54 久しぶりの我が家は平常運転
俺は何かの夢を見ているような気がしていたが、いきなり両足を捕まれ俯せのままベッドから床に顔面から激突する。そんな事になっているにも関わらず、そのままずるずると廊下へと引きずられていた。
あばれようとするも、掴まれている足首には更に力が込められる。
ベッドから落ちた段階で目が覚めたが、この状況が掴めないでいた。
振り返ろうにも体勢が悪く見ることすら出来なかった。
「な、何だ? 俺の足を掴んでいるのは誰なんだ?」
「ほら、次は階段だよ。ここは、上手く手を使わないと結構痛いかもしれないね」
「アレス。頑張るんだよ」
その声は、父上と兄上? 待て、ちょっと待って、今なんて? 階段?
確かに、この見覚えのある場所からしたら言っている通りこの先は階段になっている。そんな事よりもだ、どうしてこんな事になっているんだ?
先にそっちを説明するべきじゃないのか?
「起きた、起きてるから。手を離してくれ、こんな状態で階段とか無理」
バンバンと床を叩くも、この二人が俺の話をまともに聞いてくれるとは限らない。
だけど、これから何をするのか知っているから、抗議の一つもしたくなる!
「私は……友人を放ったらかしにして、寝ているような子に育てたつもりはないのだけど」
「同感です父上。なんの説明もなしに我が家に招き入れておきながら、当の本人は眠いなどと、我が弟として恥ずかしい限りです」
「それは説明する、ちゃんと起きたら説明するつもりだったんだ」
「「そんなことは聞いてないよ?」」
あ、これ駄目なパターンだ。
階段だったな、上手く手を使って行けばそれほど……無理、あんなの絶対無理。普通考えないよな? 階段を二段ほど降りると、俺は手をつくこともなく、二人は階段を蹴り上げ踊り場までジャンプをしていた。
当然俺の足を掴んだまま、魔法でも使おうとすれば、これ以上に最悪なことが待っている。
抵抗しようとすれば勢いよく走り出し、されるがままようやく父上たちの執務室に辿り着いた。
「さ、着いたよ」
「まだ寝ているのかな?」
「はい。起きてます。バッチリです、お手数を掛けてしまい大変申し訳ございませんでした」
俺は慌てて姿勢を正し、深く礼をした。
今思えばあの頃が懐かしい。
二人は、俺が部屋から出かける時はいつも抱いてくれていたあの日が……凄まじく遠くに感じる。
「すまないね、二人共。お待たせして申し訳ない」
いつものように優しく振る舞うが、どうやって連れて来たのかを見せれば、誰だって反応に困るだろ。
「い、いえ」
「だ、大丈夫です」
執務室の長椅子に二人は既に座っていて、俺は兄上に促されるまま、二人の反対の椅子ではなく、脇の置かれた一人用の椅子。
「座るところが違うよ?」
なんて優しいことはない。一人用の椅子とテーブルの間にある隙間、床を指している。
胡座をかいて座ると、兄上はわざとキンという剣の音を立てる。姿勢を正座にすることで剣から手を離してくれた。
お前達これを見てどうよ?
そんな苦笑いをしている場合じゃないだろ?
この二人頭おかしいよな?
「ガゼルさん。申し訳ないのですが……寝起きということもありまして、あの、お茶を頂けると……嬉しいのですが」
「ガゼル。用意してあげなさい。水でいいよね?」
「かしこまりました。旦那様」
やはり風当たりが強いなー。
この家で甘えられるのはセドラぐらいだよな。それでも、結構渋られることもあるけど。
父上と兄上も長椅子へと座り、二人の怖い笑顔を向けられた。
「さて、事情を聞こうか?」
「弟よ。言い訳を聞こうじゃないか」
え……? 俺なのか?
事情というなら二人に聞くべき、あれ? 言い訳?
どっちが先に答えないとダメなん?
そもそも何で怒られるんだ? 寝てたというのがダメだったのか?
「アレス? どうしたんだい? さ、早く説明してくれないかな?」
とりあえず、なにかの説明を求められていることだけがよく分かるが……。
「どれについてでしょうか?」
俺の数ミリ横を何かが飛び、後ろにある椅子からは何かが刺さる音が聞こえた。その何かを二人は確認した後、俺を見ることもなく目を逸らしていた。
やっぱり怒っている。確かに放ったらかしにしていたのは認めるけど、なんでこいつらはちゃんと説明をしていないんだよ。
「はい。順を追って一から説明させていただきます……」
「うん。聞こうか」
俺はスォークランからここに来るまでの経緯を、父上の顔色を窺いながら話していった。
所々でため息を何度も付かれ、父上は紙の切れ端を丸めると、何度も俺に当ててきたため、周りには小さく丸められた紙が幾つも転がっていた。
そんな俺の様子を、哀れみの目で二人が見ている。
「これが君の最善の結果なのかい?」
「それは……わかりません」
「君は幾つものミスを犯している。最悪を想定することで、最善が見つけられると何度も言い聞かせておいたよね?」
俺はその最悪を引いているのだろうか? 確かに、最悪の想定もなく、最善だと思う行動はしていなかったと思う。
それだけ俺には余裕というものが無かったのも事実、だが……父上からすれば流された俺が悪いと思うだろう。
あんな事を制御できるだけの、俺はおとなしい人間でもない。
「はい。俺は怒りで、冷静さを無くし結果、最悪の選択をしたと思います」
「ローバン公爵様。確かにアレスの行動は間違いもあったとは思います。ですが、それでも救われた民も多くいるのは事実です」
「ルーヴィア嬢。確かに、君が言うのも尤もだ。少しばかりの施しに満足をし、助かったものは居るがそれはただ生き延びただけに過ぎない。それとね、私は今、アレスと話しをしているんだ。君に発言を求めてはいないのだよ」
レフリアは椅子へと腰を下ろし、両手で顔を覆っていた。
父上の眼光だけではなく、隣には生き写しのような兄上も居るのだから、当然レフリアには耐えられるはずもない。
「さて、君への処罰だが……」
父上の言葉に、顔を覆っていたレフリアは驚いた表情で父上を見ていた。ここに来た時点で、何かしらの罰は想定はしていた。
何を言われるかは、考えてはいなかった。
「その、友人を助けたり。不正を暴いたりとで、ある程度には優しいものを期待したいのですが……」
二人は同時に俺の最も嫌な顔をしている。
あの顔で何度怒られたことか……ダンジョンから戻れば説教が始まり、涼しげな顔のままありとあらゆる体罰を繰り返された。
「随分と強気な発言だね。彼等に助けは本当に必要だったのかな? 不正を暴いたと言うけどね、その証拠は何処にあるんだい?」
「それは……」
「君の一番の失態は、レフリア嬢が居たというだけでルーヴィア子爵を信用した事にある。彼が本当に王都へ行ったと思ったのかな?」
そう言われると、俺は何も否定できるものがない。
俺はレフリアのためにと……レフリアが信じているから、そう思うことで逃げやすい方向へと流れてしまった。
「当然のことだけど、君のことは娘である彼女から聞いて知っていたはずだ。その独特な身なりも君だけ特有だからね。そして君は、娘と近くにいた友人を匿うという名目を了承し、上手く利用された挙げ句、彼等にとって最も重要な時間稼ぎと口実を与えた」
つまり、最悪の想定というのなら……俺が、二人を誘拐した張本人というわけだな。
レフリアに剣を突きつけ、ハルトが戻ってきたと同時に屋敷から出ている。
いくら、学園で仲間として行動しているとは言え言い逃れするには難しい行動だな。
問題は屋敷の一部とはいえ破壊をしている。
「そういうことか……二人を誘拐した様に作り変えられると」