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53 アレスの帰郷

「お待ち下さい、ローバン殿」


 レフリアが立ちふさがったことで、ルーヴィア子爵が俺の所へとやってきた。

 今なら何を言うつもりだ?

 口からはギリッと嫌な音がなる。

 レフリアとの会話で少しだけ、薄れたが……こいつを見ただけで、さっきの憎悪がまた蘇ってくる。


「レフリアとハルト君をどうかローバン家で匿ってくださいませんか?」


「それでどうなる?」


「国王には、私自らこの事をご報告いたします」


 本気で言っているとは思えない……が、レフリアの目は俺に何かを訴えている。

 こいつは、レフリアは今何が起こっているのかは知らないのだろう。それでも父親を信用しているということだろうな。


「それで、今後どうなるか分かっているんだな?」


「勿論でございます。ですので、何卒よろしくお願いいたします」


 娘の前にも関わらず、床に手をついて頭を下げ続けていた。

 こいつを信用しても良いのだろうか?

 レフリアが信じているから? そうじゃないな……俺がレフリアを信じたいのだろう。


 仮にそうだとするのなら、ロンダリア伯爵の単独によるもので、ルーヴィア子爵は利用されていただけか?

 それを全面に受け入れるということは出来ない。

 二人を匿えか……そういうことを念頭にある可能性もある。

 それでも、あの二人が守られる可能性も出てくる。


「レフリア。ハルトは今何処に居る?」


「ハルトなら街にいると思う。すぐに戻ってくると思う」


「アレス・ローバン様。有難うございます」


 屋敷を出ると慌てて戻ってきていたハルトにちょうど出くわした。

 俺は何も言わないまま二人の手を引き、屋敷を後にした。

 街を出て、街道を歩いているとハルトはようやく口を開いた。

 

「アレス。そろそろ何があったのかを説明してくれないかな?」


「明日になれば嫌でもわかる。それまでは何も聞かないでくれ……今の俺はまともに話せる気がしない」


 俺はこれからする自分の行いが本当に正しいのか分からないでいた。

 執拗に聞いてくる二人に何を説明したところで、俺から聞く話よりもあの惨状を知ってもらうしか無いと思ったからだ。

 この周辺で何が起こっているのかを教えるために……。


「ここが……あのタシムドリアン?」


「絶対にそのボロ布を取るなよ。服を見せるな、声も出すな、いいな」


「わかった。リアも気をつけてね」


 ハルトが、レフリアの手を引いて町中を歩いている。

 そして、南門から西門へと通り抜けた。森の中へと入ると、レフリアは木に隠れ嘔吐を繰り返していた。


「悪い……こんなことでしか説明ができなくて……俺が何に怒り、自分の無力を伝えるにはこれしか思いつかなかった」


 いくら言葉で説明をしようにも、その言葉が思いつかなかった。

 苦しみ、絶望と無力。どんなに嘆いたところで、失った者は帰っては来ない。


「はあはぁ。うっ」


「リア……これを口に含むと良いよ」


「ありがとう……はぁ」


 顔を白くしたレフリアは、木にもたれ何度も大きく息を吐いていた。

 頬を伝う涙は何を思って流しているのだろうか……


「レアリア、昨日は悪かった。お前には申し訳ないことをした」


「はぁはぁ……謝らないでいいわ。アンタは何も悪くない、当然の事をしたまでよ」


「だが、関係のないお前に剣を向けたのは事実だ」


「今なら分かるわ。何なのよあれ……お父様は何を考えているの?」


 しかし、全く関係がないとは言えない。レフリアが生活する上で必要になった金は、何処から出ていたのか……。

 何も知らされず、過ごしていた毎日の中、領民が苦しんでいたのだから。レフリアがそう口にしてくれたことで、少しだけ肩の荷が下りた気持ちになっていた。


「歩ける?」


「ええ。行きましょう」


「無理はしないでね」


 レフリアはハルトに支えられ、ゆっくりと歩いていた。


 夕暮れまで歩き続け、その間俺達には会話もなく時間だけが過ぎていた。


「痛むか?」


 レフリアの手首は赤くなっている。

 俺が掴んだことで、少し痛めてしまったのだろう。


「少しだけね……ミーアがいればこういうのは治してくれる」


「悪かった、ハルトもすまない」


「大体の事情はわかったよ。リアに危害を加えるつもりでなかったこともね」


「すまない、助かる」


 俺たちは夕食を済ませ、これからどうするかを考えていた。

 レフリアたちは自体の深刻さを受け止め、何かを話し合うことも出来ない。

 そして、俺たちだけではやはりこの状況をどうにかできるものでもない。


「明日の朝にはローバンに戻るしかないな」


「何を言っているのよ。ローバン家まで、どれだけの距離があると思っているの? 明日の朝なんて絶対に無理よ」


 レフリアが言うのも最もな話だ。だがそれは、馬車を使ってもという話であって、俺にとっては関係のない話だ。

 俺は何も入っていない木箱を取り出した。

 そして、コテージの中へと入り、二人が使っていた部屋から布団を持って出た。

 俺が何をしているのかがわからないまま、二人は呆然と俺の行動をただ見ているだけ。


「少し窮屈だろうが我慢しろ」


「我慢って説明ぐらいしてくれないかな?」


「お前達、ここ入る、俺、運ぶ」


「なんでいきなり片言なのよ。運ぶってどうするつもりよ?」


「説明が面倒なんだよ。いいから、入れ」


 少しだけ元気が出たのか、怒りつつも木箱の中へと入っていた。

 二人が座ると布団をかぶせると頭だけだしていた。

 レフリアは少しだけびっくりした表情を見せて、二人して頬を染めている。


「エアシールド。レビテーション」


 空気抵抗を風のシールドで無くし、ゆっくりと浮上していく。

 木々を、山を超えるまで上昇していく。

 瞬く間に俺達が居た所は小さくなり、夜空が近く感じる。


「呆れた。まさか、浮遊魔法が存在していたなんて」


「だったら、この世界ではお前達が初めてだよ」


 俺が居た世界では、これが当たり前にあった。

 こんな二人だけではなく、百人もの人間が一斉に空へと飛び立つ。

 それと似た光景をお前達は目にしているんだな。

 天井が見える分お前たちのほうが得をしているのかもな。


「それじゃ、夜空の散歩と行くか」


「え、ちょっと」


 風魔法を推進力へと変え、前へと進んでいく。風を感じないため、今がどれだけの速度が出ているのかもわからない。

 レフリアは、上を見上げ星々を眺めている。再び流れるその雫を、ハルトが拭い去り笑顔をみせていた。レフリアはハルトの肩に寄り添い、しばらく空を眺め何時しか寝息へと変わっていた。


 全く、俺の前だと言うのにイチャイチャしやがって。

 だけど支え合えるお前たちが羨ましいよ。


 朝日が遠くの海から見え始めてくると、懐かしい町並みが見えてきた。

 その中心には大きな塀で囲まれている。

 ここを離れてまだ数ヶ月というのに、これだけ懐かしいと感じるのは、この場所が俺にとっては故郷だからそう思うのだろう。


「やれやれ、疲れた」


「これはこれは……お久しぶりにございます。アレス様」


「セドラ。おはよう……いや、ただいまだな」


「おかえりなさいませ。そのお荷物は?」


 何度こいつらの寝顔を見て叩き起こしてやろうかと思ったか……。

 着いたにもかかわらず、スヤスヤと心地よさそうに寝息をたていた。

 俺のそれにつられるかのように大きな欠伸をしていた。


「ちょっとした知り合いだよ」


「お知り合いですか? ご友人の間違いではございませんか?」


「わからん。とりあえず二人のことは任せた、夜通しだったから眠いんだ。これから少し寝るから頼んだよ」


「かしこまりました。おやすみなさいませ」


 肉体的な疲労よりも、過度なストレスによる精神的な部分が大きい。

 自室の布団に潜り込みこれからの事を考える前に、俺の意識はぷつりと切れた。


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