34 ミーアの想い
泣いているミーアを俺は振りほどくことも出来ず。
声をかけることも躊躇っていた。
「本当に、良かったです。アレス様が、居なくってずっと不安でした」
俺なんかのことを本気で心配していたのだろうか?
何も言わず勝手に居なくなって、うす汚れた格好をした俺を見てどう思ったのだろう。
「もしかしたらと思うと……私は」
強く抱きしめられたことで、俺はそのぬくもりよりも罪悪感に包まれていた。ミーアが流している涙は、俺が流させているからか?
何でここに二人がいるのか……何も言わず居なくなった俺を、この部屋で帰りを待っていたというのか?
完全に突き放すこともなく、中途半端に続けた結果がこれなのか?
「悪かった」
「何をされていても構いません。ですが、何か一言だけでも残してください。私でなくとも良いのです。置いていかれるのには慣れておりますから」
言葉が出なかった。
置いていかれる……あの時の事を言っているのだろう。
理由もなく突然突き放したあの日のことを……それでも彼女は俺から離れようとはしなかった。
脳裏には、幼いミーアが泣いている姿が写っていた。
あの頃のように、笑って過ごしてくれればそれだけで良かった。その隣に俺の姿がなかったとしても……俺には達成することがあるから。
「アレス様とこの学園でまた会えただけで、こうして触れ合えるだけで私はそれで十分なのです」
学園で出会った時も、もしレフリアが居なければあの時俺の所へと来ていたのかもしれない。
だからこそ、彼女とはちゃんと切り離すべきだったんだ……俺の押さえが効かなくなる前に、これ以上俺なんかのことでミーアを悲しませないため。
アレスが……ミーアを本気で好きにならないためにも!
「ミーア。そろそろ離してくれ」
「嫌です。離したくはありません」
腕を掴み引き離そうとすると、両腕に力を込めて強く抱きしめている。
今パメラを起こせばミーアは離れてくれるだろうか? 最悪二人に抱きつかれる可能性すらある。
引き剥がそうにも、首を何度も振り止めるように促してくる。
「ミーア頼む。乱暴なことはしたくはない」
「もう少しだけでいいので、お願いします」
俺は掴んでいた手をそのままミーアの頭へと伸ばすと、その手に彼女は頬を当ててきた。
流されてどうする……ミーアは俺じゃなくて、婚約者であるアレスを好きなだけで、ゲームではこれが当たり前のことなんだ。
そのシナリオを壊すためにも、嫌われる必要があった。それだというのに、俺は何をやっている?
この想いさえも、今の俺がアレスになっているからこそ生まれたもの。だからあの時ミーアに心惹かれただけなんだ。
この世界は元々そう決まっていたゲームなんだ!
今こうしている仕草に嬉しいと思うのも、指に合わなくなったあの指輪を未だに首から下げて大事にしてくれているのも、全部作られたまがい物にしか過ぎない。
あの時、あの誕生日の日に、俺はアレスとして生きることを決意した。
その結果がこれか?
ミーアとこの場所を見たことで、例えどんなに罵られようとも、惨めだろうとも!
殺したりはしないと、そんなことは絶対にしないと!
だが、俺はそのためだけの存在でいい……この苦しみもただのまがい物だ。
頭ではそんな事をわかっていたつもりで、流されていただけに過ぎない。
ミーアのためにと、後付にして来た結果がこれなんだ!
両手で優しくつつみ、頬で手の感触を感じ取っているミーア。
俺はその手を乱暴に振り払った。
「アレス様?」
「いい加減にしろ! お前達はすぐに自分の部屋に戻れ!」
ミーアの肩を押し、布団ごと寝ていたパメラの床に転げるように落とした。
俺は後何をすればいい……何をすればお前達は離れてくれる。
パメラは俺の顔を見るなり、手を伸ばし抱きつこうとしたがその手を叩いた。
「アレス様。どうして……なぜですか?」
「いいから自分の部屋に戻れ、二人共規則違反だぞ」
「それを言うのならアレスさんもですよ。授業にも出ないで、今まで何をやっていたのですか?」
テーブルに置いてあった少し残っている紅茶のカップを床に叩きつける。
パメラが俺を睨みつけ、掴みかかろうとするが俺達の間には、張られたエアシールドによって遮断される。
「そんな事、お前達に何の関係がある? 二人は自分の部屋に戻れ」
魔法を使ったことで、二人は俺に対し恐怖を感じたのか怯えた表情へと変わる。
それからは、二人は抵抗することもなくなり、俺は背中を押し、部屋から追い出した。
これはただ、遅いか早いかの違いだ……成り行きであんな事をしていたとはいえ俺はただ逃げていただけなんだ。
「はぁはぁ。これで……これでいいはずなんだ」
ミーアの為にと装備を集め、言い訳を探してダンジョンに篭った。
危険に陥れば苛立ち助けているのに、近寄れば考えとは裏腹な行動の数々。
よくよく考えれば、本当に自分でもおかしな行動ばかりだと思う。
何処かで区切りが必要だと思い……結局はそれをただ先延ばしていたに過ぎない。
ゲームで知るミーアと、今のこうして現実にいるミーアも何も変わらない。
俺がミーアを好きだということ、ミーアが俺を好きだということはシナリオ上では至極当たり前のことでしかない。
パメラだってそうだ、俺がたまたま助けてしまった結果、王子から俺にシフトしたのだろう。
ミーアが死なない世界は、ハッピーエンドを迎えるほかない。
ならそれを目指せばいいのだろう。
しかし、バッドエンドしか知らない俺には、ミーアの危険を回避させ、そして単身でラスボスを倒すことで、最悪から逃れる手段しか思いつかない。
こんな思いをしないためにと、必要以上に食べ続けこの体型を維持したのにも関わらず結局はこのざまか……頭の中では二人のことばかり考えてしまう。
ミーアとパメラに対して何を言えばいいのか、例え離れていたとしてもちゃんと無事に過ごせるのか等と無粋極まりのないことだ。
俺が居た所で何になる?
ミーアが俺に好意を抱いているのは過去の俺が居たからだ。
魔獣に襲われた所を俺がたまたま助けたことと、クーバルさんによって強引に婚約者になったことで、ミーアは俺に好意を持ったのだろうか?
すでに二ヶ月という期間放置しておきながら何を考えているんだろうと、それでもこれからの事を何度も何度も考えてしまう。
「くっ」
二人の残り香を無くすために窓を開けて床に仰向けになると左手に痛みが走っていた。
俺が割ったカップの破片が刺さっている。
破片を取って窓に向かって投げ捨てた。
「何でだよ……こうなるのは分かっていたことだろ?」
俺が泣いてどうなる。
俺みたいな奴が何を悲しむ必要がある。
俺にとってミーアはただの婚約者だっただけの人だ。
その婚約者という関係も今日で終わりだ。
もっと早く……そう、あの時に俺がもっと対立していればこんなことにはならなかったはずだ。
「今となってはただの後悔でしか無いな」
収納から皆に買っていた武器を並べる。
このまま、俺だけが居なくなれば、手に入れた武器はどうする?
使ってくれるのだろうか?
「せっかくアレだけのことはやったんだ……これぐらいは受け取ってくれるよな?」
廊下から聞こえる怒号に目が覚めた。考えている内に眠ってしまったらしい。
聞き覚えのある声が、近くまで聞こえとくると、部屋の扉は勢いよく音を立てている。
鍵をかけていなかったと思うが……レフリアのことだからそんな事はお構いなしにドアを蹴り破るつもりなのか?
「開けなさい! いいから開けろ!」
「リア、少し落ち着いて。そんなことをしてどうするの」
「このドアを壊して、アイツを叩きのめさないと気がすまないわよ」
俺が扉を開くと、怒りに満ちたレフリアの顔と、必死に抑えようと腕を掴んで離そうとしないハルトの姿があった。
その二人の後ろには、ミーアとパメラの姿も見えている。
「よう、久しぶりだな」