52 ルーヴィア令嬢
八月も半ばが過ぎ、俺はようやく子爵の屋敷まできていた。
上空から、街を見下ろし、今すぐにでも、この門を破壊し手入れの行き届いた屋敷さえも破壊の衝動にかられていた。
だが、ここの門を守る兵士も、懸命に中で働いている使用人もまた民であり、父上の名を汚さないためにも必死で湧き上がってくる怒りを抑え込んでいた。
最初から偵察に来るつもりだった。
夜になってこっそりと忍び込み、何かの情報がないかと考えていた。
しかし……俺はそんな事をする余裕が、無くなってしまった。
「なんだ!?」
突然現れた俺に向かって、剣を抜く兵士。
「ローバン公爵家。アレス・ローバンだ。ルーヴィア子爵に会わせろ。会うつもりがないのであれば、このまま強行する」
風魔法を使い、兵士が向けている剣が切り落とされる。
もう一人は剣を抜くのをやめ、俺に近づいてくる。
「ローバン公爵家!? 只今、子爵様にお伝えいたします。何卒お待ち下さい」
門番が屋敷に入るのを見届け、しばらく待っていると、屋敷から一人の見覚えのある女性の姿が現れた。
上空からこいつの姿は見えていた。
お前は知っていたというのか? 知っていても、平然とそんな格好をしていられるというのか?
お前は……そういう人間なのか?
「俺は子爵に会わせろと言ったんだ。お前に用はない」
「なっ、一体どういうつもり?」
間近で見るレフリアの姿を見て、身なりは学園にいた時と変わらず綺麗であり、始めて見た彼女の美しいドレス姿に殺意さえ抱く。
彼女は子爵令嬢であり、その父親はこのあたりの街を管理する子爵の娘。
お前が来ている物、お前が生きる全ての金は、何処から来ているのかを分かっているのか?
分かっていて……分かっていながら……?
「門番には、子爵に会わせろと言ったはずだが?」
「いきなりお父様にだなんて、一体何があったというのよ」
「話が通じないのであれば、強行するとも伝えた」
両手に氷の剣を作り出し、レフリアへと視線を合わせていくとみるみる青ざめていた。
俺の強さを知っているのだから当然とも言える。
「立ち塞がるな。分かっているだろ? この俺を、お前程度の力でどうこうできる相手ではないと」
「なんで、こんな事を……なんで……」
「そこをどけ。どかないのなら……」
レフリアに剣を向けると、氷の剣に一撃の剣撃を放たれる。
しかし、あの程度の剣では攻撃してきた剣身は砕けるのは当たり前だ。
折れた剣を構え、レフリアとの間に執事が割って入ってきた。
「お嬢様、お逃げください。貴方様は、私めの命で留めて頂きたい」
「執事なら、俺のことを聞いていたんだろ? これ以上俺を怒らせるなよ。いい加減子爵を出せ、お前達に用はないと言っている!」
上空に巨大な槍が作り出し、今はまだ当たらないように、地面へと深く突き刺さる。
「くっ、ふぅぅぅうう」
怒りでどうにかなりそうだ……魔力をぶつけ、その巨大な槍が粉々に砕け散る。
レフリアは、腰を落としたまま俺を震えながら見ている。
「一体……どうしたのと言うの? アンタがこんな事を……なんで!?」
「ふうぅぅ。黙れ! 良いから黙ってろ!」
怒りを堪え続けるのも正直限界に近い。索敵を展開し屋敷の全て見渡す。
探していると、視線を感じた先には窓からこちらの様子を窺っている。
なるほどな、向こうからは出向くつもりはないらしいな……。
俺と目が会うと、律儀にも礼をしていた。
「お嬢様。さ、早く」
「子爵は見つけた、中に入らせてもらうぞ」
剣を解除して、屋敷の中へと足を踏み入れた。庭と同様に手入れも行き届き、豪華な装飾も飾られている。そして、男爵の屋敷を思い出す。
階段を飛び越え、子爵の居た部屋のドアを蹴り飛ばして開け放つ。
「お前がルーヴィア子爵だな」
「ルドラ・ルーヴィアと申します。アレス・ローバン殿とお見受けします。ですか、娘とはそれなりに仲が良いと聞かされておりましたが……これは一体どういうことでしょうか?」
「どういうこと? なら、タシムドリアン。ベセリーア、ミケントあれは一体どういうつもりだ?」
「報告は本当だったのですな……感謝申し上げたいところですが、私にはその資格すらないのでしょう」
報告が来ていたにも関わらず、俺が出向いたというのにここで座っていたのか。
「民を苦しめ、何を考えている?」
子爵は眉をひそめ、机を拳で叩いていた。
俺にその真実を知られたことによる怒りだというのか?
それとも、俺のような小汚い子供に、窮地に追い込まれたことによるものか?
「ダンジョンを暴走させ、あの街を滅ぼしてどうなる? それが貴族のすることか?」
「まさか……そのようなことが……」
「ダンジョンに私兵を置き、封鎖をする行為は未開拓だけに限られているのは、当然知っているよな? そして、あの街に対し重税をかけ、略奪さえ行っている。こんな事が本気で許されると思っているのか?」
それだけの事をしてきたのだから、それはレフリアに対しても同じだ。知らなかっただけではもはや済まされない所まで来ている。
子爵は涙を流し、何度も誰に向けたのかもわからない謝罪を繰り返していた。
「泣いてどうなる。ふざけるなよ! あの街をお前はその目で何を見ていたというんだ! 多くの者が生きる気力を失い、ダンジョンは暴走の寸前まで追い込み、どれだけの絶望を味合わせれば気が済むんだ!」
子爵の胸ぐらを掴み上げ、そのまま壁にへと投げつける。
殺したい、今すぐにでも殺してやりたい。だが、俺にこいつを殺す権限はない……少しでも気を紛らわせるため、風で窓を吹き飛ばした。
レフリアが駆けつけたが、今の惨状を見てドアの縁を掴みなんとか立てている様子だ。
だが、俺と目が合うと力なくへたり込んでいる。
「ルーヴィア子爵。ロンダリア伯爵、そして、バセルトン公爵家。俺はお前達を王国への反逆として父上に報告させてもらう」
「かしこまりました。ですが一つだけ、レフリアとハルト君をこの二人だけは助けて欲しい。どうか……」
額を床に擦り付け、俺に懇願していた。娘のレフリアは分かる話だが、しかしなぜハルトまで?
この二人に一体何が?
こいつを信用することはできそうにもない……。
「それを決めるのは俺ではない。それは分かるよな?」
「分かっております。ですが、ローバン公爵様にお願いしたく思います」
「くっ……アレス! お父様が一体何をしたというの!」
「レフリア、やめろ! やめなさい……」
レフリアは俺と目が会うと一瞬たじろぎはしたが、それでも服を掴み子爵から遠ざけようと引っ張る。
レフリアの腕を掴み、服から手を退かせる。無理やり掴んだことで顔を歪めているが、それでも片方の手を離そうとはしなかった。
「俺は今からローバンへと戻る。だがすぐに戻ってくる逃げるなよ?」
ここに居るだけで、俺はこれ以上本当に抑えが効かない。
庭や門を破壊し、屋敷の壁にも大きな穴を開けようとも、憎悪が膨らむだけでしか無かった。
「待ちなさい。一体何があったの?」
部屋から出ていくが、レフリアは俺の前に立ちふさがる。
そのまま歩き、腹の肉が触れようとも逃げることはなかった。
「聞きたいのか? 自分の愚かさに絶望することになるぞ? お前がお前自身に失望すらするかもしれないぞ?」
「アンタは突き放すくせに、肝心な所はそうやって守ろうとする。私が自分の愚かさに絶望する? 今のアンタがなんでそんな事を気にするの? アンタは何時まで自分を犠牲にするつもりなの!」
余計なことを喋ったか……。
いくら気丈なレフリアとは言え、あんな事を伝えたいとは思わない。
心の何処かでは、こいつはそういう人間でないと信じたいからだ。
それは結果だけでも良かった、あえて知らせる必要があるのか?