55 馬は大切にしよう
「そんな事……ありえないじゃない」
レフリアがそういうのも最もだ。
だけど……この二人からすればその程度でしか無い。
「どうやらまだ寝ているようだね」
「レフリア。あまり口を出さないほうがいい……死ぬぞ」
ニコニコと笑う二人を前に、余計なことを言えば本当にどうなるか分かったものじゃない。
まさに善人の皮を被った極悪人でしかない。
「なにを、考えているのかな?」
「い、いえ……ローバン公爵の関与、時間稼ぎでの隠蔽工作。ロンダリア伯爵からの進言で、バセルトンが出てくる?」
考えがまとまらない……あと何がある?
「父上。アレスには少々難しいようなので。厳罰の引き上げを要請します」
「却下します」
「そうだね。検討しようか」
なんなんだよ……お前ら絶対に黙っていろよ。
はぁ、俺ってこれから何をさせられるんだ?
「いいかい? 最悪を考えるんだ、ダンジョンを放置するということ。そこから繋がるのはアレス・ローバンによる。各町の壊滅」
「確かに……本当に最悪ですね」
「ダンジョンの暴走で、何かを目論んでいたのだろうけど君が現れたことで何かしらの計画が頓挫したのだから、その火の粉は君に降りかかるだろうね」
しかし、あの街を消すことで誰が得をする?
魔物に立ち向かえるのは貴族や冒険者だ。一体何の得が生まれる?
「まさか……な」
「いいよ、言ってごらん」
「暴走こそが証拠の隠滅になるのではと……度重なる重税、その後にあった徴収という強奪。それをダンジョンの暴走で隠蔽させる。兄上が仰った俺が街を壊滅させたというのはこのことですね?」
「うん。正解だ。これからどうすれば分かるかい?」
「今はまだなんとも……」
兄上の手が剣の柄を握っている……俺は二人と違ってこういうことは苦手なんだよ。
だけど、二人の言葉にばそれなりの信憑性も感じてしまう。
「申し訳ございません」
兄上の考えている通りであれば、俺一人だけで済む話にはならないだろう。
あれだけの惨状なら、それほど難しいことではない。
今の俺に何が出来る?
「考えはまとまったかい?」
「いえ、何も……」
「なら仕方がない。君への処罰を遂行して貰うよ」
「まっ、待ってください。仮にお父様がそのようなことに関与していたとしても、アレスが処罰を受けるというのは……」
「大丈夫だよ。あの子、殺そうとしてもすぐには死なないから。君達はここでゆっくりと過ごしてくれているだけでいいからね」
それは一体、どういう意味なんでしょうか?
死ぬ気で何かをさせられるってレベルなの?
二人に関しては、父上がそういうのなら二人の身柄は大丈夫だろう。
そんなことよりも俺はどうなってもいいの?
「二人共、悪かったな。俺の勝手な行動でこんな事に……すまなかった」
「君は何も悪いことなんてしていないよ。僕に出来ることがあれば、アレスの処罰を軽くしてください。お願いします」
「私からもお願いします」
「そう、そこまで言われると僕も折れるしか無いね」
あ、これ絶対に嘘だ。あ……はい、黙ってます。
二人がそういうのを見越しているよ絶対に。
腹黒いのは相変わらず健在なんだな……あ、はい。兄上、剣から手を離しませんか?
「さて、アレス。君の罰は僕が良いと言うまで寝ないこと。良いね?」
「何をさせるつもりですか?」
「君はこの木箱を担いでここまで飛んできたらしいね」
「そうですが?」
「ハルトくんちょっといいかな?」
「はい」
庭へと出ると、父上が用意していたコテージの中に入れられ、そのコテージを移動させるように命じてきた。
そのコテージは俺が持っていたものよりも大きい。
まさか……俺が運ぶのか?
「上手く行けば良いのだけど……」
なんだこれ、俺が持っているコテージなんかよりも何倍も重いぞ。
浮遊魔法をかけコテージの重さを無くすことでようやく持ち上がる。
しかし、予想以上に魔力制御が難しい。
「ハルトくん中はどんな状態だった? 揺れたりとか」
「いえ、そんな事はありませんでした」
「なら決まりだ。アレスは今から一いや二時間だけ寝ていいよ。その後は何をするか分かっているよね?」
俺は頷き、早速自室へと向かった。
俺のより重いということは、それだけ内部が広いということだ。その中に連れて行く人たちを居れ、俺に運ばせるつもりのようだ。
中に人が残っていれば、収納魔法は使えないからな……今思えばこの魔法も不思議な仕様があるよな。
頭は冴えていたが、布団の中に入っているとそれだけで睡魔は一気に襲ってきた。
再び叩き起こされるが、中途半端な眠りだったためかかなり寝起きも悪い。
収納している、水を取り出して喉を潤していく。
「ふぁぁ」
「だらしないわね。少しはしっかりしなさいよ」
分かっていないな。
俺の体を見てまだそんな事を言っているとは……ここはガツンと言ってやる必要があるな。
「よく見てみろ、しっかりしていれば、自慢のワンパックは出来上がっていない」
自分の腹をポヨンしていると、父上に後頭部を捕まれ、ぎりぎりと締め上げていた。
相変わらずの馬鹿力だ。引き剥がそうにも痛みで力は入らないし。
ペシペシと叩いた所で手を離してくれることはないが、加減というものをもう少し考えて欲しい。
「アレス。そういう事はしないって約束だったよね?」
「ご、ごめんなさい。痛い、痛いから!」
「それとも、常習的にやっていたりするのかな?
「そんなことは……」
「処罰はいっそ断食にするべきだったかな」
さらりと恐ろしいことを言わないでもらいたい。
父上が、この体をあまり良く思われていないのは知っているが……そういえば、母上は何処に居るのだろうか?
母上がいれば少しは、助けてくれるのに……。
「準備はいいかい?」
「大丈夫です。着いたら、扉を開けますので」
「分かった。頼んだよ」
え、ナニコレ? 一体何人入っているんだ?
持ち上げるだけでこれだけ魔力の消費とか、父上ならそれぐらい分かっていたはず。これは嫌がらせなのか?
大体もしもの事があったらどうするつもりなんだよ。
どう考えてもこれが最善だなんて思えない。だけど、今行かなければ、ローバン家に多大な迷惑をかけることになる。
制御するな最大出力だ。一気に行って、終わらせたほうが楽だな。
体の周りに魔力を維持させ、それから糸のようにコテージを包んでいく。
魔力糸。俺が勝手に名前をつけた。魔力を糸のように扱い、何かを持ったり投げたりと使うことができる。
「せーのっ!」
何なんだよこれ……重すぎるぞ。魔力糸を使ってもこんなにも重く感じるのかよ!
ゆっくりと、空へ飛び上がり、タシムドリアンに向けて加速度をぐんぐん上げていく。
加減という制御をしているだけ無駄すぎる。そんな事をするよりも、一刻も早く目的地に辿り着くことが優先してしまう。
だから、後先のことを考えている余裕がなかった。
「はぁはぁ」
生まれて始めて、フルパワーを維持したまま最大速度を出すと、歩くことですらままならない状態に陥った。
あのドアを開けない限り無いに居る父上は、辿り着いたことがわからない。
「アレス?」
「随分と早いけど、どうしたんだい? もしかして、もうギブアップなのかな?」
「タシムドリアンの、男爵……」
そこまで言うと、俺は力尽き立っている気力がなかった。
二度とこんなことはやりたくない。
帰り……寝たいぞ。
「やれやれ、僕まだ寝ていいと言っていないのに。困った子だよ」
俺はまた何処かへと引きずられていった。
しかし、かろうじて見えたレフリアは、俺のことを心配する素振りはなく、額に手を置きため息をついているようだった。
俺の足を持っているのは、兄上なのか?
もういいや。寝よ……。