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35 決別

 部屋のドアを開け、気だるそうに声を掛けた。

 さっきの言葉通りに蹴破ろうとしていたのか、ハルトによって羽交い締めになっているレフリアは足をばたつかせていた。


 俺の姿が見えたことで、レフリアの顔が鬼の形相へと変わる。

 そんな彼女をハルトは必死に抑え込もうとしていて、何度も肘で攻撃を受けていたが一向に離すつもりはないらしい。

 見ていて実に痛そうだ……少しぐらい加減をしてやれよ。


「アンタ! 一体どういうつもりなの!?」


「何がだ?」


 暴れていたレフリアが急に大人しくなり、ハルトは大きく息を漏らしている。


「何が? 何がですって? 私達がどれだけ心配したと思っているの!?」


「心配? お前がか? 冗談だろ?」


 俺の発言が気に入らなかったのか、ハルトを勢いよく投げ飛ばし、俺にいつもより痛いビンタを食らわせる。

 衝撃のまま倒れ込む俺の腹にまたがると、レフリアは目に涙を溜め、今にも溢れそうにさせつつも俺を何度も打ちのめす。


 大きく振り上げた手を、ハルトがしっかりと受け止める。塞がれていない手を使い胸を叩かれるがさっきまでの勢いを完全に無くしていた。

 掴まれている手には握りこぶしに力が込められている。

 俺を睨みつけ、抑えきれない怒りにギリッと歯を鳴らしている。親友であるミーアの為に怒っているのだ。こんなにも激情に駆られた姿を見たことはない。


「もう、気が済んだか?」


 俺が余計なことを言ったことで、目を大きく開き顔を赤くしていた。


「アレスも少しは落ち着くんだ! リアも、怒る気持ちはわかるけど、少しは冷静になって」


 ハルトがレフリアを立たせようと腕を引っ張るが、レフリアはそれに抗うために俺のお腹の肉をつまみ上げてきた。

 無駄に付いた肉は、レフリアの手によってぎりぎりと潰され激痛に悶えつつも、掴まれている腕を掴み引き剥がそうとする。


「ぎゃああぁぁ」


 レフリアが歯をむき出したままニヤリと笑う。

 こいつは、完全に我を忘れているんじゃないだろうな。ハルトがレフリアの脇に腕を入れ引き剥がそうとするが、一度離したことにより右手からも腹の肉が掴まれる。


「うぎゃぁあああああああ」


 その痛みに俺は、無意識にレフリアを突き飛ばそうと手を突き出すが、大きなソレを結果として鷲掴みにしてしまう形となってしまった。

 この時、全ての時間が制止したかのような感覚にとらわれる。

 レフリアは、じっと自分の胸にあるものを見て、ハルトは大きく口を開けていた。


 怒りで赤くなっていたレフリアは、耳まで紅潮していくと、震える手で腰に携えていた剣を静かに抜き取ろうとしていた。


「まてまてまて、今のは事故だ。決してそんなつもりはなかったんだ」


「なら早くどけて貰えないかしら? アンタを斬ることが出来ないでしょ?」


 先ほどと比べ、まるで俺を汚物を見るかのような目つきへと変わり。発せられる声は氷点下のごとく冷たいものへと変貌していた。


「ハルト、離しなさい。こいつを今すぐに叩き斬ってやるから!」


「だめだって。アレス、今のうちに少し離れるんだ! 早く!」


 慌てて部屋の奥に這いずり、またしてもカップの破片が手に突き刺さるが、レフリアに切られるよりかまだ良かった。

 玄関では相変わらず、レフリアが暴れている。

 あれだけ怒っているが、いくら何でもハルトを斬ることはないだろうが……短い間柄とはいえ、俺のせいでこの二人にも余計な気遣いをさせてしまったようだ。


「レフリア様」


「ミーア……ごめん」


 ミーアがレフリアの前に立ちはだかり、ようやくこの場所に静けさが戻ってきた。

 無理をして笑うミーアに、俺は視線をそらすことしか出来なかった。

 俺はベッドに腰を下ろし、少しだけ残る腹の痛みを擦っていた。


 ミーアは割られたカップを片付け、パメラは置き放しにしていた武器をまじまじと見ている。

 いつ臨戦態勢になるかわからないレフリアは不機嫌そうに窓を見ている。テーブルに座らされその後ろにはハルトが肩に手を置き、いつでも止めに入れるような立ち位置だ。

 

「レフリアさっきは悪かった……皆揃ったことだし、俺から話がある」


「アンタ、こんな時にふざけているの?」


「ハルト、レフリア、パメラ……後、ミーア。皆の武器を用意した」


 壁に立てかけられている武器を指差すが、現状からしてこれを喜ぼうとするものはいない。

 朝からアレだけの事があったのだから……当然だろう。ミーアやパメラに至っても同様だ。


「一体アンタが何でこんな物を……意味が分からない」


「アレス、説明してくれないかい?」


 その説明は一体何を指しているのかと考えるが、なぜ武器があるのか、それとも今まで何をしてきたのかを聞いているのだろか?

 そんなことを説明した所で、今の俺達に何の関係があるのだろうか?


「そうだな。そんなことよりも、今後の話を……」


「聞きたくありません!!」


 俺の言葉を遮ったのはミーアだった。

 幼いあの頃とは違い、昨日のこともあってか、ミーアはただ聞いてくれるだけではなくなっている。

 ボロボロと涙は床に落ち、それでも俺の方をじっと見ていた。


「アレス様が何をなさっていたのか、これから何を成されるのかよりも……どうかお側に居させてください。あの時のように、離れるのはもう嫌なんです」


 ミーアは、俺が今まで何をしていたのかは最初から知っていたのかもしれない。

 並べられた武器を見て……一人だけ、気にかけてすらいなかった。

 昨日も、俺が何をしてきたと言うよりも、俺が生きているということに心底安堵をしていた。

 絶対的な信頼を寄せ、離れることを何よりも恐怖だと捉えている。


「なるほどな、やっぱりそうなんだな。俺を否定しないお前には疑問があった。俺がこの二ヶ月何をしていたのか、予想をしていたんじゃないのか? そして、初等部での空白の三年間。俺のことは知っていたんだな?」


「ミーア?」


 見つめていた視線に合わせるとミーアが下へと視線をそらした。

 小さな声で「はい。知っておりました」と呟いた。

 父上の友人であるクーバルさんに、俺が何をしていたのかを話しているのは当然だ。

 そしてその婚約者であるミーアにも……伝えられていたのだろう。


「どういうこと? 一体何の話をしているのよ!」


「リア少し落ち着いて」


「もしかしてとは思いました……ですが、そこに置かれているものを見て確信に変わりました」


「なるほどな。レフリア達には分からないから説明してやるよ」


 あの三年間の出来事。

 毎日ダンジョンに通い続けて、三ヵ月経ったらそのまま暮らし続けていたことをできるだけ細かく説明してやった。

 ミーアは目を伏せ、レフリアは何度も意味がわからないといい、ハルトは黙って聞いていた。

 パメラは、俺の話よりもミーアを支えていた。


「私達が初等部に居たときから、アンタはダンジョンで暮らしていたと言うの? いくら何でも不可能よ」


「正直に言って僕もその話が本当なのか、まだ信じられないのだけど」


 俺の話に疑念を持つ二人は、その真実を知っているミーアを見ていた。

 パメラに支えられてなんとか立っている彼女は、目を閉じたまま何も声を発することはなかった。


「俺には目的があったから、俺だけにしか出来ない目的が……だからミーア。お前に嫌われるためにこんな体を作り、すんなりと婚約破棄をしてくれると思ったが、見当違いだったな」


「婚約破棄……アレスさんそれってどういうことですか?」


「意味が分からないとか言わないよな? 大体お前も何で俺に付きまとう。二人共、俺にとっては邪魔なんだよ」


 俺の言葉で、パメラが支えていたにもかかわらず、ミーアは気が抜けたのかへたり込んでいた。

 パメラは俺を睨みつけると、平手が俺の頬に当たり大きな音がまた部屋に鳴り響く。

 そして、胸ぐらを掴まれ顔を近づけてくる。レフリアと同じようにパメラも涙を浮かべるが、その表情は怒りに満ちていた。


「アレスさん……ミーアに謝ってください。謝ってください!」


 啀み合っていると思ったら、随分と仲が良いじゃないか。

 俺が居なくても、皆が上手くやれていたのなら、それでいい嫌われて離れてくれさえすれば……いや、俺なんて最初から居なくても、お前達ならきっとこれから先も大丈夫だったはずなんだ。


 余計なことをしたのは俺からだった。パメラを襲う魔物だけ倒していれば俺と出会うこともなかった。

 あの時、ミーアの様子を見に行かなければ、ただ助けたってだけで婚約者には成っていなかったかもしれない。

 俺がやっていることは、どれも最悪の道筋を辿るための行動だったわけだ。


「何でそんな事を、言うのですか……」


「パメラ、止めなさい。アンタ何を考えているの? それに目的ってなんなの? 二人を傷つけて、そんな顔をしてアンタは本当に馬鹿なの?」


 レフリアは、怒りを通り越している。少しでも残っていた信頼も消え去り、俺に対する関心が薄れていっているのだろう。


「この顔は生まれつきだ。何を言っている」


「話にならないわね。アンタはどうしたいの? 私達と一緒には居られないというわけ?」


「一緒にいる必要はないだろう? なぁ、ハルト。初日のダンジョンでお前たちは苦戦していただろ? それなのに何で魔物は消えた? レフリア、俺が何で手をかざしていた? 答え、風魔法で倒したからだ。こんなふうにな」


 収納されていたコップを窓から放り投げ、手のひらにあった球体が飛ばされるとコップは切り刻まれ地面に散乱した。

 その光景に誰もが息を潜めた。


「パメラを助けた時もだ。気まぐれで助けてやったらお前は一人になった。お前を見てて気分が悪いから、弱いレフリア達となら上手くやれるんじゃないかと思っただけだ。相手にするなんてまっぴらごめんだ」


「嘘ですよね?」


「嘘も何も最初からずっと思っていたさ。今回のことは丁度いいだろ? お前達の面倒はこれで終わりにしたい。その為にお前達には装備も揃えた、だから俺はもう必要ないだろ?」


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