46 危ない夏休み
夏季休暇に入ると、多くの学生は学園から姿を消し、校内の何処に居ても普段の喧騒を聞くことがない。
その静けさは学生寮でも同じで、今では大半の学生が既に帰省を終えており、後数日もすれば生徒のすべてがここから居なくなっているだろう。
ゲームでも、ちょっと変わったパートに変わる
ミーアもシルラーン家へと帰り、近くのダンジョンに行ってステータスを上げたり、アレスとのイベントもあったりしていた。
ここでのイベントがないと、アレスとの発展もないわけでクリアできないという事態に陥る。
俺にはそんなことが起こるということはない。
ミーアは俺の自室で実家に帰るため荷物をまとめていた。
何かがおかしいのだ……荷造りというものは、本来であれば自分の部屋で行う。
それなのに、何でここでしているのかということだ。
パメラは、ミーアの所で厄介になるらしいのだが……あの時どうしてミーアは誘ったのだろうか?
レフリアに聞いても「アンタが自分で考えろ」と言われ、ハルトは「僕が言えることじゃないしね」と言われた。
知っているのなら教えろよと思う。
そんなハルト達は昨日にここを発っている。あの一件から、二人の仲は急速に縮まったのだろうか?
手を繋いで学園を去っているところを見ると、少しだけ微笑ましいな。
ハルトのやつ、振り回されなきゃ良いのだけどな。
* * *
「今日は晴れてよかったですね」
「そう、だな」
太陽の日差しは強く、土を照らしその熱気を感じていた。
草がない土の上には陽炎が揺らめいている。
そんな上にいるものだから、熱いことこの上ない。
この世界も日本と同じように四季があり、八月ともなれば何もしていなくとも自然と汗が流れてくる。
二人は意気揚々と馬車に荷物を運んでいる中、俺としては少しでも涼める雨の方が有り難いと思っていた。
「本当に私なんかがお邪魔しても良いのですか?」
「ええ。お父様から許可は頂いております」
「折角の好意なんだ。素直に貰っておけばいいだろ?」
「パメラさんとは色々とありましたが、私は仲良くしたいと思っております」
「ミーア……ありがとう」
最初こそ啀み合っていたときもあったが、何をきっかけに今のような二人になったのか分からない。
笑い合う二人を見ていると、仲の良い姉妹にも見えなくもない。
だけど、どっちが姉とかという話は、避けておきたい話だな。
そんな二人は、どちらかが俺に対して何かのアプローチを掛ければ急にライバルへと変貌し、両者一歩も譲らなくなる。
だと言うのに、例えばパメラを非難すれば、ミーアは優しく慰め、俺に対して怒りをあらわにする。
かと言って、一方だけを優遇すれば揉め事にしかならない。
「今日は暑いですね」
「そうだな」
「私はこの温かさはとても好きです」
「そ、そういうつもりで言ったわけじゃなくて。アレスさん違いますからね」
「そうだな」
二人共、暑いというのなら、放熱が高い俺の側ではなく反対側に一人で座れば良いものを……馬車とは本来、対面で乗るものだと思っていた。
あの仲の良い両親でも、対面に座っていたはずだ。
だから、どう見ても四人は座れるというのに、前に見える空白の席がある事自体おかしな話だ。
そんな狭い座席に、二人は頭を俺の体に預けて寄り添っている。
目の前にある座席に二人が座れば、俺の熱い体温を感じることもなく、少しは涼しく感じるはずだ。
夏季休暇が始まった日に、俺は王都の街に買い出しへと出掛けていた。
特に決まった予定はなく、休みなのだからと俺は羽根を伸ばすつもりでダンジョンへと向かうつもりでいた。
二人に見つかるまでは……。
「アレス様。汗を拭きますね」
「ああ」
頬を何度も伝っている汗をミーアが拭き取り、パメラは用意していたお茶を飲ませてくれていた。
なぜこんな事になっているのか?
現在、俺は手を使えないので、二人は俺の身の回りの世話をしてくれていた。
美少女二人が、献身的に俺なんかの世話をしてくれる。しかし、それを素直に喜べないでいる。
「もう十分だ」
「はい。喉が渇いたら何時でも言ってください」
「分かった」
王都での買い出しは、スォークランへと行くために準備をしていた。
目的は当然、残していたコアの破壊だ。あのダンジョンはかなり危険な状態になっている。
他のダンジョンに手を焼いているのなら、あの場所を何時まででも残しておく必要がない。
それとついでに能力値アップを目論んでいたからだ。
そして、残った休暇をそれ以外のダンジョンで過ごすつもりでいた。
だから俺が大量の食料を買っていたことで、これから何をするつもりなのかは二人にとってすぐに理解されてしまう。
「どうですか? 少しは涼しいです?」
「ああ、問題はない」
パメラが扇ぐ団扇の風が汗を蒸発させ、丁度いい心地よさすら感じる。
それなのに、パメラは自分の汗を拭うこともなく、額には幾つもの玉が出来上がり、首筋には汗が伝っていた。
そして、その汗をミーアがハンカチで拭う。
俺の汗を拭いたものではなく別のハンカチを使ってだ。
どれだけ時間が経ったのか分からなかったが、この暑さのためか木陰につくと馬を休憩させるために一度停車をしていた。
シルラーンまで先はまだ長い。
馬が使えなくなるのを避けたかったのだろう。
移動しなくなった馬車は風が入ることもなく、徐々に温度は上がり二人の吐息でさえ熱を帯びている気がしていた。
「俺が氷の魔法で……」
そう言うと、ミーアの人差し指が唇に触れる。
何も言わずただ優しく微笑みかけていた。やはり、俺には何もするなということなのだろう。
これは罰であり、二人からの制裁でもある。
そう、勝手な行動をしていた俺は、二人に捕まり手首には拘束具が着けられている。
それだけではなく、逃げられないようにするために二人の手首から伸びる縄には、俺の首輪へと繋がっている。ここまでする必要があるのかは、疑問に感じる。
魔法を使えばこんなにも熱い思いをする必要がない。
だけど、二人は俺が何かをしようとするのを嫌がっている。
その理由はわからないが……いつの間にかつけられた拘束具があるから、二人にとってはいいおもちゃになっているようだ。
「はいどうぞ」
「ああ」
昼食なり、二人から交互に食べ物を運んでくれた。
しかし、パメラが差し出しているパンは既に一口ほどかじられており、ミーアが持つスープを掬っているスプーンは先程ミーアが口にしていた物だ。
二人はなぜそう思ったのか、揃って間接キスを強要している。
「待て、流石にそれはおかしいだろ……」
手が使えないとは言え、それを簡単に口にするという訳にもいかないだろ?
二人は一体何を考えているんだ?
パメラだけならともかく。ミーアも頬を染めて対抗している。
頑なに、口を閉ざしている俺に少しだけ怒った顔をしていた。
「わかりました、アレス様」
そう言って、ミーアはスープを口に含んだが……喉を通った様子はなかった。
「アレスさん。食べてください」
それを見て、パメラもパンを一口ほど口に入れる。
目の前でそんな事をした、二人して迫ってきたのだ。
「まっ、まて……ミーア、パメラ。少し、落ち着け。れ、冷静に……話をしようか?」
* * *
二人の唇が触れようとする瞬間。
俺の視界には、自室の天井が見えていた。
「はぁはぁ。夢か……」
体からは大量の汗が吹き出していてかなり気持ちが悪い。
とはいえ、あれが夢だったことに安堵していた。
いくら二人が俺のことを好きだとは言え、あんな夢を見てしまったのは……俺の両脇で二人が寝ているからなんだろうな。
それにしても嫌な夢だったな。
夢は時として願望をみると言われているが……ああいうものは望んではいないぞ?
二人が俺の腕にしがみついているから、あんな夢を見たんだよな?
きっとそうだよな?