であるアレスのその強さを認めている。
親馬鹿というのもあるが、学生になったばかりの者に務まるはずもないと、そう思わざるを得ない。
「ガドール。心配してくれるのは嬉しいのだけどね。集結させ向かわせるまでは良い。一週間だけでいい、あの子に任せて貰えないだろうか?」
「一週間……それでもし暴走すれば被害は甚大だぞ?」
「こちらも増援の手配はしておくよ。アレスはこういう事に置いては、誰よりも信用ができるよ」
「ええ」
「お前らな……」
さっきまで怒り狂っていた二人は、脇目も振らずいちゃつき始めていた。
そんな二人を見て頭が痛いガドールだったが、ダンジョン攻略者であるアレスに期待をしたのも事実。
「だが、お前達は本当にそれで良いのか? そんなダンジョンなら下手をすれば百人は投入していてもおかしくはない」
「アレスにとってね、ダンジョンは遊び場のような物だよ。わずか十二でダンジョンへ毎日通い、半年も経つと寝泊まりを始めるような子だよ」
「よくお前がそんな事を許したな。私兵とはいえ、随分とまた面倒な相手をさせていたのだな」
その言葉に二人は顔を見合わせ、キョトンとした顔でガドールを見ていた。
「いや、一人だよ。今のあの子の状態を考えれば、察してくれると思ったのだけど」
何をふざけたことをと思ったが、普段どおりに話すアークを見て、腹を痛め命懸けで産んだ我が子に対して、ソフィさえも平然としていた。
二人は本当にアレスを信用し、この大問題を問題にすらしていていなかった。
ガドールは力なく、遠くの天井を見ていた。
急に馬鹿馬鹿しくなったのだ。上位アンデッドだけでも厄介だと言うのに、ここに居る夫婦は我が子の事を全く心配すらしていないのだから。
そしてその子供も、規格外でダンジョンを遊び場にするような子供なんて、居てたまるものかと……。
「お前達は、あいつに常識という物を教えなかったのか?」
「初等部を飛び級するぐらいに、ちゃんと教えていると思うけど。それで話を戻すけど」
「お、おう」
急に話を戻そうとしたので、慌てて椅子に座り直しアークと向き合う。
地図を広げ、そこには何枚かのメモも添えられている。
「アレスに頼んだのはこの三つ。あの子のことだから街に近いこの二つを先に制圧しているだろう」
「なら、ここがあいつの言っていたダンジョンというわけだな?」
街の近くにあるダンジョンの詳細には、アンデッドではないため残されたもう一つに絞られる。
ダンジョンの攻略は容易ではない。何年も掛け魔物を減らし、冒険者達のおかげで地図が、ゆっくりと作られていく。
いくら攻略者とはいえ、最下層にすら到達していないダンジョンを、何故制圧したと言い切るのかに疑問を覚えていた。
「今は恐らくこの二つのダンジョンは攻略しているだろうね」
「お前達は何故そこまで言い切れる? 親バカにも程が過ぎるとは思わないのか? ダンジョン攻略者なんて、どういう存在なのかを知っているのか?」
「君の言いたい事も分からなくもない。だけどね、あの子の強さは尋常な言葉では推し量れない。そんなあの子だからこそ、一人でいるという状況の方が楽なのだよ。こちらにも被害が出ないからね」
「お前が言うには、冒険者を向かわせたとして、足手まといにしかならないと?」
「平たく言えばね。攻略しなかったとしても、ダンジョンに見張りぐらいなら良いとは思うよ」
お腹が空けば帰ってくる。何時だってそう、屋敷に戻ってきたのは収納していた食べ物が無くなったときだけ。
思い出すように二人は笑っていた。
厨房の食料をこれでもかと詰め込み、寝て起きたらもう居なかったことなんて何度もあった。
「分かった、ただし一週間だけだ。これからタシムドリアンへ向かう」
「今更あそこには何があるのですか?」
「レフリア嬢の身辺整理を行う」
「そういうことか……私達も同行して帰る準備をしよう」
「はい、アナタ」