61 様々な既視感
とりあえず、俺達は軽く腹拵えを済ませ奥へと進んでいく。
彼女は俺の後ろを付いてきている。今はまだ帰るにしても、いろいろと、整理がついていないのだろう。
魔物との戦闘に不安なのか、持っているメイスを両手でしっかりと握っていた。
それにしてもメイスか……回復魔法が使えると思ってしまう先入観は何なんだろうな?
あたりを見渡している所からかなり緊張をしているが……それも当然か、今さっきまで死ぬような思いをしていたのだから。
そういや俺も、初めてダンジョンで寝ようとした時は怯えてたっけ。ダンジョンを攻略する上で、絶対に必要なことだしな……同じスケールで考える内容でもないな。
「アレス様。先程からおかしいですわ」
「何が?」
「魔物が居ないですわ。これはもしかして何かの前触れでしょうか?」
「ああ、うん。そうだね」
魔物ならもう十分倒しています。
四階層を探しているのだが……ここはまだ索敵が使えるからこれが普通なんだけど。
彼奴等と同じようなことを言っている。だとするのなら……やっぱり説明するしか無いんだよな。
「ほら、少し思い出してくれ。アンタを助けた時に俺の姿は見えなかっただろ?」
「むっ……そうですわね!」
今度は急に怒り出したのだが……あれか?
お嬢様育ちだからわがまま系なのか?
そんなふうには見えなかったけど、少しだけ俺に慣れているということか?
「魔物の場所が特定できる、そんな魔法を使っている。だから、こうやって魔法を遠くから飛ばして倒しているんだよ」
「そのような魔法があっただなんて知りませんでしたわ」
知っていたら皆使っていただろうけど、あの父上ですら習得は出来なかったし魔法による発想が違うからだと思う。
父上みたいに、魔法じゃなくて剣重視には到底無理なのも分かる。
「あのような魔法……一瞬で魔物が塵化になるようなもの、属性は何になるのでしょうか?」
「風だよ。エアスラッシュ、知らないのか?」
「それは知っておりますが……」
メアリはエアスラッシュを壁に当てる。見た目通りに威力は低く、ここの魔物でも数発は必要になるだろう。
球体を作り出すという時点で、少し違う魔法にも見えるのだろう。
「俺のはこんなのだ。見たほうが早い、あの先に魔物がいるから行ってみるか」
肌の赤いゴブリンが三体ほど居た。コイツ嫌いなんだよな。
女であれば見境ないし、ミーアを舐め回した罪は重い。
風球を作り出し、投げつける所までかなりゆっくりと見せてやる。
風球から繰り出される斬撃によって、ゴブリンたちは切り刻まれ塵となって消える。
「な、これで分かっただろ?」
「あの、分かっただろと言われましても。アレス様の魔法は、完全に別の魔法としか、言いようがないように思いますわ」
やはり理解して貰えなかった。本当に元はエアスラッシュなんだぞ?
レフリアも俺の頭がおかしいのが分かったとか、散々に言われたしな。
ハルトも別に格好いいとかそういうのもなかったし、魔法で語れる相手は一生現れない気がしてきた。
「アレス様は、普段からこのようなことをしているのですか?」
「まあ、それなりに? 今回のことは想定外だったけど」
スォークランに来なかったらと思うと、この辺りは一体どうなっていたことか。
今は、父上も兄上もいるしあっちは問題ないだろう。というか、気にするだけ無駄。
もう一つのダンジョンが気がかりだけど、彼女に無理をさせる訳にもいかないよな。それとも、結界に放り込んで攻略した場合同じ様に戻ってこれたりするのだろうか?
結界の効果からして、最悪の場合を考えると論外だな。
「ここで四階層だな……」
「先に進まれないのですか?」
メアリはこの先がどうなっているのかはわからないだろうな。
この先に行けば、魔物たちの数はここの比ではない。
「メアリ、ここから先は想像以上に危険な場所になる」
「はい」
「俺が言ったように、俺の指示には絶対に従ってもらう。それはいいよな?」
「はい。もちろん、承知しておりますわ」
メアリのメイスを手に取り、収納の中に収める。
つけている胸当ても外させできるだけ身軽にしておく。これだと体力の消耗は少しでも抑えられるだろう。
「心配なのは分かるが、大丈夫だ。俺がお前を守ってやるし、一瞬たりとも魔物に触らせることもさせないから安心しろ」
「は、はい」
階段を降りていくと、案の定……大量に魔物たちが待ち構えている。
メアリにシールドを張り、両手を突き出して、双方に向けてバーストロンドを放つ。
爆裂から、少し時間を置いてもう一度撃ち込んでいく。
「いまの……は? これが、あのアレス・ローバン?」
この場所は角ということもあって、この二つのどちらかに進むが……もう少し減らしたほうがいいよな?
今バーストロンドを使ったとしても、効率がどれぐらいのものかがわからない。
あの数だったから、索敵を使えばあの目眩のようなものが出てくるだろう。
それをメアリが見ればそれはそれで面倒になりかねない。
「メアリ。今は索敵が使えない。俺の服の裾を掴んだまま付いてきてくれるか?」
「はは、はい!」
かなり緊張しているな。
メアリにはシールドがあるから、ここの魔物ならあれは無理だろうな。ある程度倒さないと、索敵が使えないというのはつらいな。
「アレス様! 後ろから」
「あいよっ! 助かるよ、メアリ」
「い、いえ」
あ、とっさに体に触ったからな……これぐらいは許してもらうしか無い。
通路の分岐があればバーストロンドを打ち出し、メアリには後ろを確認してもらいつつゆっくりと進んでいく。
「あ、ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。少し疲れたか?」
これ以上は負担になりそうだな……索敵を展開し、袋小路の場所を見つけることが出来た。
これだけ倒してもまだこんなにいるのかよ。バーストロンドを放つと此処から先には魔物は居ないだろうな。
階段がなくてホッとするとは思わなかったが、ここでならまあいいだろう。
「メアリ? おい、大丈夫なのか?
「はあはあ。大丈夫ですわ」
さすがに精神的にここは辛いか……一瞬とは言えあの数を一度は目にしている。それでいて俺は後方の確認をさせていた。
恐怖の中ずっと俺の後ろにいただけでも、疲労の蓄積が大きいだろうな。
「今日はそろそろ休もうか」
土壁を作り出し、中にコテージを設置する。彼女を先に入れてから結界を張った。
それであのときのように結界の説明をすることとなる。
これって何回繰り返せばいいんだ?
「あの、アレス様。そ、その……」
「コテージは初めてか? 外のことなら大丈夫だからゆっくり休むと良い」
寝室の扉を開け、未だにメンテナンスをしていないことを思い出した。ベッドはピッタリとくっついていて、それを見たメアリは顔を真赤にしていた。
「これはだな、ラカトリアの学生なんだけど、たまたま宿がなくて女の子が三人居て俺達は隣で寝てたから。疚しい事なんて何もないから」
「私、初めてですので!」
「安心しろそんなことはないから!!」
何がとはあえて聞きもしないが……この世界の貞操観念が崩れていく。
初めてあった男とそういう関係になってもいいというのか?
だとしてもだ……。
しないし、襲わないし。後が怖いからに決まっているだろ!!
俺みたいな人畜無害に対して、その発言は失礼だとは思わないのか?
ミーアのことが例えなかったとしても、初めてであった女性を助けて致すという事はありえない。
「そんな不安そうな顔をするな。本当に何もしない。不安だったら、俺はコテージの外で寝るから」
「そのようなこと……まだ一人になるのは怖いので、お側にいてください」
言いたいことは分からなくもないけどさ……でも、これってバレたら絶対に駄目なパターン。 メアリとは数日だけの話だし、これが終わってちゃんとメンテナンスすればバレないよな。
これは浮気ではなく人助けなんだ。疚しい気持ちもないけど、大丈夫か?
「わかった。とりあえずご飯食べて寝るか」
「料理が必要でしたら言ってください。出来る範囲でがんばりますわ」
幾つかの食材を並べ、メアリは手際よく調理を開始していた。
いい匂いが立ち込めてくると、腹の虫が騒ぎ出しメアリは手を当てて笑っていた。
食事を終え、メアリはしきりに俺のことばかり聞いてくる。
好きな食べ物の話だったり、幼少の頃の話しだったりとつまらない話だったが、笑顔をみせてくれる分には元気になったのだろう。
腹も膨れれば多少の悩みもなくなるか。
「アレス様。そこに居られますか?」
「ああ、居るよ」
灯りを消すと深い闇へと変わる。それでも、壁には小さな明かりもあるので完全な暗闇というわけじゃない。
シーツが擦れる音が聞こえると、俺の顔に彼女の手が当たる。
俺がいるかどうかを確認したかったのだろう。
「ごめんなさい。その……」
「わかった。これでいいか?」
「ありがとうございます」
「何があったのかはわからないが、過去が変えられないのなら、これからを変えていけばいいだろ? お前はまだこうして生きているんだ。ここのダンジョンを攻略するまでに、ちゃんと考えておけよ」
「これからのことをですか?」
「これからのことだ」
彼女の手を握り、俺の手を確かめるかのように両手でしっかりと握られていた。
眠りに付くのを確認して、目を閉じた。
そんな事を偉そうに……お前はこれからどうするつもりなんだろうな?