62 指輪はそこじゃないと駄目ですか?
メアリは一体何でここに?
こいつとの出会いを考えていくと、色々とおかしな点が見えてくる。
なぜ一人であんな所に?
なぜダンジョンに行けと父親に言われた?
なぜ……魔物とまともに戦えないのに三階層に居たのか?
考えていても解決することではないだろう。
俺にすがり、街に帰りたいとどうして思わなかった?
一体何から逃げようとしている?
「アレス……様」
寝言でも俺のことを……何で?
俺一人ならともかく、メアリはこのまま来るというのならまだ三日はここにいることになるだろう。
その間に少しでも、話してくれるといいんだけどな。
一晩ゆっくりと出来たのか、俺が起きると既に朝食は準備されている。
彼女の目元は、少し赤くなっていたが何も聞かなかった。
のんびりと過ごしていることも出来ないので、メアリは俺の後ろを付いてくるように言い聞かせ、できるだけ魔物を倒しつつ最下層を目指していく。
ただ歩くだけとは言え、ほぼ休み無くひたすら歩く。ダンジョンという緊張もあって、メアリは疲労が溜まりやすいみたいだ。
あの様子からして、肉体的はもちろんだが精神的な疲労によるものだろうな。
メアリは疲れ果ててしまい、休憩のたびに足を止めたことに対して謝罪をしている。
その程度のことは気にするまでもないが、何も出来ないことと、俺に付いて来たことを後悔しているのかもしれない。
できるだけ気を使わせないように心掛けても、メアリ自身のことだから俺がどうこうできるものでもない。
昨日はあんな事になって、しかもダンジョンで寝るなんて思いもよらなかったことだろう。
ちゃんとした所でゆっくりと休みたいよな。
それから二日が過ぎ、ようやく八階層まで降りると、ボスの扉を発見した。
このダンジョンが思っていたより狭くてよかった。階段が早く見つかったのも大きい。
俺としてはこれ以上あんなのが続くと精神が崩壊する。
あの日からというもの、別々で寝ることは絶対に認められなかったし、かなり距離も近くなっている気がする。
「ここでようやく終わりか」
俺は扉を開けると同時に、バーストロンドを何発も打ち込む。
中からは、何かの雄叫びのようなものが聞こえてくるものの、既に塵化をしていたため何が居たのかすらわからない。
完全にいつもの感覚は取り戻せていた。
メアリは、それをただ見ているだけで、俺と一緒に居たことで慣れているのだろうな。
ここまで来て、ノーリアクションというのもなんだかな……。
「これがダンジョンのコア、なのですか?」
「どれも似たようなものだったぞ。不用意に触るなよ、ダンジョンが魔物だというのならって話を知っているか?」
コアを見つつぐるぐる回りながら観察をしていた。
台座に浮かぶコアは、見た目からしてはただの光るガラス玉程度にしか見えない。
「聞いたことはあります。実際見てみないとわからないものですわね」
「その過程だというのなら、それは魔物の心臓と一緒というわけだ。だから触るなってことだ」
「なるほど、そういうことなのですね」
だからって、俺を盾にする必要はないだろう。
この場合、メアリも強化されるのかわからないが……俺でも分からなかったし本当に微々たるものなんだろうな。
「それを壊せば地上へと返される。そして、ダンジョンは消滅する。怖いのなら俺の服をしっかりと掴んでいろ」
「はい。よろこんで!」
なんでここで居酒屋のノリなんだ?
メアリはいつものように俺の服を、掴むのを感じると氷の大剣を作り出し、コアを両断する。 切り裂かれたコアは粉々に砕け散り、壁から光が溢れ出していく。
その光へと包まれると俺たちは外へと出される。
しかし、雨が降っていたため、俺は慌てて大きな木の下へと避難した。
「こうなるのだけど。生憎の天気だな」
「あの、このような物が落ちておりましたわ」
「指輪か?」
差し出された物は指輪で、ダイヤモンドのような宝石が嵌め込まれていた。
何かの装備品ということか?
鑑定とかそういう便利なものでもあればいいのだが……全く分からん。
こういう物は必要ないし、メアリが拾ったのだからこれはメアリの物でいいだろう。
「もしかしたら、ダンジョンの遺物かもな。最初にメアリが手にしたのだから、これはメアリのだ」
「遺物ですか? 私は何もしておりません……ですので、アレス様がお持ちください」
「気にするな。これから街で暮らすのならこれを売ってもいい。とにかくメアリが持っていろ」
メアリは首を横に振り、その指輪を俺に握らせてくる。
全く強情なやつだよ……宝石の一つでもあれば、今後の生活の役に立つかもしれないというのに。
「分かった、俺が貰おう」
「はい」
「それじゃこれは、メアリにやる。俺の言うことは聞いてくれるんだろ?」
「またそのようなことを……ですが、アレス様がわたくしに贈り物としていただけるのでしたら」
「ああ、ならそれでいいさ」
返せとも言わないから好きにしてくれ。日本でもここでも、女の人は宝石好きだよな。
学生でもイヤリングを付けている生徒もそれなりにいたな。
彼女もそんな一人で、嬉しそうにその指輪を眺めている。
「大事にします」
「自分の物を大事にするのは良いんじゃないか」
「くっ!」
俺をキッと睨みつけられるが何が問題だったと言うんだ。
でも再び指輪を見つめる彼女は少しだけ嬉しそうにも見える。
そして、何故かそれを彼女は左手の薬指に嵌め、ぴったりと合っているのがかなり嬉しいようだ。
そういう意味がこの世界にはないと思いたいところだ。
これは、あくまでも落ちていた物をメアリが拾い、それを俺に押し付けてきた。だから、建前としての贈り物なだけで……問題にはならないよな?
「あの、こんな事言うのは恥ずかしいのですが……」
なら聞くなよと声を出したいところだが、メアリの仕草からしてそれを言うのはきっとダメなんだろうな。
左手を軽く握り、胸に手を置くが……どう見てもその指輪を俺に見せているように見える。
「何がだ?」
「ううっ、似合っていますか?」
「まあな、キレイなお前なら、着飾ればもっと似合うだろうな」
そう言って頭に手を置くと、俺の手に右手を添えてきた。
何がそんなに嬉しいのだか……。
さて、このまま次の場所に向かうか、メアリを街に返すか……どう考えても確実に後者だ。
次の場所は、全くの手付かずの所だ。どれだけの危険があるのか分からない状態で、戦うことの出来ないメアリを、連れて行くほうがどうかしている。
「メアリ。次の所はかなり危険な場所の可能性がある。お前を一時的に匿ってくれる所に案内する。それですら嫌だというのならここでお別れだ」
「そんな……ですが、わたくしが足手まといなのは事実ですわね。アレス様のお言葉に従います。ですが、そのダンジョンが終われば、わたくしの所に戻ってきてくれますか?」
「どの道一度は、そこに戻らないといけないからな。心配するな、しばらくすればまた会えるだろう」
「はい。お待ちしておりますわ。アレス様」
「悪いけど。体に触れるが構わないか?」
そう言うとメアリはぎゅっと目を閉じ、なぜか少しだけ上向きになっている。
そんな彼女を抱きかかえ、ドリアンの屋敷に向かって飛んでいく。
彼女はようやく目を開けると、驚いたのか俺にしがみついた。いきなり空だとさすがに怖いか。
「レフリア! 丁度いい所にいるな。この人の事少し匿ってやってくれ。なんか訳ありみたいでさ」
「は、え? なんで? ど、どういうことなのよ!」
「そうだ、ベセリーアとミケントのダンジョンは攻略したって伝えてくれ。それじゃ頼んだぞ!」
「あ、コラ! 待ちなさい……あんの馬鹿、どういうつもりなのよ」
「レフリア様……」
「メアルーン様……なぜ貴方様が……?」